第156話 終わりと始まり
ホテル内を隈なく探せど、誰もおらん。
すれ違うのは、早起きの客とスタッフばかり。
施設外に出て、周辺をあてどなく彷徨うこと数十分。
良からぬ事件に巻き込まれたと思った矢先、それは起きた。
「……始まってしもうたか」
強烈なセンス反応。同時に複数発生した意思衝突。
一つは皇居前広場。もう一つは国会議事堂前じゃった。
帝の現在地は捕捉できたものの、どちらも捨て置けん状況。
身体は一つしかなく、両方を同時に対処することはできなんだ。
「おるか、影明」
千代田区の路地裏で、亀之助は虚空に声をかける。
人通りのなかった空間に、突如現れたのは黒装束の男。
不揃いな白の前髪が陰鬱な雰囲気を醸し出し、襟足は長め。
戦術的衣装風の外骨格を纏い、背中には長さが異なる三本の刀。
忍者と呼ぶには現代的で、剣士と呼ぶには異端とも言える風貌じゃ。
「はい、ここに」
片膝をつき、感情を込めず、影明は問いかけに応じる。
口数は少ないが、実力は確か。頼れるだけの立場にもおる。
「国会議事堂方面を偵察して参れ。必要とあらば……介入しろ」
「御意」
端的な指示を送り、 影明は姿を消した。
後顧の憂いを断ち、目の前のことに集中できる状態。
「さて、行くか……」
亀之助は迷うことなく、皇居前広場を目指す。
身軽になった心に反して、身体はずっしりと重かった。
◇◇◇
「…………そこ、までじゃ」
亀之助は菜箸を両手で扱い、蹴りと拳を止める。
ルーカスと帝。その両者の戦いに介入し、衝突を阻止。
巻き込まれかけた二名、楓と一心を助ける形となっておった。
「助かりました、元帥」
「……恩に着ます、総隊長」
反応を示したのは、正体を知る帝と一心じゃった。
呼ばれた肩書きこそ違うが、どちらも本質的には同じ。
大日本帝国の国防を背負っとることに、変わりはなかった。
「してルーカスよ。この状況に、どう落とし前をつけるつもりじゃ」
亀之助は菜箸を下ろし、義足の男に問いかける。
首謀者であるのは明らかであり、動機も想像がつく。
以前と人格が同じなら、帝絡みのいざこざで間違いない。
「そうは言われても、いまさら引くに引けねぇんだよな……」
義足を下ろすものの、ルーカスは渋い反応を見せる。
こうなってくると嫌でも知る必要が出てくるのは、目的。
「憲法9条の一部を改正。特定外来種の中でも『鬼』と『悪魔』にはビザを発行し、国への貢献が認められれば、定住権を与える。これでいかがでしょう?」
帝が口にしたのは、相手が欲するものを与えるような案。
想定とは違うが、逆算すれば『憲法改正』がルーカスの狙いとなる。
「な……っ!? そんな簡単に……。今までの喧嘩はなんだったんだよ」
驚いたと思いや、げんなりとした顔を作り、首謀者は愚痴る。
嘘をついたような様子はなく、念願叶ったと見てほぼ間違いない。
謀るつもりなら、大した役者じゃ。世界的に活躍できる演技じゃろう。
「衝突があったからこその結果です。誇っていいですよ」
「あーそうかよ。せいせいするぜ。……お前ら戻ってこい」
険悪なまま会話は終わり、ルーカスは指示を飛ばす。
すると、周囲の空間が歪み、そこから出現したのは四名。
男谷と疋田に加え、袈裟の老人と貴族服の男性が立っていた。
後の二名は悪魔的特徴を有し、老人はサイコロ、男は大剣を持つ。
先刻まで戦っていたのは明らかで、手綱はルーカスが握ってるらしい。
「要望は通った。俺たちの戦いは終わりだ」
端的に、しめやかに状況を説明し、締めくくる。
幸い、どちらも血は流れず、遺恨は残らなそうじゃった。
「一件落着といったところかの。じゃったら、共有しておきたいことがある」
終わりに向かう空気を読み、新たな始まりを提供する。
各々の表情が引き締まり、真剣な空気が流れるのを感じる。
冗談では済まない中、話題に上げるのは、避けては通れん問題。
「国会議事堂前の戦に参戦するか否か。双方のご意見を伺おうかの」
◇◇◇
風を切り、屋上を蹴りつけ、朝焼けの千代田区を見下ろす。
ビルやマンションを次々と飛び移り、目指すのは国会議事堂前。
そう遠い場所ではなく、あの路地裏からの道のりは、おおよそ1km。
強化外骨格の脚力を使えば、60秒も経たずにして到着できる距離にある。
「…………」
影明は、与えられた任務を黙々と全うする。
一言も愚痴をこぼすことなく、政府の犬となる。
定めであり、役割であり、そこに人権は存在しない。
『特異体』には、国家に服従する以外に生きる資格はない。
この身体は呪われている。災禍を振りまく悪鬼羅刹に成り得る。
『鬼』や『悪魔』などでは生温い、負の成長性と可能性を秘めている。
――飼われていた方が有難い。
粗相があれば、いつでも首を切っていただける。
その安心感たるや、筆舌に尽くしがたいものがある。
首輪に繋がれた方が楽な人生もあると日々痛感していた。
「――――」
取り留めもない思考を並べていると、見えてくる。
左右対称の構造でそびえ立つ、政治の中枢。国会議事堂。
中央にはピラミッド型の白い建築物があり、正門は閉ざされる。
――問題は施設ではない。
目を向けたのは、門前で争う多種多様な面々。
街路に面した植え込みの影に隠れ、様子を伺った。
(見ている、場合ではない……)
すぐさま悟った。あれは介入せざるを得ない事態。
背中に両手を伸ばし、右手に太刀、左手に脇差を装備。
通常形態の万全を期して、植え込みから前に出ようとした。
「邪魔する気なら戦おうよ……お兄さん」
そこに立ち塞がったのは、桃色髪をしたゴスロリ服を着た女鬼。
両手の爪を尖らせ、嗜虐的な笑みを浮かべ、戦闘を待ち詫びていた。




