第127話 真面目な話
三重県。伊勢市。二見町西。田園が広がる深夜の道路上。
そこには一台の乗用車が止まり、車内には人が二名と鬼が二名。
運転席に座る赤髪の青年は、前を向いて、おもむろに話しかけました。
「話は聞いてたな。ルートを設定してくれ」
『目的地を国会議事堂前に設定しました。案内を開始します』
呼びかけに応じるのは、ダッシュボード中央に備わる機械。
画面にはルートが表示され、それに従い、運転が開始されます。
どうやら、ただのカーナビではなく、AIが搭載されているようです。
手動で操作する必要はなく、ここでの会話は全て通じてるみたいでした。
今の技術なら可能。電気自動車であれば、標準装備でも不思議はありません。
「……それで、名前は?」
すると青年は、ハンドルを切りながら尋ねてきました。
帝国内では私たちの土俵でも、車内に限っては相手の土俵。
その空気を敏感に感じ取り、話を振ってくれているようでした。
素性を隠すのは失礼。誤解を招く前に全て伝えた方がいいでしょう。
「私はナナコ。こちらは葵。見てくれで分かるとは存じますが、私たちは帝国内での生息を認められていない特定外来種『鬼』。人間の血液を主食とし、忌み嫌われている存在です。危害を加えるつもりはありませんが、人間の価値基準から考えれば、『善人』ではないことを最初にお伝えしておきます」
彼らに向けて語ったのは、嘘偽りのない自己紹介。
場合によっては『降りろ』と言われておかしくない内容。
ただ、後で問題を指摘されるより、先に明かした方が傷が浅い。
この程度で切れる縁なら、早めに切れた方が双方にとって得でしょう。
――異国の人間なら尚更です。
『鬼』という存在自体を知られていない可能性が高い。
仮装と勘違いされているなら、ここで正しておくべきでした。
「知ってるよ。異国の地にはリスペクトがあるって言っただろ。『鬼』の問題も、『憲法9条改正』が進んでいる件も、『Vtuber活動』を通して、特定外来種が社会に貢献し、世間からの評判がいいことも調べがついてる。……そうだろ、Vtuber事務所775プロダクション元社長『八重ナナコ』。いや、大阪城での公演を最後に引退した伝説のVtuber――『鬼龍院みやび』と言った方が手っ取り早いか」
ヘッドライトが夜道を照らす中、青年は淡々と語りました。
それは、紛うことなき事実。詳しいどころの騒ぎじゃありません。
現地に住む帝国人ですら知り得ない情報を、ぺらぺらと話していました。
「………………」
歓迎ムードが一変。空気が重くなるのを感じます。
囮捜査に引っかかった、違法薬物の売人のような感覚。
黙秘も可能なのでしょうが、相乗りさせてもらってる立場。
「どうして、それを……」
到着まで隠し通せるとは思えず、半ば認めるように言いました。
素性を知られていたことよりも、どうやって知ったかが気になります。
「悪いが、企業秘密だ。誤解がないよう先に言っておくが、俺たちはビジネスのために近付いた。ハメるつもりはなく、予定通り『国会議事堂前』まで案内してやる。その代わりと言っては何だが、うちと業務提携をしてくれないか?」
手札が明かされることはなく、迫られるのは商談。
トントン拍子で話は進んで、完全に相手のペースでした。
狙いは分かりましたが、どうしても引っかかることがあります。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
業務提携をする上で欠かせないのは、相手の立場。
どれだけ美味しい話でも、社会的信用がなければ無意味。
手を組む相手を間違えれば、積み上げたものは一気に崩れ去る。
乗るにしても、断るにしても、必ず知る必要のある重要な情報でした。
「BMW社長リッカルド・ゼーレ。AIを搭載したカーナビのボイス変更用として、そちらのタレントの声のサンプルをいくつかいただきたい。手始めとして、限定モデルを作って、販売。売れ行き次第で現行モデルの標準装備にする。成果報酬型で、売れた台数に応じたインセンティブが発生する。細かい金額は後で擦り合わせるとして、大まかなビジネスモデルはそんな感じだが、どうだ?」
提案されたのは、端的に言えば企業との『コラボ』。
それも社会的な信用が高い、ドイツの大企業からの申し出。
チャンスをものにできれば、更なる富と名声が手に入るでしょう。
――ただ。
「有難い申し出ですが、車を購入する層と、エンタメを楽しむ層。市場が合ってないように思えますね。新規層を獲得するための『コラボ』でしょうが、互いに重なり合うものがないと売れ行きは怪しい。一部のコアなユーザーには刺さるでしょうが、限定販売をする前にひと手間加えないと、コケるでしょうね」
商談のスイッチが入り、私は本気で議論を展開しました。
得られるリターンが高い分、失敗した場合のリスクも大きい。
今までの実務経験上、ややリスクの方が上回る条件に思えました。
「慎重だな。ただまぁ、言ってることは正しい。小から大は、商売の基本。いきなり世界展開なんて馬鹿がやることだ。市場の様子を見るために、限定販売を提案したわけだしな。……で、そのひと手間ってやつはなんだ。教えてくれ」
若手社長リッカルドが食いついたのは、コラボ前の工夫。
何も考えていないわけではなく、答えることは決まっていました。
「ドイツで私の復活コンサートを行います。海外での認知度を一気に高め、市場に風穴を開けます。もちろん、失敗した場合の責任は全て私が持ち、見込み客が想定よりも少なければ、手を引いて構いません。……いかがでしょうか?」
提案したのは、Vtuberを知るきっかけ作り。
認知されるかどうかは、人気商売では最も重要。
好きか嫌いかは二の次で、知ってもらうことが一番。
そのためには、相手の土俵に踏み入る覚悟が必要でした。
「意気込みは良し。……ただ、ドイツ国内のVtuberの浸透率は低い。大型ライブが失敗すれば、会社が傾く可能性がある。責任は重大だ。それでもやるのか? 今まで積み上げたものを全て失う覚悟が本当にあるのか?」
リッカルドが念を押すのは、失敗する場合のリスク。
何も間違ったことは言っておらず、おおむね事実でしょう。
国が違うだけで、食事も文化も政治も思想も法律も何もかも違う。
国内で人気なアイドルでも、世界的に人気になるかは難易度がケタ違い。
――それでも、一つだけ共有できるものがありました。
「言語が同じなら、心は通じ合えます。市場の確立は私に任せてください」
それでひとまず、商談は終了。
次の大きな目標が決まった瞬間でした。
◇◇◇
岐阜県。養老郡。養老町。養老の滝近辺。
集まるのは異種族。神と鬼と悪魔と人間だった。
「出雲神話体系の復活。そのためのアマテラス討伐ねぇ……」
鬼の桃子は語られた内容を端的にまとめ、課題を明らかにする。
行動を共にするかの擦り合わせであり、今は最も不安定な立場にいた。
――気掛かりなのは、ナナコの行方不明。
旅をする発端となった人物が消えたことが引っかかる。
命を張ってあげるには、それなりの理由と関係性が必要だった。
「抜けたいものがいるなら構わん。必要以上に追い立てはせん」
反応したのは、神との話を取り持つ悪魔リア。
出雲神話側につき、記紀神話側とは対立する姿勢。
詳しい理由は不明だけど、当初の目的と変わっていた。
ある人物を捜したわけだけど、その人は今、目の前にいる。
「ナナコが心配なら、そっちを優先するといい。戦力は十分じゃ」
若い黒髪の青年――夜助は心情を察したのか、遠回しに帰るように告げる。
身に纏うセンスが半端じゃなく、ついていったところで足を引っ張る気がした。
(困ったなぁ。手を貸す義理はないけど、ナナコを捜す当てもない)
頭に浮かぶのは、選び難い二択。
どちらも即断できる材料が揃ってない状態。
色々と考えを巡らせる中、ふと目に入った人物がいた。
「あーしは一端、保留。あんたはどうすんの? 行く義理はないでしょ?」
話を振ったのは、似た立場にある人間。
佐々木小十郎と名乗った、帝国の特殊部隊の一員。
中部地方の国防を任されているらしく、遠出する理由はない。
「……いや、我には見届ける義務がある。少なくとも、新潟、富山、石川、福井、長野、岐阜、山梨、静岡、愛知……中部地方での活動は監視させてもらう。それ以外の土地は立場上、関与できん。例外も存在するが、言っても意味がないだろう」
意外にもというか、当然というべきか、小十郎は同行する模様。
今のところ仲間外れは一名だけ。一番中途半端な位置にいる、ただの鬼。
「あー、分かったよ! 乗りかかった船だ。あーしもついていく。……その代わり、ナナコと遭遇したら、そっちの味方につく。どんな状況だろうと、ナナコが敵対するようなら、あーしはあんたたちの敵になるから覚悟しててよね」
流されるような形で承諾し、面子が変わって新たな旅が始まる。
ひとまずの目的地は『東京』。道中で何が起こるかは正直、未知数だった。




