第158話 課題
トルクメニスタン。アハル州タルヴァザ。
未明の砂漠地帯に広がる大穴――『地獄の門』。
現在、人間界と悪魔界が接続できる唯一の交通手段。
悪魔の通行は少なく、第一陣の大半は首都へと移動済み。
騒がしさはなくなり、元の落ち着きを取り戻そうとしていた。
「……」
門番となっているのは、第一級悪魔『蓮玲』。
黒髪のロングヘアで、黒のミニワンピースを着る。
化粧は濃い目で、クッキリとしたアイラインが特徴的。
スナックのママを連想させ、門前で両腕を組み、仁王立ち。
門の出入りをたった一名で管理し、現れた侵入者を睨みつける。
金髪碧眼の少女と少年。黒と灰色のローブを着て、持ち物は最低限。
少年の方が背に直剣を背負い、黒のアタッシュケースを持っているのみ。
「そこ……通りたいんだけど、どいてくれる?」
「阻もうとするなら、荒事もやぶさかじゃない」
少女エリーゼと少年パオロは、図々しくも要望を伝える。
互いにフードを取り、素顔を見せ、体に白と緑のセンスを纏う。
アタッシュケースは脇に置き、否応なく押し通る覚悟を見せていた。
「……意思能力抜きでアタイに一発食らわせてミロ。そうすれば、通してヤル」
蓮玲が伝えたのは、単純明快な条件だった。
相手の素性を探ることはなく、身元確認は無し。
空港のチェックインに比べれば、異例の処置だった。
原始的な実力の有る無しで、通るか通れないかが決まる。
「あぁ、そういう感じね。だったら、答えは決まってる」
「自力で押し通る。お前程度の使い手に後れは取らない」
エリーゼは拳を握り、パオロは直剣を構える。
ルールはシンプル。センス無し、拳有り、武器有り。
文明が退化し、原始時代に遡ったような闘争が幕を開ける。
◇◇◇
「「…………っっ」」
顔を歪め、地に伏したのはエリーゼとパオロ。
互いに息を切らし、ローブは砂と汗にまみれている。
何度も立ち上がろうするものの、身体がついてこない状態。
「もう終わりナノカ?」
涼しい顔をして、両腕を組んでいるのは蓮玲。
汗の一滴すらかかず、服や化粧に乱れはなかった。
格の違いを目の当たりにし、伸びた鼻は容易く折れる。
「意思能力さえ使えれば……」
「七星螳螂拳さえ使えれば……」
両者が口にするのは、心の拠り所にしていたもの。
能力と武術に依存し、各々の強みであり弱みが露呈する。
「一から鍛え直すことダナ。今の実力では悪魔界で通用しナイネ」
蓮玲は顔色一つ変えず、端的にアドバイスを送る。
声色に感情を乗せることなく、門番の役目を全うした。
必要以上のことは語らず、立場も肩書きも明らかにしない。
「だったら、目にもの見せて――」
そこでエリーゼはセンスを纏い、右手をかざす。
定められたルールにそぐわない行為に及ぼうとしていた。
「やめておけ。今の実力で強行突破しても、通用しないのは事実だ」
パオロはエリーゼの腕を掴み、諭すように告げる。
目先のことよりも、さらに先を見越して発言していた。
当の本人はセンスを消しつつも、敵意剥き出しの顔で語る。
「アレを倒せるようになるまで、真面目に修行しろって?」
「まぁ、概ねその通りだが、長々とここに居座るつもりはない」
「じゃあ、どうすんのさ?」
短い応答を重ね、エリーゼは具体的なプランを尋ねる。
パオロは背後を振り返り、新たな人影を見据え、言い放つ。
「巨人の肩に乗る。そうやって人間は進化してきた」
◇◇◇
「……意思能力抜きでアタイに一発食らわせてミロ。そうすれば、通してヤル」
蓮玲が語るのは、先ほどと同様の台詞だった。
言葉と意味は同じでも、向けられた相手が異なる。
新たな挑戦者は、金髪長耳の少女と茶髪角刈りの中年。
黒のゴスロリ服と、青の和服を着て、中年が荷物を背負う。
大型のバックパックに、鍋とまな板と包丁が備わるのが特徴的。
悪魔界に行く前提として、必要なサバイバル道具を一式揃えていた。
「ここはわたくしが……」
少女ミーナは声を発し、一歩前に出る。
用いる武器や防具はなく、肉体のみで挑む。
「任せましたよ、姫殿下」
深くは語らず、中年男性『毛利正信』は全幅の信頼を寄せる。
肩書きの由来と関係性が明らかになることはなく、時は進み出す。
「お任せあれ……ですわ」
◇◇◇
「通ってヨシ。同行者も一名だけは認めてヤルネ」
両者の戦いは、息をつく暇もなく終わった。
ミーナが近寄り、蓮玲の肩に触れ、勝負はついた。
体術を一切用いず、超人的な身のこなしだけで突破した。
「では、お先に……」
「悪魔界で相まみえましょうぞ」
見知らぬ二人はこちらを一瞥し、『地獄の門』へと落ちていく。
再開することを想定するように、期待を寄せる台詞を残していった。
「今の身のこなし……理解できたか?」
額から汗を垂らしつつ、パオロは疑問符を浮かべる。
方程式は分かっても、途中式が分からないって感じだった。
人体の構造の神秘。あの小さな身体にどんな絡繰りがあったのか。
同じぐらいの背丈で女性なのだから、筋肉量に大した違いは出ないはず。
――だからこそ。
「なーんとなく分かったかも。ひとまずやってみよっか、修行」
エリーゼは前を向き、新たな課題に心を躍らせる。
見て、分解して、再構築するのは得意中の得意だった。




