第153話 口上
足元に見えるのは、マス目と巨大なサイコロ。
奥には平原が広がり、果てや終わりは見えやせん。
そんな陳腐な世界に迷い込んだのは、細身で白髪の男。
黒の軍服を着て、長くうねった前髪の隙間から状況を悟る。
「きひっ、双六ですか。これはまた奇天烈なことをしてくれる」
蛇腹刀を握る手を緩め、あっしは感想を口にした。
恐らくルールはサイコロを振り、ゴールを目指すもの。
独創世界の理と考えれば、安易な近道は罰則が待ち受ける。
ルールを守らせ、地道に進ませ、時間を稼ぐのが目的でしょう。
戦闘特化ではなさそうですが、帝との分断が狙いなら、うってつけ。
「さてさて、世界の主も見えないことなら、さっさと……」
サイコロに手を伸ばし、あっしは攻略にかかる。
うだうだと考えて止まるより、進む方が効率的でした。
『ルール変更。フィールド闘技場。タイマン仕様』
そこで聞こえてきたのは、老人声のアナウンス。
世界の主の介入であり、景色が変わっていきやした。
コロッセオのような円形の観客席が見え、中央には砂地。
足元にあるマス目は消え、名残として残留するのはサイコロ。
「ルールの説明をお願いできやすかね。……ご老公」
あっしは視線を正面に向け、問い質す。
見えてきたのは、袈裟を着る坊主頭の悪魔。
顔は皺だらけで、かなりの歳を重ねられた印象。
正体は見当もつきやせんが、只者じゃないのは確か。
ルールを抜いても、骨が折れるのは間違いねぇでしょう。
「行われるのはターン制のバトル。先攻と後攻に振り分け、交互にサイコロを振る。出た目に応じて、追加効果が発生。一回の攻防が終わるまでを1ターンとし、それ以外での戦闘行為と反撃は禁ずる。どちらかが倒れるまで勝負は続き、出目に応じた追加効果に関しては適宜説明する。……これで納得いったか? 若人よ」
ご老公は問いかけに応じ、明らかになったのはルール。
先ほどのマップに比べれば、短期決戦型のシンプルな仕様。
相手を倒す。それだけで済むなら、願ってもない展開でしょう。
唯一の懸念点はサイコロの出目ですが、気にしても仕方ありやせん。
攻防前に説明が入るんであれば、その時に考えりゃあ済む話でしょうね。
「ええ、問題ありやせん。順番もサイコロの出目で決める感じですかね?」
説明と状況を受け入れ、事務的な会話を進める。
相手を掘り下げる必要性はなく、勝敗が全てでしょう。
背景を知ったところで、戦術的優位性はなさそうですからね。
「ここは我の土俵。ルールを強いる代わりとして、順は自由に選ぶといい」
ご老公の懐は深く、紳士的な反応を示された。
見かけによらず、フェアプレイ精神があるようです。
残る問題は、『先攻』か『後攻』どちらを選ぶかでしょう。
ルールや定石、経験則から考えりゃあ、答えは決まっとります。
「では、お言葉に甘えて『先攻』を頂きましょうか」
中央に置かれたサイコロを手に取り、あっしは言いました。
出目がなんにせよ、攻防が強制されるなら『先攻』が有利でしょう。
「……」
ご老公は首を縦に振って、黙認。
表情に色はなく、淡々と進んでいきやす。
後は振るだけですが、気になることがありやした。
「その前に……ご老公の名を伺ってもよろしいですかね?」
ただの興味本位であり、勝敗には関係ない要素。
無礼な輩なら気にも留めなかったでしょうが、彼は別。
態度、物腰、立ち振る舞いからして、高名な方に感じやした。
知ったところで意味はねぇですが、聞きたいもんは仕方ありやせん。
――気になる答えは、ご本人の口から語られやす。
「南光坊天海。それ以上でもそれ以下でもありはせぬよ」
◇◇◇
視界に広がるのは、派手な装飾が見える宮殿内部。
駆けるのは廊下。目の前には敵の後ろ姿が見えていた。
黒の貴族服の長い燕尾と、黒の尻尾を揺らし、逃走を計る。
「逃げるな、卑怯者!! 男なら戦え!!!」
男谷は身幅が太い剛刀を振るい、斬りつけた。
だが、どれも空振りに終わり、見事に躱され続ける。
「価値観を押し付けないで欲しいものだね。時と場合によるだろ」
飄々とした態度で、正装の男は逃げ回る。
斬りつけられた廊下を巡り、現実逃避を続ける。
目的が『時間稼ぎ』と分かるがゆえに、やきもきする。
「じれったい……。そちらがその気なら、無理にでも押し通る!!!」
赤のセンスを纏い、男谷は剛刀を上段に振りかぶる。
情けも容赦もなく、渾身の力を込め、地面に叩きつけた。
廊下は割れ、床は抜け、一階分ほど武舞台は地下に移行する。
「…………ふっ」
その最中、正装の男は不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、この展開を読んでいたと言わんばかりの態度を示す。
「何が可笑しい!!!」
額に筋を浮かべ、空中を蹴りつけ、剛刀を振りかぶる。
二の句を継げる暇すら与えん。この一撃で決め切ってやる。
見る見ると距離は詰まり、着地する寸前で敵の背中を捉えた時。
「――――」
正装の男は何かを手にし、力強く振るう。
甲高い金属音を奏で、剛刀は空中で停止していた。
ワンテンポ遅れて、障害物となった物体が目に入ってくる。
「バスターソード。そいつがお前の得物か……この西洋かぶれが!!」
和と洋の剛刀が衝突し、誘い込んだ理由が判明する。
落ちた場所は武器庫。クラシカルな西洋の武器が並ぶ地点。
「ここは僕の実家でね。君には正体を明かしておこうか」
刃を弾き、正装の男は距離を取り、指を鳴らす。
燃え盛るようなエフェクトと共に姿形は変わっていく。
露わになるのはハーフアップの黄色髪に、女性用の黒ドレス。
黒い刀身のバスターソードを握り込んで、彼女は力強く言い放った。
「僕は……いいや、私の名はミネルバ・フォン・アーサー。イギリス王室の王位継承権第一位。これから相手取るのは、英国において最も華やかで、最も紳士的で、最も王室の意思を継いだ、最も王道に近い使い手だと心得よ!!!」




