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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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140/269

第140話 幕切れ

挿絵(By みてみん)





 イブ・グノーシスの異端審問は終わった。


 『意思衝突』事件の白教側の関与は否定された。


 和平は成立し、悪魔界は人間界への進出を果たした。


 『地獄の門』は開いたままで、組織の任務は失敗に終わる。


 悪魔との交流は、良い意味でも悪い意味でも途絶えないだろう。


「……」


 ダヴィデは最高裁判所を背に、朝焼けの空を見上げていた。


 そこには、法律の外側にいる悪魔が羽音を鳴らし、押し寄せる。


 敵意はなく、大統領の説明があったおかげで市民の混乱はなかった。


「任務、失敗しちゃったね」


 そこで声をかけてきたのは、間接的な原因を作ったソフィアだった。


 黒のエージェントスーツに身を包み、左肩には茶毛のニワトリを乗せる。


 どの口が、と言いたいところだが、何か計画性があったようにしか思えない。


 ――思い浮かぶのは、一つの仮説。


「……逆だろ。お前の課された任務は達成された」


 その取っ掛かり部分をダヴィデは告げる。


 予想外だったのか、彼女はキョトンとしていた。


 沈黙=肯定だろうが、このままだと有耶無耶にされる。

 

 ――だから、理詰めしてやる。


「局長の真の狙いは『戦力の強化』。当初聞かされていた『地獄の門』も『悪魔』も建前でしかない。俺には事前に知らされておらず、ソフィアだけが局長の本音を聞かされていた。途中で裏切るように指示され、それに従い、敵として立ち塞がった。結果として、俺は結界術のコツを掴み、確かな成長を果たした。だから、襲ってこないんだろ? お前の役目は十分に果たされているんだからな」


 思いつく限りのことを並べ立て、ダヴィデは問い詰める。


 認めるかどうかはどうでもよく、これは自己満足の類だった。


 今よりも前に進むために事実関係を整理しておく作業とも言える。


「あちゃー、とうとうバレたか。ダヴィちゃんなら遅かれ早かれとは思っていたけど、終わった後で助かったよ。途中で気付かれちゃったら、元も子もないというか、本気で戦ってくれなかっただろうからね」


 額に手を当て、大袈裟な態度でソフィアは認める。


 わざわざ嘘をつく必要もなく、恐らく事実なのだろう。


「まんまと一杯食わされたわけだな。あのアンドレアも計画通りか?」


 そこで話題に上げたのは、ソフィアと対をなした敵。


 エリーゼの能力なのは把握済みで、気になったのは理由。


 数ある死人の中から、なぜわざわざ『あいつ』を選んだのか。


「計画半分、私怨半分ってところだね。今だったら両方分かるでしょ」


 ソフィアは惜しむことなく端的に訳を語る。


 計画は今までの説明で明らかだが、本題は私怨。


 これまでの出来事を考えれば、すぐに察しがついた。


「10年前のニューヨークで起きた、白教とマフィアとブラックスワンの抗争。『シビュラ・ウォー』で、まだ新米だったジュリアを殺害した件の逆恨み。その主犯であるアンドレアを、死んだ後も使い潰して鬱憤を晴らしてやろうってところか。趣味がいいとは言えないが、気持ちは分からんでもないな」


 口にしたのは、過去の事実と因縁に基づいた動機の予想。


 復讐というほど単純ではなく、行いを全て許したわけでもない。


 ソフィアが抱く心境の複雑さが、行動によって表現された結果だろう。 


「『あの人』、死んでも死なないしね。殴ってもこっちの拳が痛むだけで、直接的な憂さ晴らしには何にも意味がないって気付いたんだ。だから、味方につけて、こき使ってやろうってね。……ここまではダヴィちゃんの予想通りだよ」


 ソフィアは事実を認め、『ここまで』という言葉で締めくくる。


 まだ計画は終わってない。他にも企みがあることを暗に示している。


「だったら、『これから』はどうするつもりだ。ジュリアは悪魔になって生きているのが分かったし、ダンテを殺すことを条件に霊体アンドレアを呼び出したんだろ? エリーゼのセンスが尽きるか、命令の意義を見失ったら消滅するはず。これ以上、苦しみを与えることは現実的じゃない上に、意味がないと思うが……」

  

 与えられた情報を基にして、『これから』を予想する。


 組織の命令や立場を除外し、ソフィア個人の感情を考える。


 思考がまとまらない中、背中には冷やりとした汗が伝っていく。


 頭よりも身体が先に反応し、空気が重苦しくなるのを肌で感じ取る。


(まさか……)


 ゾクリと鳥肌が立ち、嫌な予感が走る。


 口に出す暇はなく、張本人から回答は語られた。


「分かってないなぁ。怨んでいるのは、あの人だけじゃないんだよ」


 動機を掘り下げた上で、浮き彫りになるのは彼女の思惑。


 完全に気を抜いていた、深く考えるまでもなく、狙いは明らか。


(どうして、気付かなかった……っ!!!)


 ダヴィデは反射的に動き出し、裁判所に足を向ける。


 ソフィアは止めることなく、冷めた目でこちらを見ていた。


 ◇◇◇


 首都アシガバート。最高裁判所内、法廷。


 そこには、傍聴席に座っている二人の男がいた。


 左端と右端。お互い離れた位置に座り、沈黙が流れる。


「仕掛けてきたらどうだ。そういう命令を受けているのだろ?」


 左端に座るダンテは、全てを見抜いているように語り掛ける。


「…………」


 右端に座る霊体アンドレアは、震える拳を握り込み、沈黙を貫く。


 与えられていた命令を理性で押さえつけ、抵抗しているように見えた。


「戦う気はない……いや、内なる自分と闘っているわけか」


「あぁ……。ひと思いにやってくれ。お前を傷つける気はない」


 ダンテは状況を察し、霊体アンドレアは苦しそうに語る。


 恩義。忠誠心。上司と部下。それだけでは、説明がつかない。


 そのような生半可な理由だと、命令に抗うことはできないだろう。


 ――原因は他にある。


 そう考えるのが自然であり、辻褄が合う。


 だとすれば何か。彼と結びつくものはなんなのか。


 考えを巡らせるまでもなく、頭の中に答えは浮かんでいた。


「絆か。理解しがたい感情だ」


 ダンテは跳躍し、容赦ない手刀を突き立て、言い放つ。


 彼の胸を貫いて、仮想を血液が迸り、致命傷を負っている。


 死と再生の加護。張りぼての霊体の場合、真価は引き出せない。


 噴き出した血が止まることはなく、一人の霊体は死へ向かっていた。


「……いずれ分かる。俺が取った行動の意味が」


 消えゆく最中、語ったのは判然としない理由。


 それが最後まで語られることはなく、光に変わった。 

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