第123話 息抜き
ナロト体内。左肺と気管を繋ぐ『肺門』と呼ばれる場所。
門と名がつくものの、開閉する要素はなく、常に開いている。
巨大な筒状になっており、薄くて丈夫な結合組織に覆われていた。
弾性繊維を多く含み、今まで通ってきた場所に比べ、やや弾みがある。
「うぉー、すごい、すごい! 飛べる!! 跳ねる!!!」
その特性を活かし、ルーチェは縦横無尽に動き回る。
壁と床を何度も蹴りつけて、バネのような跳躍を見せた。
遊びの延長線上で、特異な環境に適応しており、思考は柔軟。
このまま『ナロト攻略』に行っても、一線級の活躍をするだろう。
――ただ、欠点がないわけじゃない。
「この勢いのまま……どーん!!!!」
反発力と跳躍力を乗せ、ルーチェは頭突きをかます。
相手は筋骨隆々のタンクトップを来た男――アンドレア。
腹部に直撃していて、恐らく半端じゃない衝撃が走ったはず。
常人なら死んでいるレベル。遊びや冗談では済まないイタズラだ。
「悪ふざけはそれぐらいにしろ。俺はいいが、他人にやれば嫌われるぞ」
ただ、アンドレアは持ち前の頑強さでノーダメージ。
運がいいのか、相手を選んでやったのかは、分からない。
どちらにしても、ルーチェの情操教育はまだまだ発展途上だ。
ようは、善悪の境界が曖昧。それが彼女が抱えている唯一の欠点。
今は周りの大人が補助できているが、この先どうなるかは不明だった。
「むー、ルーチェそんなに馬鹿じゃないもん。ちゃんと相手は選んでるよ」
唇をやや尖らせ、不貞腐れたように当の本人は語る。
後付けの言い訳のような印象はなく、反応からして事実。
(僕が思っていたよりも、まともなのか……?)
口には出さなかったものの、希望的観測をしてしまう。
思い返せば、峠道の事故でも、彼女なりの筋は通っていた。
もちろん断定はできないが、杞憂に終わる可能性も見えてきた。
「だったら、この場にいる誰なら良くて、誰なら駄目だ。言ってみろ」
するとアンドレアは、続けざまに質問をぶつける。
ルーチェの人格を掘り下げるには、うってつけだった。
「えーっと……」
彼女は後ろを振り返り、この場の全員を見つめる。
アンドレア以外の面々はベズドナ、ボルド、憲兵の三名。
憲兵は気絶しており、ボルドの右肩に担がれている状態だった。
――まともなら憲兵は除外する。
残りは、ルーチェのイタズラに耐え得るだろう。
情緒がきちんと育っていれば分かる話だが、果たして。
「この場に駄目な人はいないよ。……寝たフリをする人も含めてね」
ルーチェは視線を送り、神妙な面持ちで言い放つ。
自ずと、この場にいた全員の視線が一点に集まっていく。
「……」
矢面に上がるのは、ボルドに担がれた白軍の憲兵。
薄茶色の髪で、サイドが刈り上げられ、トップが残る。
いわゆるミリタリーカットで、軍の規範に則る髪型だった。
個性はなく、峠道の接敵でも、能力は高いように見えなかった。
――彼は都合のいい人質要因だ。
万が一、白軍の上澄みと接敵した場合の交渉材料。
それ以外は想定しておらず、脅威になるとは考えてもなかった。
「やるねぇ、嬢ちゃん。他の逆賊とは違って、人を見る目はあるようだ」
憲兵はパチリと目を開き、青い瞳を露わにし、言い放つ。
こちらが有利なのは変わらないが、それを感じさせない口振り。
「こいつは失礼した。白軍の面々を隅から隅まで把握できていなくてね。僕は革命軍所属のベズドナ、この子はルーチェ、タンクトップの方はアンドレア、そこの辮髪のモンゴル人はボルドだ。……君の名前を聞かせてもらえるかな?」
脅威として認定し、こちらの面々を紹介し、対等に接する。
ボルドは気を遣ったのか、憲兵を肩から下ろし、返事を待った。
拘束具は特になく、両足を地面につき、人差し指を向け、口を開く。
「俺はアダム・クズネツォフ。階級は軍曹。父親は白軍におけるトップオブトップ、ドミトリー元帥閣下殿だ。大人しくお縄につき、出世街道の踏み台になるんなら、傷めつけはしないが、どうする……罪人共」
馬鹿なのか利口なのか分からない立ち回りを見せ、アダムは告げる。
父親の開示。この一点さえ除けば、疑う余地はなかったが雲行きは怪しい。
「お縄についても構わないが、煉獄の門の監督を任されたのは君だよね。僕らを捕まえたところで、お先は真っ暗。『脱獄された』という全体未聞の失態は知れ渡り、元帥の息子でも庇いきれない不祥事となるだろう。降格どころか、『煉獄行き』すらあり得る。キャリアを棒に振り、反面教師として転落人生を後世まで語り継がれるはずだ。果たして君は、それに耐え得る器なのかな……アダム軍曹」
ベズドナは最悪の想定を話題に出し、取り入る。
どちらに転んでも構わないが、話術は知れるだろう。
乗り切れないのなら、その程度の軍人だったという話だ。
「………………」
アダムからの返事はない。半歩下がって、うろたえる。
冷や汗を額に浮かべており、ようやく事態を察したらしい。
意地悪く更に追い込んでやろうかと思ったが、彼は先に発言した。
「どうすればいい。どうすれば、俺の罪は免除される!」
両膝を崩し、両手を地面に叩きつけ、アダムは逆賊に指南を求める。
シリアスな場面だったが、弾性繊維のせいでピョンピョンと跳ねている。
それがあまりに滑稽で、おかしな状況も相まって、不思議と笑みがこぼれる。
「……くふっ、あははははははっ、あの人、頭おかしい!」
無邪気なルーチェは指を差し、子供らしい反応を見せていた。
他の二人は笑いを堪えるのに必死な様子で、場の空気は緩んでいる。
(いけないいけない。ルーチェはいいが、僕が茶化すのは失礼だね)
おかげで頭が冷え、向き合うべき現実に目を向ける。
大人だからこそ、子供のノリに付き合うわけにはいかない。
ここは話を回そう。冷静に、徹底的に、先を見据えた布石を打つ。
「失態を上回る成果。『ナロト攻略』を持ち帰れば、出世街道間違いなしだよ」
相手の言葉を借り、懐に付け入る。
見え透いた手だが、効果は十分だろう。
「やらせてくれ! 俺に出来ることなら何でもやってやる!!」
軍曹は餌に食いつき、攻略組の仲間が増える。
まるで想定外の事態だったが、悪くはない展開だった。




