第119話 覚醒
白い結界に遮られ、眼前で燃え盛るのは紫炎。
三つ頭の犬型魔獣。その一つ頭が有している能力。
ようは【火】であり、わたしの【風】とは相性が最悪。
――でも、深く考えないようにした。
意思能力戦では、展開を予想するのは困難。
相手の能力が分からない状態で戦うのが、普通。
初見で対応できず、一方的に殺される可能性もある。
だけど、そうはなってない。生きてるし、能力は割れた。
【火】が来ると分かるだけマシ。能力だけで勝敗は決まらない。
色々と頭を悩ませたけど、マインドのセットアップは完了している。
「準備はよろしいですか?」
「ええ、構いません。……始めてください」
女教師の問いかけに応じ、困難に立ち向かう覚悟を示す。
長々と戦うつもりはなく、【火】への対処法は考えついていた。
『――――――――』
合図と共に結界が解かれ、襲い来るのは紫炎の息。
何もしなければ、身は焦がれ、致命傷を負ってしまう。
真っ向から【風】で打ち合えば、【火】の勢いを強めるだけ。
――だから。
「北辰流――【風船葛】」
刀を上段、横一文字に構え、 円を描くように振るう。
優しい風が巻き起こり、数ある型の中でも最も威力がない。
【火】に対抗するには弱く、このままでは押し負ける状況だった。
それを予想できないわけがなく、不敵な笑みを浮かべて、こう続けた。
「凩纏い」
言葉と意思が反応し、体表面には優しい風が集う。
肉体とセンスの上に纏われる、第三の衣と化していた。
その風は、【火】を強めるものでも、飲まれるものでもない。
――身を守るもの。
殺傷能力がなかったからこそ、纏えた。
型と異能と言葉のイメージが合うから実現した。
「覚悟してください。こうなった以上、前ほど優しくはありませんよ」
風向きを操り、【火】を左右に退け、わたしは言い放つ。
反撃開始。その最初の一歩としては、悪くはない出だしだった。
◇◇◇
意識は朦朧とし、足はふらついて、センスの限界が近い。
敵の能力は物理攻撃を跳ね返す『反射装甲』で、相性が悪い。
打つ手は限られ、真正面からの突破は厳しく、追い込まれた状況。
「息巻くのは構わんが、身体はボロボロ、センス切れ寸前で何ができる」
軍人は、さらに不利な情報を付け足し、問い詰める。
能力の特性を考えれば、攻める必要がなく、当然の対応。
哀れみの目線を向けながらも、次の一手を心待ちにしとった。
――答えるべきは言葉じゃない。
下手に返事するのは敵に失礼。この場に相応しくない。
口には出さんし、態度にも出さんが、相手は強者を求めとる。
拳を交えて分かった。センスを通じて伝わった。目を見て理解した。
――同じ人種。
戦闘を好み、高みを目指し、成長を続ける。
果ても終わりもなく、命が続く限り、歩みを止めん。
相手は強いに越したことはなく、余所者のうちも例外じゃない。
――その期待に応える術をうちは知っていた。
「羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」
唱えるのは仏教由来の言葉。般若心経の一説。
悟りに至るためには、歩み続ける必要があると説く。
敵と重なる。状況と重なる。言葉と意思が苦境に噛み合う。
振り絞った最後のセンスは、目に見えた物質と化し、顔を覆った。
「――無明顕相【破戒ノ面】」
白い顔に、二本の角を生やした、険しい表情をした仮面。
般若を身に纏い、空になったはずのセンスは息を吹き返した。
◇◇◇
流れが変わった。風向きが変わった。雰囲気が変わった。
言葉遣いでも、センスでもなく、相手が纏っている技でもない。
――顔つきが違う。
自信に満ち溢れ、戦闘に対して一切の迷いがない。
折れかけていた心は立ち直り、次なるステップへ進んだ。
(さすがっすね、アザミ。……ただ、【火】を攻略して勝てるほど、うちは甘くないないっすよ)
犬型の魔獣を操るメリッサは、心の中から語りかける。
三分という時間を有効活用し、敵として立ち塞がっていた。
真の目的を内に秘め、紫炎を退けるアザミに対し、牙を向ける。
『――――ッッッ!!!!』
獣らしい声を上げ、口を大きく開き、噛みつく。
直線的で、直情的。知性を感じない本能めいた戦闘法。
三つある頭の内の二つは眠り状態。使える頭はこの一つのみ。
ノッているアザミに対しては悪手。ここで負ける可能性は十分ある。
――だからこそ、狙い目。
実力に過信し、敵を侮れば、隙が生まれる。
フェイントを入れれば、勝てる見込みはあった。
「北辰流――」
狙い通りアザミは跳躍し、空中で刀を上段に構える。
隙だらけで、狙い放題。舐めているとしか言えない構図。
(ここでくたばるなら、それまで……っすね)
脳内で青写真を描いて、メリッサは待ち詫びる。
フェイントを入れ、斬撃を避け、噛みつけば終わり。
失望に近いような感情を抱いていると、その時は訪れた。
「――【風蘭】」
風に乗り、グンと勢いを増したアザミは告げる。
太刀筋は見えず、フェイントを入れる余地もない一撃。
(間に、あわ――――っっ)
斬れたと感じる暇もなく、メリッサは完膚なきまでに敗北していた。
◇◇◇
成った。そう感じざるを得ない変化が見えた。
敵は般若の面を被り、センスの絶対量が向上した。
枯れ果てたはずの大地に、温泉が湧き出たような状態。
我が意思能力『死の鎧』をもってしても、警戒に値する技。
身に触れてきた敵の物理攻撃を反射できるが、限界が存在する。
――センスが上の相手には通用しない。
身体の調子や、精神の状態。顕在量と潜在量のバランス。
それらで多少の揺らぎがあるが、先ほどの相手なら問題ない。
過去最低のコンディションで、センスが半分以下でも対応できた。
――だが、今の相手の場合はどうか。
センスは目に見えて向上し、『死の鎧』を上回る可能性がある。
能力の詳細を抜きにしても、負けられるポテンシャルを秘めていた。
「劇的に変わったと見える。まるで別人のようだ。白軍においても、上澄みの戦闘力だろう。兵卒レベルでは相手にならん。少尉や中尉レベルでも手に余る。……だが、目の前にいるのは、将校。『コサック部隊』の指揮官。セルゲイ大尉である。体内探索と、魔獣攻略で培われた我が鎧。破れるものなら、破ってみよ!!!」
好敵手と認め、名乗りを上げ、真正面から待ち構える。
この戦闘スタイルで挑んだ以上、貫くのが礼儀というもの。
やり方を変え、攻めるような展開は興醒めもいいところだった。
「…………」
対する相手は、言葉を発することなく、般若になり切る。
自然体で、構えはなく、センスは驚くほど揺らぎが見えない。
恐らく、攻防力移動におけるムラ。前動作を感知するのは不可能。
「――――――――」
そう考えていた瞬間には、敵は視界から消えていた。
気配は消え、出現する位置を予想することはできなかった。
(有言実行と、行かせてもらおう……っ!!!)
ただ、目で追う必要も、迎撃する必要も存在しない。
鎧で防御する。センスで上回り、反射するだけで勝てる。
敵の攻勢に一切怯みを見せることなく、万全の体勢で臨んだ。
――そして。
「「…………………」」
敵は右拳を突き出した状態で、背後に立っていた。
前動作にしては不可思議で、殴る気がないように見える。
投了する合図としては不自然で、どちらかと言えばこの動作は。
「―――――っっっ!!?」
拳を振り抜いた後。そう気付いた瞬間には、意識は失われていた。




