第149話 黒の上の白
覚醒都市上空に展開する白い結界内。
見えるのは黒の直線。抽象化された概念。
視覚的な情報だと、元帥の変化に気付けない。
――でも分かる。
異様なセンスに加えて、獣特有の臭さがある。
まず間違いなく『魔獣化』をして、ギアを上げた。
同じ土俵で戦うのなら、同じ形態で応戦するのが理想。
幸い『魔獣化』はできるし、性能では劣らない自信がある。
――だけど、どこまで。
「選ぶ隙を与えると思うかね」
冷静沈着な声音と共に、黒の直線が揺らぐ。
一次元的な目線で見える、攻撃の予備動作だった。
「……っ!!!!」
反射的に両腕を前に出し、センスを集中。
あくまで意思能力戦の延長として、窮地を演じる。
本来、今の見え方で部位を絞るのは博打だけど、問題なし。
それよか、体術が肌に届き、観客に体質を見られる方が問題だった。
「「――――」」
手応えあり。元帥の体術が両腕に到達したのが分かる。
拳か蹴りか頭突きか肘鉄か飛び膝蹴りか、判別はつかない。
とにかく攻撃を受けた。センスで防げたというデータが取れた。
(思ったよりも大したことない。恐らく『状態』は1か2。それなら――)
予想を立てる余裕すら生まれ、次の一手に気を配る。
ここでの戦闘は、直線的で、純粋な力比べが強いられる。
後退という二文字は存在せず、奥行きのある攻防は必要ない。
求められる手段は単純明快であり、取るべき行動は決まっていた。
「――――はぁぁぁっ!!!」
全身は黒い体毛に覆われ、耳と尻尾が生え、センスの絶対量が増す。
魔獣メリッサとの『対話』により会得した形態。暴走を伴っていた原因。
――『状態3』。
今出せるベストパフォーマンスであり、短期決戦に相応しい。
体力とセンス共に消耗は激しいけど、決め切るならここしかない。
「………………っっっ!!!!」
黒い直線を頼りに、センスを込めた体術を繰り出す。
拳、蹴り、頭突き、肘鉄、飛び膝蹴り、踵落とし、掌底。
洗練された動きと、流れるような攻防力移動を用いて、猛襲。
確かな手応えを感じつつ、生き急ぐようにして力と技をぶつける。
ルーツとなる武術はなく、直感と本能と肉体の合理性に基づいた体術。
そこに、『魔獣化』の敏捷性と肉体強度が加わって、凶悪な威力を発揮する。
「……………………」
静寂に包まれる中、響くのは重たい打撃音だった。
反撃はなく、不気味に感じるほど一方的な攻めが続く。
有利な展開のはずなのに、漠然とした不安が増していった。
(何か変……。打ってるんじゃなく、打たされてる感じ)
嫌な予想が頭に浮かぶけど、視覚的に確かめる術はない。
ただ皮肉にも、体術のパフォーマンスは向上する一方だった。
「これで……終わりって!!!」
願望を言葉に発し、放ったのは回転蹴りだった。
空中で四回転ほど勢いをつけ、脊髄を折る気概で蹴る。
それ相応の意思を込め、顕在センス量は最大出力に近かった。
――体力的にも気力的にも何度もできない。
独創世界を維持し、魔獣化『状態3』になるだけでも一苦労。
世界の性質上は『青天井』だけど、心理的には苦しいものがある。
そんな繊細な思いが、世界にどこまで反映されるのかは未知数だった。
「…………」
不安な思いとは裏腹に、回転蹴りは直撃する。
部位は分からないけど、靴の踵には手応えがあった。
――しかし。
「これが底かね。世界を意のままに操れても、想像に限界はあるらしい」
返ってきたのは、ドミトリーの軽口だった。
効いている気配はなく、強がりのようにも思えない。
(受け、られた……。いや、それよりも……)
攻防の結果よりも気になったのは、発言の中身。
背中が薄ら寒くなるのを感じ、遅れて理解が追いつく。
「どういう意味? もう少し、ハッキリ言ってくんない?」
平然を装い、ソーニャは話を深掘りする。
身体は重力に引かれ、元の体勢に戻っていく。
次の攻防に備えながらも、情報収集を試みていた。
「独創世界『永遠の国』。覚醒都市を影で覆い、構造する全ての事象に干渉できる黒幕の割には、器も体術もセンスも魔獣化も半端なように思える。お前の得意な土俵で、私を屈服できないようでは何も成せんぞ。……未熟な独裁者」
ドミトリーの口から語られるのは、隠していた事実。
知らないとばかり思っていた、世界の秘密が露呈する。
ただ認めなければ済む話で、嘘をつけばいいだけのこと。
お茶を濁して、戦いを再開し、力で分からせてやればいい。
「なんで、分かったの……」
それなのに身体は意に反する。思っていたことの逆を突く。
気付けば魔獣化を解き、センスは途絶え、敗北条件は満たされた。




