第146話 Advantage Play
白服の襟を整え、黒の革靴の踵を鳴らし、前に進む。
役目を果たせなかった近衛連隊を一瞥し、正面を向いた。
見えるのは初等教育課程の生徒。短い銀髪に白の制服を着る。
状況は『神の両手』で概ね把握し、やるべきことは一つだった。
「興味深い話をしているね。私も混ぜてもらえるかな?」
薄茶髪をミリタリーカットした男は声を発し、勝負に割り込む。
左胸には数々の略綬を並べ、誇ることも見せびらかすことなく接する。
「ドミトリー元帥……」
部下の発言により、明らかになるのは名前と肩書き。
有数の権力者であり、現場に顔を出すべきではない立場。
「これはこれは閣下殿。せっかくだけど、年長者はデスクに引っ込んでたら?」
状況の異変に気付いたソーニャは、不遜な態度で言った。
確かに、執務机に座り、状況を把握し、命令を下すのが役目。
発言には常に責任が伴い、その上で決断を下すのが仕事と言える。
最前線で戦うことよりも、最後方で冷静沈着な指示を飛ばすのが理想。
世間一般的な常識に従うのなら、大人しくしておくのが正しい場面だった。
――だが、それは誰が決めた。
戦場での最適解は、流れによっていくらでも変わる。
指揮官が前線に出ることが、時には正しい場面も存在する。
愚策も奇策も凡策も、状況に応じて使い分けるのが最も効果的だ。
経験上、10対0で正しい選択肢などなく、大抵は8対2や4対6に落ち着く。
――責任を取れるなら何を選んでもいい。
指揮官が慣習通り引き籠るのも、戦場に出るのもどちらでもいい。
成功する確率は、時と場合で変動し、あらゆる手段は正解になり得る。
だが、常識に縛られれば、戦況の変化に疎くなり、いつか足をすくわれる。
――重要なのは、常に期待値が高い方を選ぶこと。
その積み重ねによってのみ、安定した勝利を掴み取れる。
それが結果となり、人としての価値に繋がり、肩書きとなる。
私はそうやって生きてきた。期待値が高い選択にベットし続けた。
白に黒を見出せば『黒』と言い、黒に白を見出せば『白』と言い張る。
その上で今、選ぶべきなのは――。
「せっかくの申し出だがお断りする。次は私がお相手しよう。問答は無用だ」
◇◇◇
大図書館周辺に迸ったのは、黒いセンスだった。
禍々しく、黒色の絵具を空気に溶かしたように濁ってる。
体外に放出する顕在センス量もさることながら、目につくのは色。
『先生、質問。センスの色に個人差があるのはどうしてですか?』
教室の机に座り、手を上げる光景が鮮明に浮かぶ。
教壇に立っているのは、『狂犬』の異名を持つ地味な先生。
黒髪をおさげにして、黒の眼鏡をかけ、ドレスっぽい白服を着る。
『良い着眼点ですね。……これは余談であり、話半分に聞いて欲しいのですが、センスの色は、使い手の性格に強く影響を受けると踏んでいます。例えば――』
ロザリアは前置きを挟み、黒板に刻まれるのは、文字列。
色ごとのイメージに合わせて作られた、それっぽい考察だった。
(元帥は黒か。センス別性格診断なら、カリスマ性有りの個人主義者)
板書の内容と現在の状況を照らし合わせて、理解を深める。
眉唾物で戦闘では何の役にも立たないけど、結果に興味はある。
占いが気になるのと同じ。例としてデータを蓄積しておきたかった。
自分の中で確信を持てれば、行動判断にも取り入れられるかもしれない。
――その上で大切なのは整合性。
診断における基準に対して、ズレがあるかどうか。
一つ一つ積み上げていけば、占いは高度な統計学に変わる。
(表面的な印象では合ってる。まだ確定とは言えないけど)
元帥という難敵を前にして、思考実験に没頭する。
机上の空論を膨らませて、自分の頭の中で完結させる。
一見、時間の無駄のように思えるけど意外とそうでもない。
問答無用と言われた時点で、会話が成立しないのは分かってた。
生半可な言葉を重ねるより、他に時間を使った方が有意義と踏んだ。
結果に結びつくのは時間がかかるだろうけど、別に急いではいなかった。
――『永遠の国』は熟慮の味方。
時間的な問題は皆無で、空間内の事象は思うがままに操れる。
メタ的な事情を考えれば、暇つぶしの一環として悪くはない題材だった。
「戦うのは勝手だし、望むところだけど、戦闘による被害は考慮に入ってる?」
世界の秘密をひた隠し、私は元帥に強気に接する。
相手が偉かろうが偉くなかろうが、敬語は基本使わない。
尊敬できる『何か』を持っているか。そんな主観を基準にする。
もちろん『元帥』の活躍は聞き及んでいるけど、あくまでそれは伝聞。
――本当にすごいと思うかは私が決める。
前情報だけで物事を判断するのは、危険だと知っている。
知識と経験には大きな隔たりがあり、後者が重要だと学んだ。
ロザリア先生に舐めた態度を取ったせいで一度ひどい目に遭った。
――この戦いは貴重な試金石になる。
その前準備としては、絶対に必要な確認事項だった。
世界の仕様上、人が傷つく光景を見せるわけにはいかない。
どのみち遅かれ早かれバレるだろうけど、最善は尽くしたかった。
「ふむ。その言い分には一理ある。……曹長、上空に結界を頼めるかね?」
ドミトリーは指示を飛ばし、こちらの目論見通りに動いた。
矢面に上がったのは門番のイゴールであり、結界にも精通する。
「承知しました。お二方の周囲に結界を張り、外側に観戦席を作ります」
すぐさま彼は結界の詳細を告げると、元帥は首を縦に振る。
特に異論を差し挟む余地もなく、空気を読んで、大きく跳躍した。
「「…………」」
同時期に跳んだドミトリーと目線を合わせ、沈黙が続く。
建物に干渉しない上空百メートル付近で止まり、結界を待つ。
「――」
眼下では、イゴールは指を巧みに操り、センスを纏う。
すると、上空に立方体状の白い結界が出現し、周囲を覆った。
機能性だけが充実し、装飾は一切なく、全く無駄のない戦場の完成。
「「「「「…………」」」」」
その外側には、空中の観客席に座っている五名の姿。
余所者と都市民が混ざった、粒ぞろい精鋭が揃っている。
仮に元帥に勝てたとしても、他の人たちが参戦してくるはず。
まぁなんにしても、目の前の問題を片づけないと前には進めない。
「場は整ったけど、勝敗はどうやってつける?」
「センスが途絶えた方が負けとする。異論は許さん」
「いいよ。他に条件はある?」
「負けた方は勝った方の質問に嘘偽りなく答える」
質疑応答を重ね、決闘の簡単なルールが出来上がる。
意見を差し挟む余地はあったけど、答えは決まっていた。
「おーけー。じゃあ、白黒ハッキリつけようか。元帥閣下殿!」




