第151話 表と裏
9月3日明朝。東京都。千代田区。天気は曇りのち晴れ。
雲間から朝日が差し込み、緑生い茂る皇居前広場を照らす。
そこに集ったのは皇帝、千葉一心、男谷信久、疋田景典の四名。
帝対一心の模擬戦が行われ、引き分けに終わり、雰囲気は悪くない。
手合わせしたおかげか、堅苦しさが少し抜け、打ち解けようとしていた。
「……」
そこで邪悪なる気配があった。禍々しい殺気を感じた。
目を眇める一心は、神聖な場に足を踏み入れた者たちを見る。
「「「「…………」」」」
義足の男、花魁の女、老年の男、正装の男。
各々が並々ならないセンスを発し、歩みを寄せる。
それがただのウォーキングであれば、なんら問題はない。
意思能力の使い手であっても、そこまで気には留めないだろう。
しかし、奴らを構成する要素には切っても切り離せない因縁があった。
「悪鬼、殺すべし……っ」
一心は左腰に帯びた刀を抜き、紫色のセンスを纏う。
『滅葬志士』としての血が騒ぎ、問答無用で敵意を向ける。
「「…………」」
時を同じくして、男谷と疋田も同時に抜刀。
剛刀と蛇腹刀という特徴を露わにして、臨戦態勢。
一触即発の空気が生じる中、帝は右手を横に突き出した。
静止の合図であり、直属の上司の命令に逆らうことはできない。
「伺いましょう。ここには何をしに参られましたか?」
悪鬼を従える義足の男に対し、帝は懇切丁寧に問いかける。
緊張の糸が張りつめる中、場の全てを左右する答えが待たれていた。
「あぁ? 見て分かんねぇか? いや、分かんねぇから聞いてきたのか」
義足の男は、ふてぶてしい態度で答えを先送りにする。
言動からすれば明らかだったが、指示がなければ動けない。
独断専行するほど冷静さに欠けてはおらず、むず痒い時間が続く。
今か今かと答えを待ち詫び、握り手に力を込めると、その時は訪れた。
「――戦争だ! 最初からフルスロットルで行かせてもらうぜ!!」
義足の男の発言を聞き届け、帝は突き出した右手を下げる。
戦闘開始の合図であり、ルール無用の殺し合いが認められた瞬間。
指示を受けた三名は意気揚々と駆け出し、三匹の鬼とそれぞれ対面する。
「独創世界『鬼門闘宴』」
「独創世界『自由の街』」
「独創世界『遊楽花柳』」
そこで悪魔が繰り出したのは、芸術系の秘奥。
結界術の発展であり、帝から遠ざけるための最善策。
「しまっ――」
抵抗する術はなく、理解が追いつく頃には、世界は分かたれた。
◇◇◇
皇居前広場に取り残されたのは、二人。
互いの取り巻きは消え、無言のまま見つめ合う。
本能に身を任せることはなく、暴力を振るうこともない。
示し合わせたような沈黙が流れ、鳥のさえずりだけが広場に響く。
「さて、ここからは無礼講といこうや。帝……いや、リーチェ」
十分な間を取って、義足の男は話を切り出した。
肩書きではなく、固有名詞を口にして議論を持ちかけた。
「ええ。有意義な話し合いをしましょう。ルーカス……いいえ、フェンリル」
互いの表と裏を確かめ合うように、言葉を交わす。
自己紹介は不要であり、遅かれ早かれ訪れる問題だった。
接触するために放った言葉は建前に過ぎず、本音は別にあった。
「いつ元の身体に戻るつもりだ。帝国なんかさっさと捨て置けよ」
「役割を分けることで救える世界もあるのです。見て分かりませんか?」
「分かんねぇな。実際、【火】の概念消失は止められなかったろ」
「【火】が消えようとも、【日】が絶えなければ、計画に問題はありません」
「いいや、問題大有りだな。【火】の概念消失による事故で大量の人間が死に、そいつらはどこに流れたと思う。……悪魔界だ。悪魔の人口が急激に増え、すでに三界の均衡が崩れつつある。後の展開は、おおよそ察しがつくだろ?」
彼が議題に上げたのは、今の出来事を転がした先にあるもの。
すでに現実味を帯び始め、いつ起きてもおかしくない最悪の事象。
「最終戦争。人間界を舞台にして、三界の王を決める戦いが始まる」
「そうだ。今は大義名分を掲げて悪魔共を従えられてはいるが、時間稼ぎにしかならねぇ。いつか嘘はバレる。従えきれなくなる。そうなりゃ、ボン。終わりの始まりだ。その前に手を打つんだ。元の身体に戻れば、楽勝だろ?」
語られるのは、問題の解決法。
現状、最も効果的とも言える手段。
彼がここに訪れた理由の大半を占める。
「それはあくまで最終手段。現状は今まで通り均衡を保つのが最善かと」
「だぁかぁら、それが通用しなくなってるって言ってんだろうが、分かれよ!」
意見は真っ二つに割れ、維持と改革に二分される。
客観的な立場で考えれば、どちらも間違ってはいない。
根ざす心は同じでありながら、そりが合わず、対立を生む。
どちらかが折れれば済む話ではあるが、そこまで簡単ではない。
折れた方は、自分の思想や考え方を根っこから否定することになる。
自己の喪失に繋がり、意思を持った人間として活動する意味がなくなる。
――つまるところ。
「勝った方が正義としましょう。そのために神は拳を作られたのです」
「あぁ、くそっ。その喧嘩、買ってやる! 言葉の責任は取れよ!!」
交渉は決裂し、成立するのは『譲れない一線』をかけた戦い。
野蛮で下劣な行いであり、法治国家の主君としては慎ましくない。
ただ慎ましく生きることが全てではなく、これもまた『自分』だった。




