第122話 終息
「せーのっ!!」
覚醒都市北部に響き渡るのは、リーチェの声だった。
開いた『煉獄の門』を小さな両手で押し、周囲に合図を送る。
「「「――――っ!!」」」
従った面子はエミリア、ターニャ、オレグの三名。
二対二に分かれて、左側が余所者。右側が白軍の配置。
ベクターは先の戦闘で気絶しており、隅の方で倒れていた。
魔獣は一掃され、死骸で溢れ返る中、『煉獄の門』は動き始める。
ズリズリと地面をこすりながら、緩やかに、でも確実に押されていく。
――そして。
「「「「――――――」」」」
ズシンと地響きのような音と共に、門は閉じられた。
アクシデントはあったものの、最小限の被害で抑えた形。
あの規模感を考えれば、気絶者一名で済んだのは僥倖だった。
一件落着。そんな和やかなムードが、殺伐とした門前に流れ込む。
「どうにかなったようですね、リーチェ様」
すると、隣で門を押していたエミリアは不意に声をかけてくる。
言ってることは間違ってない。気持ちは分かるし、否定する気もない。
――だけど。
「まだ終わってない。あの一匹をどうにかするまでは」
リーチェは視線を上げ、都市の天井をじっと見つめる。
そこには、大きな穴。三重の結界が破られた痕跡が残っていた。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ南部。大図書館。叡智の間。
そこで行われるのは、『神の両手』による能力者探知。
影響範囲は覚醒都市だけではなく、全世界へと及んでいる。
すでに依頼は達成済みであり、後は侵入者を見送るだけだった。
「……これで御役御免ってわけだが、この先はどうするつもりだ?」
足早に背中を向ける蜥蜴型の魔獣に、ジーナは声をかける。
目的は『能力者との接触』だろうが、道中が大人しい保証はない。
都市に被害をもたらす可能性が極めて高く、事情を探っておきたかった。
「お得意の装置で、私の心を読み取って見たらどうだ?」
振り返る魔獣が言い放つのは、ある種の正論。
『神の両手』を使えば、他人の心の中は覗き放題。
距離に制限はなく、痕跡を残すこともなく、傍受できる。
今まで足がついたことはなく、現代最強のハッキング道具だ。
もちろん使い手込みのセット売りになるが、引く手あまただろう。
各国政府や諜報機関にとっては、垂涎の逸品。市場価値は極めて高い。
――ただし、例外も存在している。
「覗かれたいなら精神防御を解け。ガッツリ守っといて、ふざけたこと抜かすな」
意思の力には限界がある。相手が格上なら通用しない。
厳密に言えば、敵の内側。潜在センス量が高すぎると覗けない。
・顕在センス量10000(ジーナ)<潜在センス量50000(仮想敵)✕
・顕在センス量10000(ジーナ)>潜在センス量5000(仮想敵)〇
あくまで数値は例だが、このような図式が成り立つ。
どれだけ鋭い槍でも、堅牢な城壁を貫けないのと同じだ。
意思能力者の良し悪しは割と、センスの絶対量の高さにある。
どれだけ優れた意思能力を覚えても、決まらなければ意味がない。
現状、結果でしか推し量れないが、奴に通用しない理由は明白だった。
「冗談が過ぎたようだな。無礼の詫びとして、知りたいことを教えてやろう」
そこで蜥蜴型の魔獣は笑みを浮かべ、ご機嫌そうに語る。
条件がないなら、ありがたい。信じるか信じないかは二の次だ。
場合によっては戦闘もあり得るが、言われてから考えればいいだろう。
「……」
念のため、隣に目配せし、意図を察したドミトリーは頷く。
都市に悪影響を及ぼすつもりなら即開戦。議論する余地はない。
元帥ともあろう御方が分からないわけがなく、認識は共通していた。
どちらつかずのまま時間は流れ、蜥蜴型の魔獣は自ずと答えを口にする。
「ナロトを攻略する。覚醒都市には良くも悪くも一切関与しない」
それは、都市側の目線からすれば安心できる回答。
だがどうも、不穏な言葉のような気がしてならなかった。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ西部。病棟地下四階。研究室。
暗がりの室内は、刃で切り刻まれたような傷が複数残っていた。
「舐めてんすか? 意思能力なしで、うちを攻略できるとでも?」
呆れたような声音で語るのは、ソーニャに宿るメリッサ。
幼い顔つきとは不釣り合いな、狂気じみた表情を作っている。
視線の先にいるのは、赤髪ツインテールで、メイド服を着た女性。
「…………」
セレーナは声を発することなく、鋭い視線を送る。
自慢のメイド服は、先の戦闘によって切り刻まれていた。
辛うじて身には届いてないものの、布面積の広さが仇となった。
加えて、客人を守ることに意識が割かれたのも、原因の一つと言える。
「都合が悪くなれば、だんまりっすか。だったら、当ててあげるっすよ。意思能力を使わない理由。いや、使えないと言った方が正しいかもしれないっすね」
知ったような口を叩くメリッサは、考察を始めていた。
真実を知っている可能性もあれば、ハッタリの可能性もある。
どちらにせよ、頭を冷やすいい機会。ここは聞きに回った方が利口。
「……」
だんまりを決め込み、セレーナは素直に耳を傾ける。
背後にいる客人に意識を割きつつ、一切気は抜かなかった。
「親の教育方針。時期が来るまで覚えるなと言われている。恐らく、自力と地頭を向上させるため。能力頼りの戦闘スタイルが身につけば、どうしてもパワープレイになって、雑になりがちっすからね。うちがその典型ってやつっす」
メリッサが口にしたのは、仮説。根拠のない予想。
自虐交じりの言葉を添え、和やかな空気を作ろうとしていた。
「論点がズレてる。自分語りじゃなくて、あたしの話をしたら?」
答えを教えずに、冷ややかな目線を送り、セレーナは応じる。
話の是非に大した意味はなく、どちらかというと時間稼ぎが本題。
劣勢であることは事実だから、この間に策を考えるのが建設的だった。
「武器や銃器に頼っていたのが、良い証拠。意思能力が使えない分、他で補おうとした。ついでに言うと、『魔術』もそうっすよね。能力を開発する必要はなく、センスを出力するだけで、外部に保存された異能を扱うことができる」
指摘してくるのは、今までの戦闘スタイルだった。
少なくとも、『超武器屋』での戦いは覚えているらしい。
マカオで合流したメリッサとは、全く別人ってわけでもない。
――似て非なる者。
同じ部分はあるけど、違う部分も存在する。
恐らく、ターニングポイントがあって分岐した類。
彼女の異能体質を考えれば、なんら不思議じゃなかった。
「だとしたら、なに? 合っていたところでどうなるってわけ?」
半ば事実を認めるようにして、逆切れ気味に答える。
この問答に価値はないけど、そろそろ正体が掴めそうだった。
「控えめに言って最高っすね。うちを真の意味で倒せるのは、あんたしかいないっす。願う事ならこの先もずっと、意思能力を覚えることなく、自力と地頭を磨き続け、素の実力だけで拮抗できるほど成長して欲しいっす」
メリッサは背を向けて、つらつらと持論を述べる。
そこに敵意も悪意も害意もなく、戦う気は一切感じない。
センスは微塵も発していないものの、言動だけで十分伝わった。
「この期に及んで逃げるつもり? 決着がまだついてないんだけど」
「逃げるんじゃなく、見逃してあげるんすよ。今はまだ、うちの方が格上っす」
短い質疑応答の中で、メリッサは端的に心情を告げる。
現状の最優先は『客人の命』。覚醒都市を守ることじゃない。
無理に追う必要はなく、認めるのは癪だけど、実力で劣るのは確か。
「首を洗って待ってなさい。超絶対、いつかあたしは……あんたを超える」
セレーナは去り際の好敵手に啖呵を切り、研究室での戦闘は終わった。




