第130話 結びつく因果
「そこまで。模擬戦は両者引き分けとする」
疋田の真剣な声音と共に、戦闘は終わりを迎える。
たった一度の攻防と駆け引きをもって、幕切れとなった。
稽古なら短く、普通の相手であれば準備運動にもならんだろう。
――だが、収穫はあった。
阿吽の領域に到達し、意思の核心に近付いた。
たった一度の攻防でも、数年分の鍛錬に匹敵する。
上手くいくかは博打だったのだろうが、上手くいった。
恐らく、ここまで帝の狙い通り。戦力の底上げが成功した。
失敗したケースは考えたくないが、終わり良ければ全て良しだ。
朝日を浴び、新たな境地に至り、爽快な気分で胸が満たされていく。
――ただ、気になることがないわけではなかった。
「陛下、一つお聞かせ願ってもよろしいですか?」
一心は頭の中で整理をつけ、声をかける。
その先には、着物の襟を整える帝の姿があった。
「ええ、もちろん。答えられる範囲ならお教えします」
特に嫌がる素振りも見せず、彼女は快く応じていた。
一連の攻防を経て、口調がやや砕けているように思える。
心許される関係とまではいかないが、距離が縮んだのは確か。
多少、踏み込んだ質問でも、今の関係性なら答えてくれるだろう。
「【火】の概念消失により、世界中で常時運航する1万機近い航空機が同時に墜落。『おおよそ150万人が死亡』という人類史を見ても前代未聞の事故が発生しました。痛ましく、恐ろしい出来事であり、受け止め切れない人がほとんどでしょう。身内に不幸があった方の心情を慮ると、いたたまれなくて仕方ありません。……ただ、特命担当大臣の落ち着いた声明発表により、国内の混乱は収まった。暴動から傷心ムードとなり、一連の騒動は収束に向かっているように思います。国防を司っている我々、呉鎮守府第103特別陸戦隊の役割も果たされつつあり、事件の首謀者を見つけるのは現実的ではない。世界規模の能力なのは明らかであり、帝国だけを標的にされたようには見えません。それなのに、私に稽古をつけてくださったのは、なぜなのでしょう。戦力を底上げしたいという思惑があったように思えますが、仮想敵が分かりません。差し支えなければで構いませんが、先ほど皇居周辺に発生した超常現象――『未知の光柱』と関係がありますか?」
頭の中で思い浮かんでいたことを遠慮なく尋ねる。
起きてしまった事実。その先を見据えて、話を切り出した。
「一つというには贅沢な質問ですね。なんと答えるべきか迷ってしまいます」
帝は、雲間から垣間見える朝日を見て、手で庇を作る。
答えるべき内容を分かっていながら、勿体ぶるような印象。
情報量が多いのは分かるが、それらを噛み砕けない人ではない。
「お戯れを。模擬戦から私が尋ねる内容まで想定していたのでしょう?」
悪い気はせず、上下関係を保ちながら会話に応じる。
「見抜かれてしまいましたか。やはりというべきか、嘘をつくのはあまり得意ではないようですね。お察しの通り、『戦力の底上げ』『仮想敵』『未知の光柱』、それらは点ではなく線であり、私が想定していた内容。そういう意味では、一つという表現は非常に的を得ているでしょう。その上であなたの役割は『国防』。帝国の領土内で起きる超常現象への対応が求められ、今回も例に漏れません。【火】の概念消失の舞台の裏で進みつつある、『陰謀の抑止』が最優先事項となります。具体的には――」
帝が語るのは丁寧な前置き。本題を切り出す前の助走。
一つ一つの事柄が繋がり、大いなる流れに紐づくのを感じる。
こちらから意見を差し挟む余地はなく、結論は帝の口から語られた。
「神と悪魔と鬼の戦争を食い止める。心して覚悟なさい」
◇◇◇
意思の力と幻想の左足を用い、磁力を操作。
鉄の塊と化したミニバンを使い、太平洋を横断。
車体のスペックを超え、法定速度を破り、直進した。
マカオから東京までの道のり、おおよそ約3000km程度。
それを4時間弱でたどり着き、朝日が俺っちたちを出迎える。
「「「「…………」」」」
車から降り、歩く、歩く、歩く、歩く。
焦らず、急がず、じっくりと目的地に向かう。
芝生を踏みつけ、黒松を眺め、奥の人影を見つめる。
――目的は『鬼の居場所を作る』。
そのためには憲法改正が必須だが、民意は重要じゃない。
政治や国会、総理大臣でもなく、決定権があるのは一人の女。
末端と接しようと時間の無駄。肝心なのは、ボトルネックの解決。
法を決めたのは誰だ。法を変えたのは誰だ。法を変えられるのは誰だ。
「覚悟はいいか、悪魔共。……ショータイムだ」
◇◇◇
高速道路はガラ空き。取り締まる警官はいません。
想定より早く着いた。道中で障害はありませんでした。
車から降り、朝日に出迎えられ、見えてきたのは、建造物。
東京都千代田区に建つ『白亜の殿堂』がゴールの役割を果たす。
「勝負は私の負けのようですね、夜助さん」
「来るなといったじゃろうが、この分からず屋が」
熱い視線を交わし合うのは、ナナコと夜助。
背後には道中を共にしていた仲間と、見知らぬ人。
自然と奥の方が目に入り、外的情報が頭に流れ込みます。
襟足が長い金髪で、着崩した黒服を着る、ホストのような男性。
根拠は全くありませんが、事件の首謀者のような気がしてなりません。
「見かけない顔ですね。そちらの殿方は……?」
前置きを省き、最も気になった部分を尋ねます。
男は気付き、こちらを向き、ニヤリと笑顔を見せました。
――そして。
「俺か……俺の名は霧生卓郎。『国家転覆』を目論む、最低最悪のクソ野郎だ」
旅は終わりを迎え、新たな物語が始まる。
霧生と名乗った彼は敵か、味方か、それとも――。
◇◇◇
同時刻。長崎県。壱岐市。月讀神社。本殿内。
そこはツクヨミ、イザナミ、イザナギが祀られる神社。
対象の神にとっては、パワースポットであり、ご縁のある場所。
「確認するわ。私の精神体は時間を超越する。だけど、他人の精神体を過去に飛ばして、成功した前例がない。上手くいく保証はなく、失敗すれば、ツクヨミという神が『なかったこと』にされる可能性もある。それでもよろしくって?」
黒髪ロングのウェーブがかった後ろ髪を手ぐしで整え、言い放つ。
アンナ・シュプレンゲル。黒赤のウェイトレス服を着る褐色肌の女性。
世界で六人いる『魔法使い』の一人に数えられ、能力概要は『時間の超越』。
――目論見は不明。
提案したのは、花魁風の髪形を作る金髪の鬼。
容姿は幼く、灰色の着物を着て、頭には金のかんざし。
ツクヨミの依り代であり、宿す者の名は明らかになっていない。
「うん。覚悟はできてるし、この体に迷惑をかけないやり方はこれしかない」
ツクヨミは頷き、質問の内容にだけ答える。
視線は前を向き、言葉には強い意思が宿っていた。
「余計なお世話かもしれないけど、聞かせて。そこまでして何を成したいの?」
協力関係にあると思われるアンナは尋ねる。
『手段』は問題にせず、気にしていたのは『目的』。
危険や無理を承知の上で挑もうとする、モチベーション。
ツクヨミの根幹を支える部分であり、全ての行動に紐づく土台。
「光があるから影がある。日があるから月がある。【火】のない世界に、私がいる価値はない。だから、世界を正す。過去に戻ってやり直す。単一世界から独立した並行世界を作ってみせる。どれだけ遡ってもいい。神として信仰されない世界であってもいい。……だけど、【火】の概念が一秒でも欠けた世界を私は認めない。何がなんでも阻止する。原因を突き止め、私の理想と心中する。そのためなら、なんだってする。解決する可能性が万に一つでもあるなら、私はリスクを考慮しない」
ツクヨミは熱のこもった考えを、事細かに述べる。
秘めた目的を明らかにし、リスクを取る理由を告げる。
手掛かりは一切なく、目的達成には困難が付き纏っている。
それでも止まらない熱量があった。押し通したい意地があった。
心は過去に向き、止まるという選択はなく、止められる理由はない。
「無粋、だったようね。でしたら、最後の質問。いつの時代をご所望?」
話は次にステップに進み、アンナは時間を指定する。
場所を指定することはできず、過去に戻れるのは同じ場所。
神社の有る無しにかかわらず、位置だけはズラすことができない。
ただ神社が無い時代まで遡れば、精神体を維持できないリスクが高まる。
――だからこそ、選んだのは。
「去年の12月25日。原因と思わしき『血の千年祭』を食い止める」




