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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第116話 真の幸福

挿絵(By みてみん)





 上には上がいる。それが世の常。人として生まれた定め。


 そこに年齢、性別、体格、才能、努力、意思能力が乗っかる。


 同じ条件で生きとる人間はおらん。一卵性の双子でも人生が違う。


 それなのに、人は比べたがる。自分と他人を同じ土俵に引きずり込む。


 勉強、容姿、スポーツ、仕事、年収、パートナーの有無、フォロワーの数。


 競争社会の中で生き残ったものを、価値ある存在として認め、格差が生まれる。


 ――ぜーんぶ、くだらん。


 どいつこいつも、向き合うべきものを分かっとらん。


 他人より上とか下で優越感に浸るのは、偽りの幸福じゃ。


 社会が機能するおかげで成り立つだけ。終末世界では無意味。


 有名だろうが無名だろうが、等しく命は尽き、価値は持ち越せん。


 であれば、真の幸福とは何か。格差や優劣の外側にあるものとは何か。


 万人に共通し、押し付けがましくなく、平等に幸福を得る方法が存在する。


 ――やりたいと思ったことをやる。


 登りたい山を決め、装備を整え、仲間を集い、踏破する。


 その上で格差に挑んでいくのは結構。優劣に抗うのも美しい。


 根幹として、自分で物事を判断し、責任を持ち、主体的に生きる。

 

 それさえ満たせたのなら、何者にでもなれるし、どこにだって行ける。


 プロもアマも関係のうて、挑戦したことに価値がある。結果はオマケじゃ。


 用意された世間の価値に合わせるのではなく、自分の人生を歩むのが真の幸福。


 ――うちの場合……毛利広島には『やりたいこと』がある。


「………………」


 血で滲む口元を手の甲で拭い、立ちはだかる相手を見つめる。


 年齢は不明。容姿は三十代。性別は男。体格は屈強。戦闘力は上。


 総合的に見て、うちが劣る。強さを物差しにすれば、全てが上位互換。


 さらには、『魔獣化』という切り札も残し、勝つのは絶望的な状況じゃった。


「解せんな。実力差は明白。強さの限界が見えた。それなのに、なぜ立ち向かう」


 名も知らない軍人は、怪訝そうな表情で問いかける。


 上から目線というより、純粋な疑問という感じじゃった。


 実際、うちが相手と同じ立場であれば、同じことを思うはず。


 ――歩兵が戦車に挑む。


 それぐらいのマッチアップで、疑問を抱くのも当然。


 『闘う理由』がないなら、ただの死にたがりか、狂人じゃ。


 恐らく、答える内容によって、手段を変えるつもりじゃろうな。


 説得が通じる人間かどうか。それを見定めるための質問とも言える。


「あぁ、そんなの決まっとる……」


 うちは赤いセンスを身に纏い、敵意剥き出しで話に付き合う。


 生まれた意味であり、結果が伴わなくとも投げ出すつもりはない。


 誰かが決めたんじゃなく、自分が決めたこと。意地は通さにゃいけん。


 いちいち口に出すようなことでもないが、聞かれた以上は答えるのが礼儀。


 右手の拳を腰の位置に構え、左手を前にし、般若無道流の使い手として告げた。


「世界最強の男に勝つ。それがうちの『やりたいこと』だからじゃ……っ!!!」


 ◇◇◇


 大穴の底から響き渡ったのは、広島の声。主義主張。


 全てを聞き取れたわけじゃなかったけど、意図は伝わった。

 

(手出しは無用……ですね。健闘を祈ります)


 アザミは視線を切り、自分が向き合うべき対戦相手に目を向ける。


 三つ頭が特徴の犬型の魔獣。モデルとなるのは恐らく、『ケルベロス』。


 頭ごとに異能力を有し、交代制勤務のように二つ頭が起き、一つ頭が眠る。


 ――相手の特徴と一致している。

 

 二つの頭が攻撃に徹し、一つの頭が沈黙を保つ。


 能力は未知数だったけど、神話通りなら弱点が存在する。

 

(音楽で眠らせる。倒すんじゃなく、無力化が目的ならそれで……)


 標的に近付きながら、ギリギリまで考える。


 戦略と戦術のバランスを考え、最適解を模索する。


 今の立場としては、いちプレイヤーであり、コマンダー。


 エゴを出し過ぎても駄目だし、控え過ぎても今後に差し支える。


・個人としては、自分の意思能力で勝つのが理想。


・チームとしては、勝つ手段にこだわらないのが理想。


 今なら変えられる。能力開発を先送りにして、無力化できる。


 だけど、成長が遅れる。後々のことを考えれば、早めに覚えたい。


 『熟練度』の都合上、意思能力は使い込んだ方が威力も精度も上がる。


 ただ、倒せる保証はなく、神話通りの弱点を突いた方が安牌ではあった。


「……………」


 二つの理想に翻弄されていると、気付けば前線に辿り着く。


 悠長に考えられる時間はなく、選ばなければいけない時が来た。


「場はあたためておきましたよ。いつでも合わせられます」


 自身の鞭に縛られる女教師は、背中を向けたまま言い放つ。


 高速で結界を展開し、犬型の魔獣の攻撃を完全にいなしていた。


 防御型の意思能力。両腕を縛ることで、発生速度と精度を向上させた。


 それも、最小効率で最大限の効果を生むように、結界の出力は抑えられる。


 ただ、どれだけ維持できるのかは不明。やるなら早いに越したことはなかった。


(我儘かもしれない。自己中心的かもしれない。それでも、わたしは……)


 やりたいことは変わらない。心が赴く方向は決まってる。


 誰かに批難されても、絶対に曲げるべきじゃない信念がある。


 広島がそうだったように、自分だけの人生を歩まないといけない。


 だけど、今のままだと届かない。そもそも、前例が存在しない肩書き。


 だからこそ、願う。だからこそ、追い求める。だからこそ、覇の道を進む。


(世界を統べる王になる。異種族の善悪を見極める天秤になる。……そのためには、遠慮はいらない。成長の邪魔になる。出世の障害になる。意地を通すなら今しかない。不測の事態を招いたなら、その時に考えればいい。だから!!!)


 眦を決し、理想を掲げ、覚悟を決める。


 その勢いを乗せ、虚空に左手を掲げ、告げる。


「――シソ科ラヴァンドラ属。直立する低木状の植物。下部は木質化し、上部に細長い花穂をつける。花弁は紫色。茎は灰緑色。根本は灰褐色。長さは60cm。数は二本。発芽より三年経った成熟期。出現位置は、二つ頭の口内」


 アザミが口にするのは、真の意味での完全詠唱。


 構成する要素を羅列し、イメージ力を高め、物質化する。


 芸術系が得意とする芸当であり、チームとしてはワンマンプレイ。


 ――それでも。


「花鳥風月――季語【薫衣クンイ草】」


 名前の縛りには抗えない。生まれた時点で可動域は決まっている。


 アザミ。植物が由来となる名を冠するおかげで、新たな道が切り拓かれた。


『『――――ッッッ?』』


 薫衣クンイ草――別名ラベンダーが、犬型魔獣の二つ頭の口内に出現。


 否応なくゴクリと飲み込んで、その巨大な体内に流し込まれていく。


 無数に咲き乱れる、なんて効率の悪いことはせず、女教師を参考にした。


 あとは最後のピースを埋めるだけ。言わずに残しておいた説明を付け加える。


「効能は鎮静作用。血圧を下げ、心拍を鎮める。……お眠りなさい、犬型の魔獣」


 神話通りじゃなく、具体的な要素を抽出して、再解釈。


 本質は『音楽』や『歌』じゃなく、『睡眠』にあると読んだ。


『『……………………』』


 狙い通り、策がハマる。起きていた二つ頭は眠りにつく。


 無防備な隙を晒して、身に纏っていた紫色のセンスは絶たれた。


「北辰流――」


 持っていた刀を振り上げる。己が流派を誇らしげに語る。


 打つ技は決まってる。最も得意とし、『熟練度』が高いもの。


 【風】の異能と相性がよく、意思の力とも相乗効果が望める必殺。


「――――――――――――――【風信子ヒヤシンス】」


 刃が袈裟懸けに振るわれ、生じるのは、風の斬撃。


 場を整え、間を取り、最大出力の一撃が眠る魔獣に放たれた。

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