第139話 次なる一手
トルクメニスタン。アハル州ダルヴァザ。『地獄の門』。
そこでは、悪魔の先遣隊が帰還し、状況が報告されていた。
『意思衝突』の件と『異端審問』の件。それらが悪魔側に伝わる。
「……つまり、白教は関わってないってワケカ」
悪魔の代表を務める蓮玲は、一言で情報をまとめる。
慎重を期して、人間界との和平には24時間の猶予を設けた。
その一部は杞憂に終わり、表面上では断る理由がなくなっていた。
「これで疑念は晴れた。……和平の件ですが、同意していただけますか?」
白教の代表である枢機卿カルドは話を進める。
ここで頷けば、何のわだかまりもなく和平は成立。
悪魔側の今後を考えれば、受ける以外の選択肢はない。
――ただ。
「待テ。最後に確認するが、白教に記憶を操る使い手は居ルカ?」
私的な理由で、蓮玲は和平を先送りにする。
内情がバレるリスクを承知で、問題に踏み込む。
カルドの記憶がないのは確実であり、計画に関わる。
解決する兆しがないのなら、和平の意味が薄れてしまう。
例え、悪魔側の反感を買うとしても、優先すべき問題だった。
「ええ。私が存じ上げる限りであれば一人いらっしゃいますね」
カルドは快く応答し、早くも手掛かりを掴む。
この時点で白教側に記憶を消されたのは、ほぼ確実。
名前が挙げられる人物=犯人という図式が成り立つだろう。
「それは……誰ダ?」
恐る恐る尋ねる。ある程度の覚悟をして、探りを入れる。
敵対するのは確実であり、名がデカいほど、リスクが上がる。
出来るだけ小物であることを祈りつつ、反応を心待ちにしていた。
――そこで明かされた名は。
「エリーゼ・フォン・アーサー。白教における元教皇です」
◇◇◇
『地獄の門』を覆っている黒の結界は解かれた。
閉じ込められていた悪魔たちが、人間界に放たれた。
その一部始終を、遠くの砂漠地帯から眺める少女がいた。
灰色のローブに身を包み、フードを被り、リュックを背負う。
右の肩には蝙蝠が止まり、しみじみとした表情で感想を口にする。
「和平は成立か……」
やり残した仕事が終わり、世界が動き出したのを感じる。
社会から孤立して、一人だけ取り残されたような気分になる。
『ブラックスワン』と『白教』を抜け、頼れる仲間とは縁を切った。
孤独な自分探しの旅。傍から見ればそう見えるだろうし、99%は正しい。
――ただ、残り1%の誤算があった。
『浮かない顔ダナ。アタイがついてるんだから、心配いらナイヨ』
喋りかけてくるのは、蝙蝠型の聖遺物『カマッソソ』。
妙な訛りを用い、孤独な旅にわずかな彩りを与えてくれる。
そのおかげで、ほんの少しだけ前に進む勇気が出てきた気がした。
「へぇ……今になって喋ってくれるんだ。お互いに自己紹介でもする?」
エリーゼは今だったからこそ心を開き、問いかける。
聖遺物は元人間であり、名称と名前が別なのは分かってる。
神話に通じている方の名は、通り名のようなもので本名じゃない。
今までボイチェンだったけど、声を晒した今なら教えてくれる気がした。
『エリーゼ・フォン・アーサー。イギリス王室の第五王子であり、白教の元教皇。千年前にマーリンと共に白教の礎を作った『レジェンド』ダロ? 今更、自己紹介は不要ダヨ。一方的に名乗るとしたら、アタイの方だろうネ』
簡単な経歴や個人的情報を先に言われ、残ったのは彼女の方。
自らを追い込み、紹介せざるを得ないような雰囲気を作り出している。
「だったら、聞かせてもらえる? 通り名じゃなく、あなたの本当の名前を」
流れと空気を読み、遠慮なく話を振って、反応を待つ。
ここまでお膳立てしておいて、名乗らないのはあり得ない。
気になるのは名前と肩書き。現実世界と接点があるかのどうか。
その期待にそぐわない回答を、聖遺物『カマッソソ』は語り出した。
『我が名は蓮玲。元第一級悪魔であり、【火】の概念を奪った蓮麗の母親ダヨ』
◇◇◇
ニコラの独創世界内。赤い館三階。主の間。
錬金釜が複数置かれた部屋には、数名の人物がいた。
「おいおい……こいつはとんでもない事実の発覚だな。介入しないのか、蓮麗?」
アフリカ系の屈強な男性、黒服を着るマイクは問いかける。
錬金釜の水面にはエリーゼが映り、隣には黒服姿の蓮麗がいる。
『地獄の門』には悪魔になった母親に加え、まさかのもう一人現れた。
因縁から考えれば動かない理由はなく、独断専行してもおかしくない状況。
――立場上、確認しておく必要があった。
現在の所属は魔術商社『リーガル』で安易に動けない。
勝手に動けば契約違反になり、重い罰則が科されるはずだ。
蓮麗とシェンは24時間限定の社員だが、待てない可能性が高い。
契約は残り20時間以上残っており、あいつが我慢できる気がしない。
「動かナイし、動けナイ。采配は社長に任せるヨ」
しかし、意外にも蓮麗は冷静だった。
状況を受け入れ、虎視眈々と気を伺っている。
「吾も従うとしよう。お前さんとは一蓮托生だからな」
次に答えたのは、黒いチャイナ服を着た、黒髪辮髪の老人シェン。
神を内に宿すものの、冥戯黙示録で蓮麗に敗れて以降、忠誠を誓っていた。
「全ては社長次第か……。何か計画はあるのか? セレーナ」
マイクは視線を外し、作業用のデスクにいる社長に尋ねる。
テーブル上には、一連の登場人物と関係図と立ち位置が描かれる。
人物ごとにピン止めされ、赤い紐で結ばれ、一人の人物に集約している。
――いわゆる、捜査ボードってやつだ。
犯人を追い詰めるために、証拠を並べる作業と同じ。
ただセレーナの場合は、少しばかり動機が異なるはずだ。
私怨というよりも支援。ジェノ・アンダーソンが中心にいる。
恐らく、その延長線上に蓮麗たちがいて、適切な機を探っている。
「あなたたちはチェスで言う、ルークとビショップ。安易に使うべきじゃない貴重な人材。契約終了まで残り20時間程度ある。超安心して待ってくれていいから。活躍の場は……ちゃんと用意してあげる」
セレーナは未来を見据え、淡々と語っていた。
その計画の全貌は、実際に起こるまで知る由もなかった。




