第121話 セカンドプラン
独創世界『街路王』。ジャングル内にある村落の橋上。
そこで行われるのは、タイマン。条件付きの一対一の勝負。
相手は黒い蜥蜴型の魔獣。アルファと名乗る自分の分身だった。
「「――――」」
拳と拳をぶつけ合い、迸るセンスが暗闇を照らす。
いまだ勝敗はついていないものの、決着の時は近かった。
ベクター
体力『□□』
必殺『■■■■■■■■■■』MAX
アルファ
体力『□□』
必殺『■■■■■■■■■■』MAX
相手の体力をゼロにする。それが唯一のルール。
敵にダメージを与えれば、互いの必殺ゲージは上昇。
ゲージがMAXなら、体術や能力の限界突破が可能になる。
奇しくも状況は同じ。体力は五分、必殺は互いに溜まっている。
「…………」
ベクターに宿るダンテは、後方に距離を取る。
この肉体に秘められた奥の手は、遠距離タイプだ。
宿主の闘い方にこだわるのなら、最善の選択と言えた。
「……定石通りだな。つまらん戦闘スタイルだ。宿主のやり方を尊重し、あくまでエゴは抑える。それで勝ってどうする。この戦闘には何の意味がある。堅実で守りに入ったやり方で、お前は今まで何を勝ち取ることができた」
その行動に対し、アルファは批難を浴びせてくる。
魔獣にしては表情豊かで、怒りを滲ませているのが伝わる。
本心は不明。そもそも、奴が存在している理由も目的も分からない。
――ただ、聞かれた以上は答えるのが礼儀。
「組織と神曲。欲しかったものは全て……この手の中にある」
端的な回答を添え、両手を組み、指を絡め、握り込む。
言われたところで意見を曲げる必要も、動じる必要もない。
さらには詠唱の必要もなく、全ての動作に意味をもたせていた。
「ならば、全力で打ち砕いてやろう。理想と信念、拠り所とするもの全てを」
アルファは腰を落とし、両足にセンスを集中させている。
能力ではなく、体術。人間ではなく、魔獣。味方ではなく、敵。
同じ魂を有するが、全て真逆。おかげで生まれた経緯に察しがついた。
(リーチェ……いや、反転の魔眼の副産物か。因果なものだな)
相手の理解が進んだせいで、負けるわけにはいかなくなった。
野放しにすれば、世界が滅びる。こちらとは相反する信念を持つ。
タイマンに勝つ、それ以上に、超常現象を未然に対策する責務がある。
(ベクター・フォン・アーサーとして……そして、ダンテ・アリギエーリとして、お前の存在は断じて許容できない。人間界の平穏を守り、均衡を保つためにも、何としてでも摘み取ってやる。例えここで、刺し違えるのだとしても)
覚悟を決め、眦を決し、握り込んだ両拳を対象に向け、狙い定める。
言うべきことは一つ。取るべき行動は一つ。語句は自然と浮かんでいた。
「涅槃……ッ!!!!」
両拳が放たれたのは、赤いセンスの奔流。電磁を帯びた竜巻。
勝利の期待を込められた必殺は、アルファが放つ蹴りと衝突した。
◇◇◇
元帥が現場に出向く。これは何年振りのことなんだろうな。
記憶の片隅にもないぐらい前。少なくとも、半世紀以上は昔だ。
まぁ、作戦の重要性と、都市の影響度を考えれば、無理もない話か。
そもそもここに出入りできるのは、ロマノフ家と大将以上の役職のみだ。
「電力が復旧しない場合のセカンドプラン。元帥の名は伊達じゃないな」
暗闇に満ちた空間の中で、ジーナは敬語を用いずに話しかける。
この場では二人きり。軍の堅苦しい慣習に従ってやる必要はなかった。
「前置きも世辞も結構。それよりも力を貸してもらえるかね……プリンセス」
ドミトリーは雑談に興じることはなく、目的に忠実だった。
差し迫った都市の状況を考えれば無理もない。おふざけは不要だな。
「はいはい。言われなくとも、やってやりますよっと」
ジーナは両手を前に突き出し、両腕を型取る手甲に納める。
素材は黄金。亡命時に持ち出していた大量の金塊を加工したもの。
都市南部の大図書館。その最奥に保管され、厳重な警備体制で守られた。
――重要度は『白龍ジーク』と同等。
インフラには直結しないものの、都市の発展に大きく貢献した。
余所者に悪用されたら困る代物。だから、これまで存在は隠していた。
目玉は、センスの伝導率の高さ。ジーナの能力を大幅に強化するための装具。
「目覚めろ、『神の両手』。そして、俺に力を貸せ」
詠唱と共に、黄金の両手は起動し、意思の光が辺りを照らす。
そこは、円形状の白い空間。中心に向かう通路と机だけが備わる。
机の上には『神の両手』が置かれ、他には何もないシンプルな作りだ。
出入りするための丸めの黒扉が後ろにあるが、無駄な要素は一切なかった。
「…………」
感覚が研ぎ澄まされていき、都市にいる全員の位置が頭に入る。
まず試みたのは現状の把握。敵と味方を判別して、位置を特定する。
ある程度の心を読み取ることができ、意思があるなら、目論見は筒抜け。
これだけでも十分な性能を誇るが、本番と比べるなら、準備運動に過ぎない。
「何か分かったかね?」
隣に立つ、薄茶髪をミリタリーカットした好青年は尋ねる。
口調や物腰は年老いていたが、見た目は若々しさを保っていた。
「今、始めたばっかだ。果報は寝て待てって言うだろ。そう焦らせるなって……」
意識を集中させようとした時、強い気配が背後に生じる。
強化された感覚じゃなくとも、分かる。とんでもない化け物。
心を読み取る隙はなく、判断する余地がないまま、それは起きた。
「お邪魔する。そちらの女が都市の脳を司る使い手で間違いないか?」
黒扉を突き破り、現れたのは、黒い蜥蜴型の魔獣。
二足歩行をしており、人のような確かな理性があった。
奴の口振りを逆算するなら、嘘をつくのは現実的じゃない。
ドミトリーに無言の圧を飛ばし、ごくりと唾を飲み、口を開く。
「だから、なんだ。お前は何しにここに来た」
背中には嫌な汗がダラダラと流れ、場は緊張感に満ちていく。
一歩間違えれば、修羅場。それは誰が見ても明らかな状況だった。
だからといって下手に出るわけにもいかず、毅然とした態度で接した。
――問題は、この後。
蜥蜴野郎の目的次第で、展開は大きく変わる。
早まって戦うより、聞き手に回る方が利口だった。
「ある能力者を捜して欲しい。……もちろん、逆らうのであれば死んでもらう」
告げられたのは、単純明快な目的。
お決まりの定番な脅し文句もセットだった。




