第132話 黒幕
「ツクヨミ、ねぇ……」
白い空間の中、ラウラは与えられた情報を噛みしめる。
そこには、老婆と鬼がいて、鬼の自己紹介が済んだところ。
ここは精神世界で、同じ肉体に三名の魂が共存しているらしい。
突っ込みたいことは山ほどあるが、気になったのが『ツクヨミ』だ。
「何か不満? もっと崇高な神が良かったとか?」
当の相手は、両腕を組んで、不服そうな顔を見せている。
他の神と比べて、少なからず劣等感を抱えているようだった。
序列や権威や力関係は分からねぇが、問題の本質はそこじゃねぇ。
「いや……そもそもお前は『白き神』なんだろ? どうして、日本神話の神がいる。白教の起源はイタリアのはずだ。ローマ神話とか、北欧神話なら百歩譲って理解してやるが、日本神話は遠すぎる。距離も伝承も関係性も因果関係も全く噛み合ってねぇ。……ハッキリ言やぁ、胡散臭いんだよ。そこのババアも含めてな」
特に隠す必要もなく、思っていたことをそのまま告げた。
この空間だったら、誰かに話を聞かれる心配もないだろうしな。
「……あぁ、そこからか。そもそも、前提を理解していないんだね」
今ので納得したのか、呆れたのか、馬鹿にしてるのか。
そのどれとも取れるような吐息をこぼし、ツクヨミは語る。
なんにせよ、鼻につく。無知であることを見下す印象を受けた。
「ちっ、いちいち癇に障る野郎だな。お前だって知らないことは山ほどあんだろ。たまたま自分が知ってる領域を、たまたま知らないヤツがいただけでいい気になってんじゃねぇよ。お前が知らない専門的な知識を、世間の常識みたいに扱って、マウント取ってやろうか? あぁ?」
「無知は罪だよ。人殺しが悪いと知らない人は、悪いと知りながら実際に人を殺した人より性質が悪い。自分に全く関係のない分野だったら分かるけど、今回のことに関しては違う。あなたに関係あることだし、調べる時間は十分にあった。去年の12月25日から、9月3日まで253日。その間、あなたは『白き神』を知ろうともしなかった。ただ、目の前の問題に取り組んで、運命に翻弄されていただけで何も考えてなかった。……だからこうなった。訳が分からないまま主人格を奪われ、月の儀式も知らないまま症状は進行し、身体は蝕まれていった。これは誰が悪い? 世間が悪い? 私たちが悪い? 国家や組織や宗教や陰謀が全て悪い? あなたもいい大人なんだから分かるよね? 今の面倒な状況に追い込んだのは、一体誰?」
堰を切るようにして溢れ出すのは、ツクヨミの鬱憤。
253日、この身体の中で積もりに積もった不満ってやつだ。
確かにこれまで話す機会はなかったし、知ろうともしなかった。
組織の命令に従い、何も考えずに目の前の問題をこなすのが楽だった。
――これは、誰が悪いのか。
逃げ道は前もって塞がれ、一つの答えに誘導される。
それを口にすれば、恐らく、ツクヨミは満足するだろう。
悪いと認めさえすれば、建設的な話し合いに発展するはずだ。
本心では納得しなくとも、相手の顔を立てれば、波風は立たねぇ。
頭では分かってる。ここで何を言うべきかは、きちんと理解している。
――でも、それで本当にいいのか?
常に誰かの機嫌を伺って、反応を邪推して、無難な答えを言う。
それが生きてるって言えるのか。それが人生だって胸を張れるのか。
主導権を握られ、知らない情報を餌で釣られ、屈服するのが正しいのか。
――違ぇだろ!!!
無理に知らなくてもいいし、無理に合わせなくてもいい。
悪人だと定義されてもいいし、聖人になれなくったっていい。
自分が自分であることに理由はいらねぇし、誰の許可もいらねぇ。
――自分らしく在り続ける。
人生なんてそれだけでいいし、善悪も人間が勝手に作った概念だ。
深く考える必要はねぇ。ここで言うべきことはとっくの昔に決まってる。
「悪いのは国家でも組織でも宗教でも陰謀でもねぇし、お前らでも僕でもねぇよ」
「へぇ……だったら誰が悪いってわけ?」
「――米国元大統領レオナルド・アンダーソンだ」
◇◇◇
アメリカ合衆国。マンハッタン。時刻は昼過ぎ。
そびえ立つ無数のビル群を見下ろせる建物が存在する。
高さ443m、1931年から1972年にかけて世界一の高さを誇る。
――エンパイアステートビル。
その頂上付近にて、街を観察する者がいた。
中性的な顔で、長い銀髪、白スーツを着た男性。
ウォルター・ファルネーゼの肉体の主導権を握る魂。
「ひどい有様だ。これがあのマンハッタンとはね……」
レオナルド・アンダーソンは目の当たりにする。
9.11の比にならない大災害。世界最大の飛行機事故。
一機どころの騒ぎじゃなく、数十機が都市に降り注いだ。
死亡者は最低でも数万人に及び、街の混乱は収まっていない。
復旧の目途は立たず、医療は崩壊し、人々の叫び声が絶えず響いた。
――被害は更に拡大するだろう。
飛行機事故が原因となり、新たな問題が生じた。
マンハッタンの地下で隠蔽していた世界が露呈した。
死人が骸骨と化し、人々に感染する超常現象が発生した。
「歩く死体、ってか。これがてめぇの望みなのか、ウォルター・ファルネーゼ。いいや、レオナルド・アンダーソンと言った方が適切か」
現れたのは、短い黒髪を逆立てた屈強な男。
服装は、黒いレザージャケットに、紺のジーンズ。
顔は険しく、目つきは鋭く、拳をどっしりと構えている。
「奇遇だね。誰かと思えば、ヴォルフじゃないか。元気だったかな?」
肉体にこびりついた情報を基に、変わらず接する。
親友であり、幼馴染であり、光に進んだ側と闇に進んだ側。
複雑な因縁は承知の上で話したが、口振りを見るに乗り切れないだろう。
「いいか、覚えとけ……ウォルターは俺と二人きりで話す時、『ホワイト』と呼ぶ。初歩的なミスってやつだ。まぁ、愛称で呼んできたとしても、とっくに裏は取れてる。どのみち、やることは変わらねぇがな」
「やることって?」
「てめぇを追い出し、ウォルターを元に戻す。そのためなら何だってしてやるよ!!!」
終末世界で振るわれるのは、問答無用の右ストレート。
弁明する機会は与えられず、摩天楼の上で戦闘が開始された。




