第114話 魔獣との死闘
覚醒都市バイカルヴェイ北部。変電所付近。
不自然な大穴が少し離れた場所にある、道路上。
そこで繰り広げられているのは、人間と魔獣の攻防。
刃と鞭が幾度も飛び交い、魔獣の犬牙と衝突を繰り返す。
人並み外れた速度で打ち合うものの、直撃は一度もなかった。
敵と味方、互いに傷を負うことなく、不気味な均衡が続いている。
――いつ崩壊するかは分からない。
綱渡りのような感覚で刀を振るい、気を引き締める。
一瞬でも手を抜けば、簡単に転げ落ちるのは目に見えた。
ただ、現状を維持できても好転せず、状況は何も変わらない。
時間と体力とセンスに限りがある以上、取っ掛かりが必要だった。
「あなたの意思能力は、攻撃型か補助型だと……どちらですか?」
策を講じるにしても、現状の把握は必須。
果てのない攻防の隙間を縫い、隣人に問いかける。
「どちらかと言えば……補助型ですね。物質の創造可変にメモリを割いておりますので、決定力には欠けます。このまま純粋な体術勝負が続くのであれば、後れを取らない自信がありますが、彼女を倒し切るレベルには至らないでしょう」
すかさず、鞭を振るう女教師は質問に答えていた。
内容は的確だった上に、呼吸も姿勢も鞭捌きも乱れない。
後れを取らない発言は、強がりじゃなく、事実のように思えた。
(わたしがやらないと、か……)
あわよくばと考えた、逃げ道が塞がれた瞬間だった。
率直に言って、今の実力だと、あの魔獣には通用しない。
隙を作り、全力の技を叩き込んでも、勝てない気がしていた。
――原因は戦闘経験の不足。
内閣総理大臣になって以降、政治が日常だった。
死線や死闘とは程遠い場所で、デスクワークが主体。
基礎的修行は欠かさなかったけど、成長速度は鈍化する。
たった数か月とはいえ、同期の人たちとは大きく差が開いた。
目を背けたかったけど、直視しないといけない現実が押し寄せる。
――戦闘能力の向上は急務。
追い込まれることで浮き彫りになったのは、課題。
頭脳戦だけじゃなく、肉弾戦も必要だと気付かされた。
優れた策を考えようと、身体がついてこないと意味がない。
だからこそ、この土壇場でやらなければいけないことがあった。
(――意思能力を開発する。今ここで)
目標を明確に定め、倒すべき敵を見据え、胸中で誓う。
決定力に欠けるなら、この場で用意すればいいだけのこと。
それだけの自由度と創造性は意思の力にある。あとは発想次第。
「何か思いついたようですね。わたくしは何をすればよろしい?」
表情を見抜いたのか、女教師は意向に沿う提案をしていた。
戦闘能力を抜きにしても優秀。それがヒシヒシと伝わってくる。
――内閣の特別顧問にいれば心強い。
なんて妄想が頭によぎるけど、今は必要ない。
雑念を振り払い、自分がやるべきことに目を向けた。
「少しの間、一人で時間を稼いでください。わたしが道を切り拓きます」
◇◇◇
機を見計らい、白髪の女性は戦線を離れていきました。
深くは伺っておりませんが、間違いなく、策を講じるため。
彼女の選択を微塵も疑うことなく、託された役目を全うします。
「――――」
相手は犬型の魔獣。三つある頭の二つが動き、迫り来るのは犬牙。
甘噛み癖のある駄犬を躾けるように、わたくしは鞭で迎撃し続けます。
身を貫くことはありませんが、一人欠けたせいもあり、押されていました。
――戦線崩壊は時間の問題。
さっきは強がってしまいましたが、今のままでは危うい。
もし、逃亡されたのだとすれば、助けが来ることはありません。
見ず知らずの関係であれば十分あり得る展開であり、死に直結します。
――それでも疑うことはありませんでした。
敵味方問わず、相手がどういう人物かを知る術があります。
言わずとも伝わる。観察していれば、自ずと視界に入ってくるもの。
(『あの瞳』でお願いされては……期待には応えねばなりませんね)
人となりは、言葉よりも目に現れる。
熱意あるものの眼差しには独特の光が宿る。
彼女にはそれがあった。命を懸けるに値する相手。
向かう先を見守るためにも、生き残る必要がありました。
――だからこそ。
「グラーグの鉄鎖」
わたくしは、持っていた鞭を自分自身に巻き付ける。
両手を縛る。意思能力の発動条件が満たされた瞬間でした。




