第138話 やるべきこと
9月2日。イタリア。シチリア島。リビア海沿いの南岸。
月に照らされる夜の海を見つめるのは、二人の男女だった。
お互い黒スーツに袖を通し、ロマンチックな雰囲気は一切ない。
観光じゃなく、仕事。そんな空気を醸し出しながら、男は語り出す。
「結界で上手く誤魔化してるようだが、間違いない。海底都市はリビア海にある」
右目につけたモノクルに映るのは、か細い水色の光。
海の色に近いものの、夜の闇に染まる景色にはそぐわない。
違和感は一目瞭然。強化された視神経なら、察知するのは容易い。
「…………」
一方、隣に立つ、赤縁眼鏡をかけた長い金髪の女性は、沈黙。
不平と不満、それを押し殺しているような表情と反応を示している。
「何か言いたいことでもあるのかい? リディア」
感情を汲み取り、短い茶色髪の男――ラウロは問う。
組織『ブラックスワン』の活動としては、初めての仕事。
相棒であり、秘書である彼女のご機嫌を伺うのは急務だった。
「……率直に申し上げますが、この活動に意味があるとは思えません。超常現象を対策する。それが組織の理念のようですが、今の世界の情勢を考えれば、他に優先すべきことがあるのではありませんか?」
明らかになったのは、リディアが抱える不満の正体。
簡潔な内容だったが、言いたいことがよくまとまっている。
――その根っこにあるのは、【火】の概念の消失だ。
世界中で被害が発生し、被害者の数は数百万人以上にも及ぶ。
優先すべきは、災害の原因究明であり、解決だと考えているはず。
真面目な彼女らしい反応だ。世間が抱く、普遍的な感性を備えていた。
「君の言ってることは間違ってない。今だけを考えるなら、この上なく正しい」
「……でしたら」
「ただ、物事は大局で見る必要がある。今という時間だけが重要なわけじゃない」
反論しようとするリディアの言葉に被せ、説得を続ける。
答えではなく取っ掛かり。もちろんこれでは納得しないだろう。
「結論から仰っていただけますか。海底都市に何があると言うんです」
尋ねられるのは、ここに来た目的。解決すべき問題。
組織のお偉方が人選して、ここに派遣された本当の意味。
任務を滞りなく遂行するためにも、答えておく必要があった。
「恐らく、海底都市には『あの』ジルダ・マランツァーノが匿われているはずだ。君も『ストリートキング』を見ていたから分かるだろ? 彼を野放しにしていたら危険だ。いずれ意思の力を制御できなくなり、概念消失級の災害が起きる」
「……つまり」
「それを未然に防ぐのが僕たちの仕事だ」
◇◇◇
「これでも殺したいかい? ラウロを生かした、このアタシを」
白い空間が広がる精神世界の中で、イザベラは言った。
恩着せがましく、鬼の首を取ったような反応を見せている。
「……ひとまず、保留にしてやる。その言い方は気に食わねぇがな」
責める理由もなくなり、ラウラは敵意を鎮める。
ラウロの命を繋げたのは事実であり、疑いようはねぇ。
直接的な死因じゃなく、復讐相手とするにはお門違いだった。
「だったら、どうしたい? 今後は何のために生きたい? 何を成して、どんな行動を起こしたい? その理由によったら、主導権をあげてもいいよ。白教における教皇。その立場でやれることに限られるけど」
夜のシチリア島の映像を消し、ツクヨミは尋ねる。
それは、今後の人生に関わる極めて重要な質問だった。
下手な回答すれば恐らく、死ぬまで表に出られねぇだろう。
慎重に考える必要があるが、半端な嘘をつけば絶対見抜かれる。
真摯に答えてやる必要があり、それでいて認められないといけねぇ。
難易度は高く、取り返しがつかない状況だが、答えは既に決まっていた。
「白教を広げる。僕の手が届かない身内を助けてやるためにもな」
その回答により、白に染まる景色は砕ける。
老婆と神と和解し、見えてきたのは大聖堂の最奥。
トルクメニスタンの地に足をつき、椅子から立ち上がる。
「「「「「………………」」」」」
聖堂内で待ち受けていたのは、大量の信徒だった。
予言通りだったのか、予定通りに行われているだけか。
どちらとも言えねぇ状況だが、やるべきことは決まってる。
「紆余曲折あったが、僕がお前らの頭を張るラウラ・ルチアーノだ。人の上に立つのはハッキリ言って得意じゃねぇが、先に言っておく。……お前らがやらかしたことは、僕が責任を持ってケツ持ちしてやる。だから、常識の範囲内で好き勝手やれ。その代わり、僕がやりたいと思ったことは全力でサポートしてもらう。『悪魔との和平』は、記念すべき第一歩ってやつだ。いいか、気合い入れてかかれ!」
ラウラは仕事を引き継ぎ、マフィアの幹部集会のような号令をかける。
教皇という立場にはふさわしくない対応。ある程度の反発が予想される。
「「「「「――――――――」」」」」
しかし、返ってきたのは割れんばかりの拍手だった。
沈黙や反発といったマイナスの反応はなく、意思は統一される。
――これが教皇。
良い意味でも悪い意味でも信徒は従順で何色にも染まる。
責任を背負うと言ったが、背負わされたと言った方が正しい。
両肩に重荷が乗っかったような気分になりながら、ポツリと語る。
「これでいいんだよな……。親父……」
抱くのは、同じようで全く異なる理想のリーダー像。
答えを確かめる術はなく、もがきながら進むしかなかった。




