第129話 模擬戦
東京都。千代田区。皇居外苑。皇居前広場。
数千本の黒松が等間隔に植えられ、地面は芝生。
空は雲に覆われていたが、やや明るみを見せている。
――日の出は近い。
逆算すれば、【火】の概念消失から、4時間程度が経過した。
特命担当大臣から声明が発表され、混乱は落ち着きつつあった。
【火】は失われたものと受け止め、人々は前へ向こうとしていた頃。
「「…………」」
皇居前広場で向き合うのは、男女二人。
国防を任された者と、国防の中枢を担う者。
西洋風に言えば、親衛隊と王女が対立していた。
ガチの喧嘩というわけではなく、同意のもとの決闘。
「立会人を務めさせてもらうのは、このあっし。疋田景典でごぜぇやす。武器は無し、肉体のみ、センス有り、意思能力有り。金的、目つぶしなどの急所攻撃は反則。ダウンした方が負けのシンプルなルール。勝者には何の報酬もなく、敗者には何の罰則も発生しない模擬戦。……双方、それでよろしいですかねぇ」
疋田は前提条件を告げ、公平な立場で進行する。
相対する二人の顔を見比べ、最終確認を行っている。
「問題ない」
「問題ありません」
引き戻せるターンは過ぎ、流される形で承諾する。
相手は帝だが、真剣勝負ではなく、模擬戦なのが救い。
本気の戦闘ではないのなら、いくらでもやりようはあった。
「では、用意…………始め!!」
双方合意の上で告げられたのは、試合開始の合図。
「「――――」」
芝生が揺れ動き、一心と帝は同時に移動を開始していた。
示し合わせたようにセンスは纏わず、素の戦闘力が試される。
まずはお手並み拝見といったところだろう。これで実力が分かる。
(ほどよくぶつかり、適切なタイミングで倒れれば、それで……)
移動を繰り返し、様子見が続く中、一心は考える。
相手は帝だ。間違っても怪我をさせるわけにはいかん。
真面目に戦えるわけがなく、守りの思考で取り組んでいた。
「半端に受ければ死にますよ。覚悟はいいですね?」
無数の足音と共に聞こえてきたのは、帝の声。
本気でないことを見抜き、前もって警告していた。
言葉に揺らぎはなく、嘘やハッタリのように思えない。
肉体的なレベルはこちらが上だが、技術的な部分は未知数。
問題はどこまでやるか。判断する材料は目の前に転がっていた。
帝は右腰に拳を作り、左手を前に出し、構えを維持しつつ移動する。
(あの構え……般若無道流か。見様見真似ではなく、腰に力が入り、体軸にブレがない。恐らく、数年……いや、最低でも数十年以上は鍛錬を積んでいる。肉体差があろうと関係ない。技術が洗練されていれば補える。急所攻撃は反則だが、当たりどころが悪ければ、再起不能になる可能性は十分……)
分析に頭を使い、おおよその威力を測定し、逆算する。
恐らく、センスは使わない。体術だけの力で圧倒するはず。
「――――」
気付けば帝は懐に入り込み、拳が届く間合いにいる。
振りかぶる必要はなく、拳銃なら撃鉄は起こされた状態。
あとは引き金を引く。たったそれだけで正拳突きは炸裂する。
(手加減? あり得ない。相手に失礼だとか、なりが小さいからとか、立場や肩書きは一切関係ない。身を守らなければ死ぬ。全力で応じなければ、命が危うい。それこそ最も避けるべき事態であり、俺が取るべき行動は――)
目の前の情報をもとに、思考を羅列し、最適解を絞る。
その瞬間、脳内で思い起こされたのは、地下牢での出来事。
褐色肌の少年との勝負。リーチで上回る刀が、拳に負けた光景。
様々な条件が絡んだ敗北。しかし、敗因は『油断』。敵を侮ったせい。
――だからこそ。
「――――――――」
「刹、光……ッッッ!!!!!」
放たれた帝の正拳突きに、センスを合わせる。
最善の防御手段であり、カウンターにもなり得る。
相手がセンスを纏わないなら、拳を潰す可能性も高い。
しかし、帝の心配をする余裕はなく、紫光が激しく迸った。
――それは、打撃衝突時にセンスを起こす技術。
攻守共に使え、打撃との誤差が少ないほど攻防力が増す。
早いと不発、遅いと弱体。使うのは簡単だったが、奥が深い。
誤差が限りなく0に近付くほど良しとされているが、指標があった。
・打撃との誤差1秒以上→通常防御と同等。
・打撃との誤差0.1秒以下→絲→センスの増大。
・打撃との誤差0.01秒以下→忽→センスの火花。
・打撃との誤差0.0001秒以下→厘→センスの閃光。
・打撃との誤差0.00001秒以下→雲耀→センスの稲妻。
生じるエフェクトの違いにより、判別が可能。
自己満足の領域だが、段階ごとに確かな壁がある。
雲耀に至る者は、数十万人に一人とさえ言われている。
意図して狙えるが、個人差があり、技量に差がつく部分だ。
壁を越えるごとに、意思の核心に近付き、センスが効率化する。
車で言う、燃費が良くなっていき、同じ燃料でも走行距離が変わる。
――これには、更なる先が存在していた。
世界中に存在する数ある使い手の中でも、一握り。
数百万人か、数千万に一人とされ、伝説や神話レベル。
『刹光』にだけ没頭しても、99%以上の人間が脱落する領域。
打撃との誤差0秒に発生し、奇跡や魔法と同等レベルの超常現象。
「「――――」」
阿吽。空間に亀裂が走るような、エフェクトが生じる。
奇しくも至る。引き上げられる。帝と同じ領域に辿り着く。
失敗すれば死んでいた。阿吽の拳に貫かれ、臓腑が飛び散った。
攻守は拮抗した。地鳴りと地響きを生んだが、意思の核心を掴んだ。
「ようこそ、こちら側へ。阿吽に至った感想を聞かせてもらっても?」
帝は手を止め、成長を祝福し、歓迎する。
意思能力者としての頂上。それが麓から見えた。
ここは終わりではなく始まり。新たなスタートライン。
雲間から見える朝日を見上げ、心に一点の曇りもなく言った。
「頂きが見えました。……後は山を登るまでです」




