第126話 向かう先は東京
マカオから東京までの距離は、約3000km。
一般的なジェット旅客機の巡航速度は、約900km。
予定通りなら三時間弱で着く、快適な空の旅ってやつだ。
――だが、世界の常識は変わった。
ほんの数時間前、【火】の概念が消失し、旅客機は鉄屑と化した。
重油、軽油、灯油、天然ガス、ガソリンなどの燃料は使えなくなった。
今後は【電気】か【水素】が主流になるだろうが、時代が追いついてねぇ。
――だから、別の移動手段に頼ることにした。
「…………」
運転席に座り、ハンドルを握り、アクセルを踏み込む。
シートベルトなんて、お子ちゃま仕様の安全装置は無しだ。
法定速度は無視。スピードメーターを振り切り、我が道を進む。
広がるのは海。誰もいない深夜の海路を、黒のミニバンが独走する。
「絶景かな、絶景かな。地獄すら及ばぬ奇怪なる風情。長生きはしてみるものよ」
声をかけてきたのは、助手席に座る年老いた悪魔。
坊主頭で顔は皺くちゃ、茶色と紅色の袈裟を着ている。
羽根と尻尾は律儀に畳み、柄にもなくシートベルトを装着。
フロントガラスの先を見つめて、年甲斐もなくはしゃいでいた。
――南光坊天海。
第一級悪魔であり、元々は帝国出身の妖術師だ。
内に秘めた目的は不明。今は俺っちの支配下にある。
マカオで開かれた悪魔賭博。『冥戯黙示録』の報酬だった。
「……能力は『磁力』の操作。上手く創意工夫したもんやね」
パチンと手に持つ扇子を閉じ、反応したのは花魁風の悪魔。
後部座席で足を組み、長い銀色の髪は金のかんざしで結われる。
灰色の着物に袖を通し、景色ではなく、起きた現象に注目している。
――鬼道楓。
第一級悪魔であり、元々は帝国出身の鬼でありヤクザだ。
天海と同様、『冥戯黙示録』の報酬として獲得した戦力になる。
「それより、次の行き先はどこにするんだい。目的は『鬼の居場所を作る』のようだけど、手段が具体的じゃないよね。あのチビッ子悪魔……リア・ヒトラーを先に行かせた件も含めて、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
景色も能力にも興味なしの男は、次なる目的を気にかける。
18世紀風の黒い貴族服に袖を通し、黒髪細目で悪魔的特徴を含む。
鬼道楓の右隣に座り、ルームミラーに映る俺っちをじっと見つめていた。
――マーリンXIII世。
同じく第一級悪魔だが、分からないことの方が多い。
出身不明、背景不明、能力不明の胡散臭い三拍子が揃う。
従う条件は、先の悪魔と同じ。『冥戯黙示録』で出来た因縁だ。
実利主義なのは分かるが、懐が見えないミステリアスな野郎だった。
何を隠しているのか知らねぇが、聞かれた以上は答えるのが筋ってもんだ。
「目的地は東京。お前らには……『必要悪』ってもんを演じてもらうぜ」
俺っちは快く問いかけに応じ、キャストに主題を伝える。
これで間もなく帝国は、俺っちの舞台。ルーカス劇場と化すだろう。
◇◇◇
「ヘイ! タクシー! ……なーんて言っても、誰も来ませんよね」
伊勢方面の道路で、親指を突き立て、私は道化を演じました。
【火】の概念消失により、ガソリン車は使用不能になり、道路は静か。
共鳴草の副作用で、『方向音痴』を患い、自力で東京方面にはいけない状態。
――移動を誰かに任せようとも、状況は絶望的でした。
深夜のせいで人通りは少なく、近くには田んぼしかありません。
人がいそうな場所へ行こうとしても辿り着けず、割と詰んでいました。
「困りましたね。運よく通りすがる人がいればよいのですが」
隣に立つのは、紅白の着物を着る長い銀髪の鬼。鬼道葵。
神であるイザナミに乗っ取られた疑惑があるものの、真偽は不明。
東京方面に行きたいという目的は共通し、行動を共にすることになりました。
――正体が何にしても、困った状況なのは同じ。
運や縁を操る能力でも持ってなければ、出会うのは困難。
近くにアテもツテもなく、途方に暮れるしかないのが現状でした。
「こうなったら、野宿して共鳴草の副作用が切れるのを待つしか……」
ないものねだりをしても仕方がなく、無難な選択を口にします。
時間は浪費されるでしょうが、使える手札の中では一番マシに思えました。
「「――――」」
そこに響いたのは、クラクションでした。
目の前には黒塗りの乗用車が止まっています。
ボンネット先端には、BMWと記されたエンブレム。
――恐らく、『電気自動車』。
昨今のトレンドにありつつある、次世代の車。
運転席側の車窓が開かれ、顔を出す人がいました。
ツンツンした短い赤色の髪、瞳は黒。十代後半の青年。
白いカッターシャツを着ており、腕まくりをしていました。
「乗れよ、行きたい場所まで送ってやる」
特に事情を尋ねることなく、青年は申し出ました。
見たところ帝国人のようには見えず、西洋風の顔立ち。
帝国の人間なら分かりますが、あまりにも素性が知れない。
「ですが……」
都合より不安の方が勝ち、拒否反応が出てしまいました。
渡りに船なのは間違いありませんが、どう考えても怪しすぎます。
「帝国では、『旅は道連れ、世は情け』って言うんだろ。『郷に入っては郷に従え』ってな。異国の地に足を踏み入れた以上、ある程度のリスペクトはしてるつもりだ。もちろん、どうしても嫌なら断っても構わないが、これも何かの縁だ。俺にできる範囲のことであれば、何でもいいから手伝わせてくれ」
すると青年は、協力を申し出る理由を説明しました。
瞳にも言葉にも揺らぎがなく、善意で言っているのが伝わります。
「……」
私は隣にいる葵に目線を送り、判断を仰ぎます。
彼女は無言のまま首を縦に振り、納得している様子。
ここまで条件が揃っているなら、答えは決まっていました。
「ご迷惑でなければ、乗らせてください。お願いします」
私は頭を下げ、青年の申し出を受け入ることにしました。
すると、ガチャンと音が鳴り、彼は親指を後ろに向けています。
遠慮なく、車後部にあるドアを開き、葵と共に乗り込んでいきました。
「…………」
助手席には、猫耳をつけた茶髪のメイドが座っていました。
歓迎ムードではないようですが、乗ると決めた以上、頼るまで。
ドアを閉じ、後部座席に座り、シートベルトを締め、前を向きます。
「行き先は、どちらまで? あぁ、遠慮せずに言ってくれよ。どこでも付き合う」
タクシーの運転手のように、青年は気さくに話を振ってくれました。
胡散臭い気もしますが、何か起きたなら、その時考えればいいでしょう。
「東京都千代田区『国会議事堂前』まで。道中のトラブルは私たちが対応します」
行き先を告げると、青年がハンドルを握る車は動き出します。
何事もなければ、片道五時間。それで、目的地に辿りつけるでしょう。




