第124話 状況整理
覚醒都市バイカルヴェイ上空。数百メートル付近。
そこから落下するのは、坊ちゃん刈りをした金髪の少年。
ワイシャツ、ネクタイ、ズボン、革靴、その大部分が白で統一。
初等教育課程の制服であり、一生徒である以上の使命を抱えていた。
「――――」
目を見開き、碧眼を露わにし、曇りのない瞳で眼下を見つめる。
暗闇に広がるのは、ビル群。それを俯瞰で見つめ、戦況を分析する。
『対話』のおかげで頭はスッキリし、焦りも不安もなく、思考は駆け巡る。
「停電は直ってない。門前の結界の一部が破壊され、魔獣の死骸で埋め尽くされてる。かといって、致命的な損害はない。煉獄の門は閉じてるし、魔獣の侵入はないし、鉄塔や変圧器が壊された痕跡はない。……どうなってるんだ?」
費やした時間の中、起きたであろう出来事を羅列する。
加点要素はないものの、減点要素も特にない不気味な状況。
プラス要素とマイナス要素が絶妙なバランスで均衡を保ってる。
都市に壊滅的な被害は及ぼしてないものの、紙一重なのが伝わった。
――あと一つ。
何か決定的な事件が起きれば、どちらかに傾く。
それが、プラスなのかマイナスなのかは予測できない。
ただ、どちらにせよ、騒動が収束していないのは確かだった。
「あれは……」
そんな中、瞳に映るのは、見知った人影。
変電所近辺に突如として現れた、馴染みのある人物。
「行かないと――」
深く考えることもなく、ジーノの身体は動き出す。
簡易結界を足場にして、落下速度よりも速く、移動を始めた。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ北部。変電所内。
剥き出しの制御盤が破壊された後のことだった。
「電力は『壊す』じゃのうて、『直す』が目的……じゃと……」
説明を受けた広島は、愕然とした表情を浮かべる。
経緯は事細かに伝えており、今度こそ伝達ミスはない。
過ちを繰り返すわけにはいかず、一から十まで伝え切った。
具体的には『白龍ジーク』『元帥との交渉』『作戦変更』など。
結果として、『直す』方が正解だったことに納得してもらえたはず。
――ただ。
「は、はい。こうなったのは、わたしの責任です。ご、ごめ……」
アザミは非を認め、頭を下げて、素直に謝ろうとする。
誰がどう見ても自分が悪く、前を向くためには必要な過程だった。
「責任者が謝るな。うちはええけど、敵や交渉相手なら舐められるし、付け入る隙を与える。言うにしても、『ごめんなさい』じゃのうて、『不本意ながら』か『遺憾に思う』ぐらいに留めといた方がええよ。帝国の内閣総理大臣で居続けたいんなら尚更じゃな。あんたの発言は、個人じゃのうて、国家の威信を背負う。半端な謝罪は、法的にも外交的にも責任を認めることになりかねんからな」
それを遮るようにして、広島は鋭い口調で告げる。
彼女なりの理屈が通っていて、反論する余地が全くない。
都市の問題より、もっと先のことを考えてくれている気がした。
「ぜ、善処します……」
「お、それもアリじゃ。その調子で頼むで」
短いやり取りを重ね、広島に肩をポンと叩かれる。
力も言葉も軽かったけど、なぜか重たいように感じた。
国を背負う重大さに、ようやく気付けたからかもしれない。
「ただ、一件落着とは参りませんね。次はどうなさるおつもりですか?」
機を見計らって、話題を放り込んだのはロザリア。
何もしないわけにはいかず、軌道修正を図る必要がある。
「そう、ですね……」
すぐに判断できる状況じゃなく、頭を回す。
考えるべきことは複数あるものの、焦点を絞る。
――現状の最優先事項は『通信手段の確保』。
それさえあれば、『白龍ジーク』が解放できる可能性は高い。
『電気』と『水』が欠けても、代わりがあれば文句は出ないはず。
一見、ただの慈善活動のように見えるけど、きちんとした外交だった。
上手くいけば、賛同を得られ、『攻略』を手伝ってもらえる展開もあり得る。
――その一方で『ベズドナ救出』の優先度は低い。
戦況を見る限り、自力で解決した可能性が極めて高い。
すでに『攻略』に向かっていても、なんらおかしくない逸材。
前提に縛られる必要はなく、流れに合わせ、柔軟に動く必要がある。
「こ、この制御盤の修理にどれぐらいかかりますか?」
真っ先に目についたのは、電力の要となる装置。
『通信手段』と直結し、問題解決に最も貢献するもの。
直せる前提として、かかる時間を把握するのは必須だった。
「鉄塔や送電線より複雑ですので、最短で数日、最長なら数週間でしょうか」
修理能力を有するロザリアから告げられるのは、納期。
実際に壊れた鉄塔を直した実績があるから、信頼度が高い。
彼女にお任せすれば、納期通りに終わらせてくれるに違いない。
――ただそうなった場合、新たな問題が生まれる。
「わ、悪くはないんですが……」
「魔獣の肉を食らう必要がある、じゃな」
アザミと広島が反応し、明るみになったのは、食糧問題。
長期滞在の場合は避けられず、断食するのは現実的じゃない。
連戦に次ぐ連戦で体力の消耗が激しく、食事を断てば命が危うい。
食べれば解決するように見えるけど、事態は思ってるより複雑だった。
「懸念点は『魔獣化』を許容するか否か、ですか」
問題の本質に気付いたロザリアは、答えを口にしていた。
魔獣の肉を食らう=魔獣化の構図は揺るがず、暴走の危険が伴う。
責任ある立場の人間になるには避けたい事態。外交の不安材料になり得る。
「はい……。こ、こちらとしては、できるだけ時短したいのが理想ですが……」
議論を進めたものの、『時間』という問題が生じる。
『時短』と言ってみたものの、現実はそこまで甘くない。
『直す』以外の策はないけど、納期以上を求めるのは難しい。
三日という時間は、恐らく寝ないで作業した上での最短の日数だ。
トラブルが起きない前提でもあり、急かせば失敗するリスクも増える。
画期的なアイデアがパッと浮かぶこともなく、場には沈黙が満ちていった。
「……」
そんな中、カツンと分かりやすい足音が鳴り響く。
ヒールの尖った足底で、地面を叩いたような音だった。
「あ、あなたは……」
すぐさま振り返り、誰が来たのか確認する。
そこに立っていたのは、全く見覚えのない少女。
白を基調とした、ブラウス、スカート、革靴を装着。
毛先が平行に揃う短い銀髪が特徴で、容姿は十代ぐらい。
――ただ、纏う雰囲気で分かる。
先ほどまで戦っていた人物であり、好敵手。
名前は知らないけど、すでに縁が結ばれた存在。
「い、犬型魔獣の……」
「時短がお望みなら、死をくれてあげるわ!!!」
答えが返ってくることはなく、少女は右手を振るう。
地面が八つ裂きになっていき、見えない斬撃が生じていた。
隙を突かれた。完全に気を抜いていた。議論に集中しすぎていた。
(このままじゃ……)
刀を抜く動作すら与えられず、最悪の後手に回る。
センスの防御すらも間に合わず、斬撃は身に迫っていた。
「――――やらせないっ!!!」
割って入ったのは、見ず知らずの金髪の少年。
見えない斬撃を両手で防ぎ、新たな局面を迎えていた。




