第143話 大図書館前の攻防
地を蹴り、風を切り、黒の世界を駆け抜ける。
白のスカートを揺らし、少女はビル群を飛び交う。
魔獣化の症状悪化により、抑圧されていた本能の解放。
『体を存分に動かしたい』。そんな些細な願いが叶った瞬間。
「ひゃっほぅ!!!」
ソーニャは、この上なく生を謳歌していた。
覚醒都市と25万人を手中に収めながら、跳躍する。
目的も時間も設定せず、思うがままに体を動かし続ける。
『はしゃぐのもいいっすけど、約束を忘れたわけじゃないっすよね』
そこに声をかけたのは、ソーニャが内に宿す魔獣。
臥龍岡メリッサは、淡々とした声音で行いを責め立てる。
「はいはいっと。体制を盤石するには、『頭を押さえろ』だよね」
教えを反芻するように、ソーニャは語る。
足取りは定まり、向かう先は覚醒都市の南部。
居住区の外れにある、水平に展開する低層建築物。
厳重な警備体制の『大図書館』に単身で挑んでいった。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ南部。大図書館。叡智の間。
円形の白い空間。その中央に舗装された通路上には二人。
その片割れとなる、『黄金の両手』を装着したジーナは語る。
「元凶のお出ましだ。正面から堂々と来やがったぞ」
強化されたセンスにより、戦況の変化を把握。
新たな敵の位置を把握した上で、冷静に報告していた。
「……お手並み拝見といこうかね」
両腕を組み、返事するのはドミトリー。
壊れた扉の先を見つめ、期待を膨らませていた。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ南部。大図書館前。
大量の白軍兵が銃口を向ける中、先頭に立つのは二人。
「悪いがここは立ち入り禁止区域だ」
「痛い目見たいなら、話は別だけどねぇ」
アレクセイとバグジーは白軍の見解を代弁する。
正面には、たった一人で軍勢に立ち向かう銀髪の少女。
「だったら、元帥か王女を出して。それなら痛い目は見ない」
ソーニャは銃口に怯むことなく、強気に応じる。
多勢に無勢の状況。本来なら成り立つはずのない交渉。
だが、その我がままを押し通せるだけの異能力を秘めていた。
「強気な台詞だな」
「お手並み拝見といこうかしら」
アレクセイは小銃。バグジーはククリ刀を構え、戦闘開始。
その二人を筆頭にして、白軍対ソーニャの図式が成立していた。
◇◇◇
戦闘が始まった。遠くない場所で、多数のセンスが生じる。
南下するのはリーチェ、ベクター、エミリア、オレグ、ターニャ。
――それに加えて、もう一人。
「由々しき事態のようだね。ようやく僕の出番が来たみたいだ」
『煉獄の門』の門番をしていた男、イゴール曹長。
短い金髪を七三分けして、背は低めで肉体は痩せ細る。
門前での騒動中、気絶していて助かった白軍の兵士だった。
名誉挽回の場として意気込み、戦場に馳せ参じようとしている。
「ついてくるのは構わないけど、門は放置したままでいいの?」
そこでリーチェは、ふとした疑問をぶつける。
門番の役割からは、逸脱した行動のように思えた。
「アレは交代勤務でね。第三層の結界師に引き継がれたよ」
イゴールは質問に対し、率直に回答する。
話題に上がったのは、門を覆う三層構造の結界。
恐らく、行列のように並び、時間制で交替する仕様。
第一層→第二層→第三層→門番→休みのような体制のはず。
休み時間に何をしようが自由のはずで、彼なりの筋は通っていた。
「ふーん。何をしようが勝手だけど、その貧相な身体で戦えるの?」
その上で問いかけるのは、戦闘力の確認。
問題は見た目。ガリガリで強そうに見えない。
能力次第ではあるけど、依存し過ぎるのは危うい。
センスがなければ、何も出来ない可能性が極めて高い。
素の肉体が残念だと、戦闘に悪影響が出るのは確かだった。
「任せてくれ。門番での失態はここで晴らす」
自信あり気な反応を見届け、辿り着いたのは都市南部。
気絶する大量の白軍兵が積み重なり、近くには少女がいた。
「あっそ。じゃあ、死なない程度に頑張って。見守ってあげるから」
先に事態を把握したリーチェは、冷たく突き放す。
見た限り、敵は蜥蜴型の魔獣じゃないし、戦力は温存したい。
「……は、ははっ。ま、任せてくれ給えよ」
後れて事態を把握したイゴールは、引きつった顔で勝負を請け負った。




