第144話 凡人と天才
お呼びがかかり、逃げ道は塞がれ、場は整う。
大図書館前、衆人環視の下、対するのは銀髪の少女。
初等教育課程の白の制服を着込み、両手には白と黒の手袋。
「君は確か……ソーニャだったかな。出世コースのエリートがなぜ謀反を?」
つたない記憶を頼りに、イゴールは問いかける。
問答無用で襲い掛かる、なんて大人げないことはしない。
――まずは、動機の把握。
近衛連隊に一人で挑み、倒せた理由を探っておきたい。
勝てるかどうかよりも、情報を落とさせることに価値がある。
「言う事を聞かなかったから倒した。ただそれだけ」
こちらに気付いたソーニャは、淡々と言った。
嘘をついてる気配も、操られている感じもしない。
「大した暴君だ。現代のイヴァン雷帝にでもなるつもりかな?」
「そのつもりなら殺してる。襲ってきたから、自衛したまでのこと」
彼女は多くを語らず、事実に紐づく最低限の動機を語る。
敵意はあっても、殺意はない。『悪人』と断じるのは早そうだ。
今は出来る限り会話を引き延ばして、情報収集に努めるのが無難だろう。
「だったら、何を目指す。何の用があって大図書館を訪れた」
「言わない。どうしても知りたいのなら、私を倒してみたら」
しかし、話は掘り下げられず、ソーニャは構えた。
両手を前に突き出し、指は握り込まず、脱力している。
恐らく、両手の能力を駆使するための独自の戦闘スタイル。
(仕方ない。力及ばずとも、行動で語らせるか)
イゴールは、自身の立場を弁えていた。
リーチェ一行と比べれば、実力不足は明らか。
近衛連隊を一人で無双するほどの力は持っていない。
与えられた手札で戦うしかないが、勝つのは望み薄の状況。
――だからこそ。
「お相手しよう。少しでも君の情報を後衛に託したいのでね」
凡人であることを受け入れ、非凡の相手に立ち向かう。
白軍の兵士に属する以上、戦場で果てる覚悟はできていた。
◇◇◇
障害になるのは、ひょろガリの白軍兵だった。
立場を弁え、自分の役割を客観的に理解している。
本来なら取るに足らない相手だけど、彼の場合は違う。
(あの人、手強いな。目的が明確だし、勝敗は眼中にない)
警戒すべきは強さになく、情報収集に重きを置いていること。
物理的には負けようもないけど、能力が後続に知られるのは困る。
手の内を見せずに勝つ必要があり、立ち回りに変更を求められていた。
「だったら、両手は使わないであげる。感謝しなさい」
そこでソーニャは腕を組み、これ見よがしな態度で接する。
基本的な体術とセンスだけで倒す。そのための意思表示だった。
「そいつは困りものだね。少しばかり、やる気を引き出してあげようか!」
力強い声音と共に、白軍兵は白いセンスを纏い、疾走。
なんの能力も行使することなく、真正面から攻め立てていた。
芸がないように見えるけど、情報収集が目的なら、少し厄介だった。
(……直撃だけは避けないとね。他は適当でいいけど)
打撃を食らえば、自ずと『永遠の国』の特性が露呈する。
万が一のことを考えれば、あの面々に見られるのは避けたかった。
「――――――」
ソーニャが自ずと選んだのは、回避だった。
迫る男性の突進を、しなかやかな動きで躱し続けた。
「そんなのものか? 息巻いていた割には、大したことないな!」
彼の勢い止まらず、敏捷性が増していく。
軍用格闘術に重きを置き、恐らく狙いは掴み技。
打撃ではなく投げの動作が多く、殺すより倒すが目的。
その攻防の中、能力を一つでも引き出せれば上々という感じ。
「これでも、同じことが言える?」
ソーニャは、敵の行動導線上に回し蹴りを放つ。
動きとクセを読み、的確に狙い澄ました意表の一撃。
あの貧相な肉体を考慮すれば、受けに徹しても防げない。
センス比べなら負けっこないし、当たれば致命傷になり得る。
そんな目論見を頭で浮かべる中、放たれた蹴りは敵の首を捉えた。
「……」
しかし、敵は倒れない。それどころか、不動を貫く。
完全に蹴りを受け切り、当て身に移行しようとしている。
(そうか、この人って……)
突如、隆起した肉体。立ち姿を見て思い出す。
『煉獄の門』の門番を担当していた白軍曹長の能力。
「もらった!!」
イゴールは制服の襟を掴むと、勢いよく地面へと叩きつけた。




