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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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148/269

第148話 絶対象

挿絵(By みてみん)





 絶対象シュプレマティスム。20世紀初頭に生まれたロシアの前衛芸術の一つ。


 抽象性を徹底して、『芸術における客観的対象の否定』を掲げる。


 円、線、四角形などの幾何学的形態と、限られた色彩だけで表現する。


 ――ソーニャが表現する場合はどうか。


 何を残し、何を省くか。何に主眼を置き、何を抽象化するか。


 それは彼女の自由であり、感じたものを表現してこそ芸術となる。


「………………」


 ソーニャの眼前に広がるのは、『黒の上の白』。


 停電がもたらす黒を背景に、白の結界が武舞台になる。


 能力が発動する前と変わらず、すでに風景は抽象化されていた。


 ただ、異なる点があるとすれば――。


「世界の二次元化か。奥行きや遠近感がなくなり、直線的動きを強要する仕組みに見える。懸念点は……対象が私だけの場合かね。主観の都合上、一次元的な戦いを強要される中で、三次元的な動きをされれば文字通り手も足もでない」


 平面的な形となったドミトリーは、冷静に現状を分析する。


 絵の中の人間が動くような状態で、可動域は左右と上下に限定。


 彼の視点を通した場合、ソーニャの姿は縦の直線。一次元的だった。


 直線の色が異なるのみで、攻撃や予備動作を認識することは極めて困難。


 白や黒の背景に同化しない髪や肌の色の動きを見定め、ようやく対処できる。


「安心しなよ。私たちの条件は同じ。……ただし」


 ソーニャは勿体ぶるように告げ、行動を開始。


 右に駆け、紫色のセンスを纏い、拳を振りかぶる。


 二次元的に見れば、直線的な動きであり、単調な体術。


 意思能力戦に心得があれば、誰でも対処できるような悪手。


 ――しかし。


「…………っ!!!」


 当たる。顔面に直撃する。戦闘経験豊富な元帥の意表を突く。


 相手の体力とセンスを着実に削り、ソーニャは続く言葉を語った。


「ここでの戦いは誰よりも慣れてる。逆立ちしても絶対勝てないんだから」 


 ◇◇◇

 

 覚醒都市バイカルヴェイ上空。観客席。


 白い結界が足場と座席を作り、座るのは五名。


 リーチェ、エミリア、オレグ、ターニャ、ベクター。


 そして、遅れてやってきたイゴールが席に腰をかけていく。


「元帥が劣勢? そんなまさか……」


 経緯を知らない彼は、困惑の表情を浮かべていた。


 実際、あんな単調な攻撃に当たる使い手の方が少ない。


 それも元帥ともあろう方なら、見切れないはずがなかった。


「恐らくあれは、ソーニャの意思能力のせいだろうね」


「接触型で発動する状態異常系……詳細は今のところ分かんないな」


 オレグとターニャは起きた事実を基に、状況を考察する。


「中での会話が聞ければよいのですが……」


「結界内の音は拾えない……。見て判断するしかなさそうだな……」


 次にエミリアとベクターが反応し、場は納得した空気が流れる。


 それぞれが見入るように決闘を観戦する中、リーチェは一人沈黙を保つ。


(そうじゃない。問題の本質はもっと……)


 戦場を見つめがら、遠い目をして、物思いに耽る。

 

 その意識は、目の前の光景ではなく、過去に向いていた。


 ◇◇◇

 

 奥行きのない線が動き、気付けば拳を食らっている。


 一次元的に見える視野角では、前動作が全く分からない。


 向こうは慣れている節があり、防戦一方な展開が続いていた。


「へいへいへい。どうしたの? 元帥ともあろう方がその程度?」


 ソーニャは煽り立てるように語り、乱打を浴びせる。


 センスで防御してはいるものの、狙いが上手く絞れない。


 全身を満遍なく覆う。それでどうにか攻防が成り立っていた。


 しかし、燃費が悪く、センスは目減りする一方で長くはもたない。


 ――このままいけば、先に尽きるのは私だ。


 遅かれ早かれ、勝敗条件が満たされることになるだろう。


 そうなれば、彼女の目的は分からないまま、有耶無耶にされる。   


 都市の影響と肩書きの重さを考えれば、負けるわけにはいかなかった。


「忠告しておこう。私が本腰を入れた戦闘で、ひれ伏さなかった者はいない」


 無数の拳を受けながら、あえて私は言い放つ。


 二次元的な絵ですらない相手に対し、真剣に接する。


「前例がないなら、今日がその時――」


 ソーニャは戯言を止め、気配が遠のいたを感じる。


 視覚では感知できないものの、意思の力で感じ取れた。


 条件は相手も同じだが、ソーニャが感じたものは別にある。


「獣の臭い……。ようやく、『妖猿』のお出ましってわけね」


 その正体を口にし、戦いは更なる加速を果たす。

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