第137話 答え合わせ
『……突然だが、アタシが死ねと言ったら死んでくれるかい?』
映像に表示されているのは、ラウロとイザベラの姿。
応接室で行われた一連の会話が、嫌でも耳に入ってくる。
親父と交友があったのは確定。親父の死に関係したのも確実。
死の分岐点に指定した映像に登場して、犯人はリーチェじゃない。
頭の中で情報を一つ一つ整理し、冷静に考えても答えは明らかだった。
「……貼り付け」
白が広がる精神世界の中、ラウラは呪文を唱えた。
現れたのは、黒い両刃の大剣。刃先は途中で折れている。
柄を両手で力強く握り込んで、欠けた切っ先を向け、言い放つ。
「このくそババア!! お前が親父を!!!」
衝動的に身体を突き動かすのは、復讐心だった。
犯人と思わしき人物を切り捨てたい思いに駆られる。
ただ理性が歯止めをかけ、刃はイザベラの首元で止まる。
「早とちりはするべきじゃない。さっき学ばなかったのかい?」
当の本人は動じない。両手を上げ、偉そうに説教を垂れていた。
抵抗するような素振りは一切見せず、偽善者ぶった反応を示している。
「どの、口が……っ!!」
感情が理性をやや上回り、イザベラの首元に刃が触れる。
軽く出血し、刃を沿うようにして、赤い血が零れ落ちていく。
精神世界で殺せばどうなるか。仮に殺せたとして意味があるのか。
道義的な問題が歯止めをかけてくるが、本能のまま動こうとした瞬間。
「映像は止めてある。まずは続きを見ようよ」
声をかけてきたのは、ツクヨミだった。
冷静に端的に効果的にワードを選んでやがる。
それも、一連の事件に全く関与していない第三者だ。
その客観的事実が、血と感情で昂ぶる頭を冷やしていった。
「ちっ……。わぁーたよ。今は手を引いてやる。こいつに感謝しろよ」
ラウラは大剣を下ろし、助言に従う。
「ありがとうねぇ、き……。いや、ツクヨミだったか……」
イザベラは感謝を伝え、何かを口にしようとしたが、すぐに訂正。
こいつら同士も何かしらの因縁がありそうだったが、今はどうでもいい。
「さて、これでひとまず和解した。続きを再生してくれ」
映像を司るツクヨミに指示を飛ばし、大剣を地面に突き刺す。
いつでも応戦できるが、今は見る方にだけ意識を集中させていった。
「じゃあいくよ。さっきの続きからね」
そんな軽やかな声音と共に、映像は再生される。
応接室で行われるラウロとイザベラの会話の続きが始まった。
『そう提案されるということは、やんごとなき事情があるようですね。一度、命を救われたこちらの身としては快く引き受けたいところ。……ただ、これでも子供の父親をやっていましてね。内容を聞かせてもらってもよろしいですか?』
ラウロが行ったのは、内容の確認だった。
命を差し出すんだ。尋ねる権利はあるだろう。
内容次第で修羅場になるが、逆の展開もあり得る。
全ては映像内のイザベラが発する言葉にかかっていた。
『白教には未来を予知する『シビュラの書』があるのは分かるね?』
『ええ。もちろんです。例の抗争の発端はそれが原因でしたからね』
最初に触れられたのは、聞き覚えのある内容だった。
『ストリートキング』の優勝賞品だと言われたものと同じ。
結局は嘘だったわけだが、全く因縁のないワードじゃなかった。
組織の任務で眼鏡職人を捜し、そいつが依頼してきた内容を思い出す。
『優勝者には『シビュラの書』と呼ばれる予言書が与えられる。それを悪用されたら困るんだ。もし、ストリートキングに参加予定の『あるチーム』が優勝してしまうと、イタリアは……いや、世界はとんでもないことになる』
それが『ストリートキング』に参加したきっかけだった。
大会に優勝するのが、眼鏡職人を引き抜くための条件だった。
結果、優勝したが、『シビュラの書』なんてもんは存在しなかった。
大会の主催者を問い詰めたが、与えられるのは賞金のみだと伝えられた。
確かにその通りだった。その情報を初めて聞いたのは、眼鏡職人からだった。
(何か、変だな……)
短い会話の中で、ラウラは確かな異変を感じ取る。
答えが喉元まで出かかっているのに、出てこない感覚。
そんな中、映像は止まることなく、過去の情報を開示する。
『その予言によれば、ラウロ・ルチアーノは今日の夜に死亡する。分かっているとは思うが、100%当たる占いってやつだ。どれだけ抗おうとも、運命は収束する。【死】という概念から逃れることは出来ないだろうねぇ』
『死ねというより、死ぬしかないわけですね。職業柄、いつでも【死】は覚悟していましたから、心の準備ができるだけ、まだマシなのでしょうね。……ただ、あなたがここに来たということは何か策がある。違いますか?』
『やはり、アンタは頭が切れるねぇ。ラウロ・ルチアーノ。理解が早くて助かるよ。……前置きを省いて説明させてもらうが、アタシは【死】の盲点をつく。ラウロの頭脳は何が何でも人間界に残す。そのためにここに来た』
『詳細を聞きましょう。……いいえ、ぜひともお聞かせ願いたい』
真剣なムードが漂い、応接室の空気が引き締まるのを感じる。
親父はマジな時の顔をしていた。生前でも一度しか見たことねぇ。
母親が死んだ時。それと同等ぐらいの熱量で、前のめりに聞いている。
『アンタの魂を別の人間に転写する。アタシの能力は分かるだろ?』
明かされたのは、イザベラの意思能力。
事実だとすれば、【死】を偽装することは可能。
『肉体は朽ち果てるが、魂は死なない。名案ですね。残るは身体の……』
『もちろん用意しているよ。入っといで』
別の肉体さえあれば、ラウロ・ルチアーノは生き続ける。
そのスペアボディに選ばれたのは、見覚えのある予想外の人物。
『…………』
白服を着ている、冴えない茶髪の男。
片目には見覚えのあるモノクルを装着する。
言葉は発していないが、一目見て理解しちまった。
(こいつは眼鏡職人で……ラウロ・ルチアーノの魂を受け継いだ。この映像は『ストリートキング』より以前の出来事で、『ストリートキング』の時にはすでに『魂の転写』は完了している。つまり僕はあの時……親父に会っていた)
探していた答えは、身近な場所に存在していた。
その事実が判明し、頭の中は真っ白になっていった。




