第115話 外と内
「グラーグの鉄鎖」
自らの鞭で両手を縛る。身体の自由を己で奪う。
ただでさえ劣勢だった攻防に、致命的な隙を晒した。
見る人によっては、自殺行為のようにも見えるでしょう。
『――――』
それを見逃す相手ではなく、犬型魔獣の牙が迫り来る。
頭は三つあり、その内の二つの頭による容赦ない噛みつき。
回避は難しく、左右の攻撃により、逃げ道は限られております。
鬼気迫る状況の中、思い返されるのは、先ほど交わした一連の会話。
『あなたの意思能力は、攻撃型か補助型だと……どちらですか?』
『どちらかと言えば……補助型ですね。物質の創造可変にメモリを割いておりますので、決定力には欠けます。このまま純粋な体術勝負が続くのであれば、後れを取らない自信がありますが、彼女を倒し切るレベルには至らないでしょう』
嘘はついていない。彼女の分身体を倒せないのは事実。
どれだけ工夫を凝らしても、肉体とセンスを突破できない。
状態3との稽古で検証済み。状態4となった今は、さらに厳しい。
仮に突破しても、半端な攻撃は餌を与えるのみで勝利は遠のきます。
――求められるのは、一撃必殺。
火力に特化した『何か』をお出しする必要がある。
それは、体術でも剣術でも意思でも異能でも構いません。
ただし条件として、他を圧倒するほど突出しなければならない。
残念ながら、わたくしの能力とは、対極に位置する概念でございます。
「――強制労働『絶対防御』」
縛りを自らに課し、命令を下し、行動を強制する。
思考を挟む余地はなく、肉体は命令に忠実な奴隷と化す。
『「――――――」』
魔獣の噛みつきは、肌に届くことはなく、空中で停止。
不自然な挙動で、見えない何かに阻まれているようでした。
――正体は結界。
最小出力で最大効率を得るための配置。
壁型の結界を発生させ、鼻先に置きました。
移動は制限され、勢いは止まり、噛みつけない。
理性のない暴走状態であれば、攻略するのは不可能。
「レッスン1。まずは『待て』を覚えていただきますよ」
◇◇◇
アザミは前線を離脱しながらも、戦いを見渡せる位置にいた。
近すぎず遠すぎない道路上。変電所の外に開いた大穴のすぐ近く。
女教師の活躍を見届け、その場に胡坐の体勢で座り込み、目を閉じる。
――行ったのは、『禅』。
意思の力を習得する場合、最初に行き着く修行法。
外側の情報を遮断し、内なる自分を見つめ、問いかける。
自問自答を繰り返し、人に流されない自分の核を見つける作法。
仏教由来でありながら、無神論的。答えを神任せにしない、現実主義。
今やビジネスシーンでも広く認知され、時代を経ても色褪せない不朽の思想。
――検索条件は『わたしに合った意思能力』。
余計なことは一切考えず、全ての意識を問いに集中させる。
置き去りにした彼女を生かすか殺すかは、ここにかかっていた。
(剣術は北辰流、異能は風、体術は柔術寄り、センスの系統は芸術系……)
研ぎ澄まされた頭で真っ先に並べたのは、前提条件。
ないものに目を向けるのではなく、すでにあるものを見る。
人生という蓄積されたデータの中から、選んだ方がハマりやすい。
思い入れが強ければ強いほど威力や精度が向上するセンスの特性と合う。
――逆に、ないものを今から好きになるのは難しい。
元々あるものに比べたら、思い入れは基本的に強くならない。
好きだと気付くパターンはいいけど、嫌いを好きに変えるのは困難。
だからこそ、自分の人生を振り返り、趣味嗜好を探るのが最も効率がいい。
(わたしって、剣術以外に何が好きだったっけ……?)
自分を掘り下げた先にぶつかるのは、本質的な問い。
今、絶対に向き合わないといけない、パーソナルな部分。
生産性があるのは間違いなく、決して時間の無駄にならない。
(歌? アイドル? Vtuber? いや、どれも最近で歴史は浅い……)
パッと思いつくのは、直近の出来事に紐づく事柄。
全て好きだったけど、意思能力にするにはしっくりこない。
(剣術も柔術も、親に言われたからやっただけ。能動的に自分から動いたわけじゃなく、主体性がない。家族が絡んでいるから思い入れはあるけど、能力にするなら、これ以上のものが望ましい。何かあったかな……)
既にあるものと一つ一つ向き合い、切り捨て、選択肢を絞る。
徐々に思考の整理がついていき、答えが浮き彫りになるのを感じた。
(そうか……。アレなら……)
目を見開き、自分の中にあった核にたどり着く。
すぐさま、ぶっつけ本番で試そうと思った時、それは起きた。
「――っっ!!!?」
足元が激しく揺れ、巨大な意思の鳴動を感じる。
反応があったのは大穴の底。犬型の魔獣とは別の問題。
(あんな場所で一体誰が……)
思わず足を止め、目を凝らして、穴底を確認する。
そこにいたのは、見知った存在。道中を共にした仲間。
見て分かる打撲を負い、痣だらけになっている女性の名は。
「ひ、広島、さん……っっ」
突如として第三の選択肢が現れ、新たな悩みの種が生じていた。




