第140話 幕切れ
イブ・グノーシスの異端審問は終わった。
『意思衝突』事件の白教側の関与は否定された。
和平は成立し、悪魔界は人間界への進出を果たした。
『地獄の門』は開いたままで、組織の任務は失敗に終わる。
悪魔との交流は、良い意味でも悪い意味でも途絶えないだろう。
「……」
ダヴィデは最高裁判所を背に、朝焼けの空を見上げていた。
そこには、法律の外側にいる悪魔が羽音を鳴らし、押し寄せる。
敵意はなく、大統領の説明があったおかげで市民の混乱はなかった。
「任務、失敗しちゃったね」
そこで声をかけてきたのは、間接的な原因を作ったソフィアだった。
黒のエージェントスーツに身を包み、左肩には茶毛のニワトリを乗せる。
どの口が、と言いたいところだが、何か計画性があったようにしか思えない。
――思い浮かぶのは、一つの仮説。
「……逆だろ。お前の課された任務は達成された」
その取っ掛かり部分をダヴィデは告げる。
予想外だったのか、彼女はキョトンとしていた。
沈黙=肯定だろうが、このままだと有耶無耶にされる。
――だから、理詰めしてやる。
「局長の真の狙いは『戦力の強化』。当初聞かされていた『地獄の門』も『悪魔』も建前でしかない。俺には事前に知らされておらず、ソフィアだけが局長の本音を聞かされていた。途中で裏切るように指示され、それに従い、敵として立ち塞がった。結果として、俺は結界術のコツを掴み、確かな成長を果たした。だから、襲ってこないんだろ? お前の役目は十分に果たされているんだからな」
思いつく限りのことを並べ立て、ダヴィデは問い詰める。
認めるかどうかはどうでもよく、これは自己満足の類だった。
今よりも前に進むために事実関係を整理しておく作業とも言える。
「あちゃー、とうとうバレたか。ダヴィちゃんなら遅かれ早かれとは思っていたけど、終わった後で助かったよ。途中で気付かれちゃったら、元も子もないというか、本気で戦ってくれなかっただろうからね」
額に手を当て、大袈裟な態度でソフィアは認める。
わざわざ嘘をつく必要もなく、恐らく事実なのだろう。
「まんまと一杯食わされたわけだな。あのアンドレアも計画通りか?」
そこで話題に上げたのは、ソフィアと対をなした敵。
エリーゼの能力なのは把握済みで、気になったのは理由。
数ある死人の中から、なぜわざわざ『あいつ』を選んだのか。
「計画半分、私怨半分ってところだね。今だったら両方分かるでしょ」
ソフィアは惜しむことなく端的に訳を語る。
計画は今までの説明で明らかだが、本題は私怨。
これまでの出来事を考えれば、すぐに察しがついた。
「10年前のニューヨークで起きた、白教とマフィアとブラックスワンの抗争。『シビュラ・ウォー』で、まだ新米だったジュリアを殺害した件の逆恨み。その主犯であるアンドレアを、死んだ後も使い潰して鬱憤を晴らしてやろうってところか。趣味がいいとは言えないが、気持ちは分からんでもないな」
口にしたのは、過去の事実と因縁に基づいた動機の予想。
復讐というほど単純ではなく、行いを全て許したわけでもない。
ソフィアが抱く心境の複雑さが、行動によって表現された結果だろう。
「『あの人』、死んでも死なないしね。殴ってもこっちの拳が痛むだけで、直接的な憂さ晴らしには何にも意味がないって気付いたんだ。だから、味方につけて、こき使ってやろうってね。……ここまではダヴィちゃんの予想通りだよ」
ソフィアは事実を認め、『ここまで』という言葉で締めくくる。
まだ計画は終わってない。他にも企みがあることを暗に示している。
「だったら、『これから』はどうするつもりだ。ジュリアは悪魔になって生きているのが分かったし、ダンテを殺すことを条件に霊体アンドレアを呼び出したんだろ? エリーゼのセンスが尽きるか、命令の意義を見失ったら消滅するはず。これ以上、苦しみを与えることは現実的じゃない上に、意味がないと思うが……」
与えられた情報を基にして、『これから』を予想する。
組織の命令や立場を除外し、ソフィア個人の感情を考える。
思考がまとまらない中、背中には冷やりとした汗が伝っていく。
頭よりも身体が先に反応し、空気が重苦しくなるのを肌で感じ取る。
(まさか……)
ゾクリと鳥肌が立ち、嫌な予感が走る。
口に出す暇はなく、張本人から回答は語られた。
「分かってないなぁ。怨んでいるのは、あの人だけじゃないんだよ」
動機を掘り下げた上で、浮き彫りになるのは彼女の思惑。
完全に気を抜いていた、深く考えるまでもなく、狙いは明らか。
(どうして、気付かなかった……っ!!!)
ダヴィデは反射的に動き出し、裁判所に足を向ける。
ソフィアは止めることなく、冷めた目でこちらを見ていた。
◇◇◇
首都アシガバート。最高裁判所内、法廷。
そこには、傍聴席に座っている二人の男がいた。
左端と右端。お互い離れた位置に座り、沈黙が流れる。
「仕掛けてきたらどうだ。そういう命令を受けているのだろ?」
左端に座るダンテは、全てを見抜いているように語り掛ける。
「…………」
右端に座る霊体アンドレアは、震える拳を握り込み、沈黙を貫く。
与えられていた命令を理性で押さえつけ、抵抗しているように見えた。
「戦う気はない……いや、内なる自分と闘っているわけか」
「あぁ……。ひと思いにやってくれ。お前を傷つける気はない」
ダンテは状況を察し、霊体アンドレアは苦しそうに語る。
恩義。忠誠心。上司と部下。それだけでは、説明がつかない。
そのような生半可な理由だと、命令に抗うことはできないだろう。
――原因は他にある。
そう考えるのが自然であり、辻褄が合う。
だとすれば何か。彼と結びつくものはなんなのか。
考えを巡らせるまでもなく、頭の中に答えは浮かんでいた。
「絆か。理解しがたい感情だ」
ダンテは跳躍し、容赦ない手刀を突き立て、言い放つ。
彼の胸を貫いて、仮想を血液が迸り、致命傷を負っている。
死と再生の加護。張りぼての霊体の場合、真価は引き出せない。
噴き出した血が止まることはなく、一人の霊体は死へ向かっていた。
「……いずれ分かる。俺が取った行動の意味が」
消えゆく最中、語ったのは判然としない理由。
それが最後まで語られることはなく、光に変わった。




