第133話 すれ違う思い
帝国とアメリカの時差は-14時間。
ロシアとアメリカとの時差もほぼ同じ。
現在の時刻は、一日遅れの9月2日の午後だ。
【火】の概念消失から数時間が経とうとしていた。
――職務上、出向く必要はなかった。
魔術商社『リーガル』は動向の把握を優先。
オレはアメリカの担当となって、監視を続けた。
仕事場は、魔術部門部長ニコラが展開する独創世界。
樹海の中に建つ赤い館の三階にある、主の間って場所だ。
そこには錬金釜が無数にあり、水面には世界の映像が浮かぶ。
それを眺め、財政部門部長として『商機』を探すのが役割だった。
――そこで見つけたのが、ウォルター・ファルネーゼだ。
米国大統領の動向を把握していたら、引っかかった。
特別顧問として幼馴染が採用されるという予測不能の事態。
職務の延長線上で盗聴し、主要国首脳会議の後に真実が露呈した。
『ご苦労様でした、ダンテ局長』
『ご期待に沿えず申し訳ありません。レオナルド大統領』
超常現象対策局局長ダンテとのビデオ通話。
裏で操っていた存在の名前が明らかになった瞬間。
オレは私情を挟むと決めた。接触するために気を伺った。
――ようやくその時が来た。
「歩く死体、ってか。これがてめぇの望みなのか、ウォルター・ファルネーゼ。いいや、レオナルド・アンダーソンと言った方が適切か」
マンハッタン。エンパイアステートビル屋上。
無数の飛行機が墜落し、ビルは倒壊し、被害は甚大。
眼下では、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり、骸骨が闊歩する。
原因は意思能力。蓮麗が引き起こした、取返しのつかない大惨事。
――主犯はレオナルドじゃない。
頭では分かってんだが、予定通りの気がしてならねぇ。
善良なウォルターの肉体を使って、悪事を働くのが許せねぇ。
だから、確かめる。だから、拳を振るう。だから、職務を放棄する。
「てめぇを追い出し、ウォルターを元に戻す。そのためなら何だってしてやるよ!!!」
どこで踏み間違えたんだろうな。
親友の肉体に右拳を打ちつけ、考える。
ビルを突き破る奴を追って、思いを巡らせる。
『僕は世界一の金持ちになって、可能な限り大勢の人を救うよ。できるかできないかじゃない。やるかやらないかなんだ。分かってくれとは言わないし、意見を強要するつもりもない。ただ、僕と一緒に働いてくれないか? 十分な報酬は約束するし、悪いようにはしない。……その代わり、今のビジネスから足を洗ってくれ』
今思えば、あそこがターニングポイントだった。
差し伸べられた右手を握っていれば、確実に助けられた。
資金洗浄をやめていれば、宗教団体に付け入る隙を与えなかった。
――だが、それは結果論だ。
『オレはオレの道を行く。お前はお前の道を進め。汚れた金だろうと、救える命はきっとある。表社会で生きられない社会不適合者に居場所を与えてやるのがオレの役割なんでな。今更、生き方は変えられねぇ。例え、資金洗浄の基盤を作った『ブラック』の申し出であってもな』
重なり合っていたオレたちは、会議室で道を違えた。
表と裏に分かれ、互いに『人を救う』ことに命をかけた。
今の状況は真逆だ。レオナルドの想定通りだとすれば最悪だ。
ウォルターが望むはずがない。世界の終末を歓迎するわけがない。
「「――――」」
オレは空中を蹴り、加速し、追いつき、奴に馬乗りになる。
そこは奇しくも、超高層ビルの一角にあったオフィスの会議室。
道を違えた場所と類似し、スーツを着た会社員が慌てふためている。
恐らく、逃げ遅れた一般男性だろうが、今はそんなことどうだっていい。
「痛いじゃないか、『ホワイト』。あの時の約束を忘れたのかい?」
「てめぇに何が分かる! 知ったような口を叩くんじゃねぇ!!」
左拳を奴の顔面に叩きつけ、衝撃で部屋の底が抜ける。
二重、三重にも階層を貫いて、自由落下が開始されていく。
ビルの瓦礫が無数に飛び散る中、オレは落下する敵を見ていた。
四階層目にあたる地面でようやく停止して、大の字で寝転んでいる。
そこは休憩室だった。いくつかの自動販売機とテーブルと椅子が見える。
コーヒーブレイクにはまだ早い。奴が生きている前提で、センスを漲らせる。
――ぶちのめせば、元に戻る。
なんて根拠のない妄想に取り憑かれ、拳を振りかぶる。
その先には奴に加えて、巻き込まれた会社員が見えていた。
会議室にいた中年男性。茶色の髪を七三分けにした、無辜の民。
拳を振るえば、ぐしゃり。おおよそ三階分の落下の衝撃が彼を襲う。
(オレの、せいで……っ)
我に返り、攻撃を中断し、助けに入ろうとする。
絶妙に距離が遠く、急げばギリギリ間に合うかどうか。
「……やれやれ」
そこで声を発したのは、起き上がるレオナルドだった。
白服についた汚れを払う余裕を見せ、こちらを見上げている。
恐らく、反撃に出るつもりだろう。次の行動を見誤れば、敗北する。
(どうする……。助けに入れば、オレは……)
鬼気迫る状況の中、一瞬の迷いが生じる。
自己保身に走り、判断がほんのわずかに遅れる。
オレが行動するよりも早く、動き出したのは奴だった。
「遅い。思考が遅い。判断が遅い。行動が遅い。やるなら迷う前にやれ」
レオナルドは説教を垂れながら、跳躍する。
落下していた会社員の首根っこを掴んで、窮地を救う。
「……どうして」
オレは唖然となって、その一部始終を見ていた。
地面に着地しながら、攻撃に手を休め、理由を尋ねた。
「救える命は救う性質でね。時には犠牲も必要だが、今じゃない」
返ってきた回答は、ウォルターと似通っていた。
性格は違うが、主張しているものに共通点を感じる。
それと同時に、長年培った勘から『商機』の匂いがした。
暴力以外で解決する可能性。それを薄っすらと予期していた。
――だからこそ。
「一時休戦だ、レオナルド元大統領。昼下がりのコーヒーブレイクと行こうか」




