第152話 独創世界『遊楽花柳』
夜闇を彩るのは、淡い行燈の明かりだった。
石畳を照らし、左右には二階建ての遊郭が並ぶ。
人通りはなく、正面に立っているのは花魁風の女鬼。
黒角と黒羽根と黒の尻尾を有し、灰色の着物に袖を通す。
銀色の後ろ髪は金の簪で結われ、右手には蒼色の扇子を持つ。
厚底の黒下駄を軽快に鳴らし、艶やかな色気を纏い、口を開いた。
「ワテは第一級悪魔、鬼道楓。どうぞよろしゅうございます」
自称が鬼だろうが悪魔だろうが、どうでもいい。
それより気になったのは、彼女が口にした名前だった。
「誰かと思えば、閻衆の元親分か……。どうやら奇妙な縁があるらしい」
思い当たる節があり、すぐに襲い掛かりはしなかった。
握る刀の切っ先をわずかに下げ、必要最低限の敬意を払う。
戦うことに変わりはなかったが、対話に時間を割く価値はある。
「『滅葬志士』元副棟梁、千葉一心。今は特別陸戦隊の隊長みたいやね。弟分が世話になったみたいで感謝しとるよ。厚かましいようやけど、そのよしみで聞く耳を持ってくれると嬉しいんやけど、どない? もちろん悪いようにはせんで」
流暢な大阪弁を扱う楓は、取引を持ち掛けてきた。
反論の余地を与えないように、情報を詰め込んでいる。
断り切れない空気を作り、取り入ろうとする気配を感じた。
「条件次第だ。ここから即解放するなら聞いてやってもいい」
罠である可能性も考慮しつつ、あえて踏み込んだ。
切っ先を地面に向け、対面上は誠意があるフリをした。
もちろん即応戦可能だが、刀を向けては話し合いにならん。
縁があるのも事実で、鬼だからと言って無碍にはできなかった。
「折り合いがつけばそれも可能やね。立ち話もなんやし、お茶でもどう?」
楓は近くにある遊郭を指差して、誘い込む。
ここは敵の土俵であり、能力に関わる可能性が高い。
万全を期すなら、路上で話すのがベストだが、果たして……。
「お茶は結構だが、前半部分は同意する。案内しろ」
「聞き分けのいい子は好きよ。ほなら、行きましょか」
ひとまず納刀し、敵の出方を伺うことにした。
不審な動きがあれば斬る。それだけで済む話だった。
◇◇◇
靴を脱ぎ、案内されたのは遊郭の二階。
五畳ほどの狭い和室で、寝床が用意される。
料亭での自由恋愛を装った、売春現場そのもの。
異種族に興味はないが、文化的背景があるのは確か。
観察するだけでも、人生経験として価値がある気がした。
「興味あるなら試してく? お兄さんなら――」
「結構だ。さっさと本題に入ってくれ。こっちには時間がない」
冗談めかして関係を迫る楓を一蹴し、話を切り出す。
時間を稼がれては本末転倒だ。情事に現を抜かす暇はない。
「残念。……早速やけど、単刀直入に言わせてもらう」
前置きを挟み、楓は真剣な眼差しを向ける。
距離は密着で、数センチ程度しか離れていない。
戦闘か、能力発動を念頭に置いた上で、耳を傾けた。
「ワテの密偵になってくれん? 悪いようには扱わんから」
切り出してきたのは想像の範疇にある提案。
向こうは向こうなりの派閥争いがあるのだろう。
仮想敵は義足の男が率いていた取り巻きと思われる。
情報戦になった場合、人の協力があった方が有利に運ぶ。
鬼の片棒を担ぐなど言語道断だが、閻衆の恩師なら話は別だ。
「密偵とはどこからどこまでを指す。帝周りの情報は話せんぞ」
許容範囲であるがゆえに、前向きに応じる。
内容によっては、引き受けてやっても良かった。
「ワテが知りたいのは『滅葬志士』関連。古巣を売る覚悟はある?」
具体的に明かされたのは、特定の団体。
特定外来種の討伐に重きを置いた、隠密部隊。
密偵とは皮肉なもので、対極的な意味になっている。
それも、元副棟梁という立場もあり、間違いなく顔が利く。
さらには、父であり総棟梁の千葉一鉄の名前を出せば一発だろう。
――ただ。
「相手によるな。こう見えても俺は義理堅い。世話になった人を売る気はない。関係値が薄い人であれば情報提供してやってもいいが、どうする? お前が貶めたいのは『滅葬志士』という組織じゃなく、特定の個人なんだろ?」
楓の狙いにおおよその当たりをつけ、探りを入れる。
的を得ていたのか、彼女の顔色は変わり、真顔になっていた。
「あぁ、どうしても仇討ちしたい相手がいる」
声色を落とし、楓は目を細め、内容を認める。
そんな気がしていた。おおまかな想像はついていた。
「聞かせろ。お前の怨みを買った相手は一体誰だ?」
みやびフェス大阪の関係者であり、鬼道楓の死因。
四十七都道府県に配置された『滅葬志士』大阪支部の棟梁。
――その名は。
「藤堂元気。あいつを始末できるんなら、ワテはなんだってする」




