第113話 開戦
覚醒都市バイカルヴェイ北部。変電所付近。
所内は黒い結界に覆われ、道路上には犬型の魔獣。
三つの頭に、三つの尻尾を生やし、体躯は十メートル級。
黒い体毛に覆われ、一つの頭がこちらに牙を剥こうとしていた。
正体は不明。敵意があるのは間違いなく、電力の復旧には障害になる。
――だからこそ。
「北辰流――【風信子】!!!」
アザミは日本刀を袈裟懸けに振るい、言い放つ。
魔獣との距離は数メートル離れており、刃は空振る。
本来なら、無意味な攻撃だけど、ちゃんと意味があった。
空気の抵抗を勢いのある刃が押しのけ、巻き起こる自然現象。
――【風】。
ただそれだけだと、風が肌を撫でる程度。
攻撃というには、子供騙しのような威力になる。
いかな剣豪の斬撃であっても、風の強弱が変わるだけ。
剣速を速めるだけじゃ足りない。剣技とするには資格がいる。
――特異体。
意思の力抜きで異能を操る個体の総称。
アザミが持つ刀、邪遺物『羅刹』の副産物。
元の所有者の呪い紛いな意思を制御し、得た力。
刀に宿る術式が肉体に刻まれ、直感的に引き出せる。
――刻まれた異能は【風】。
自身で巻き起こすことを条件に、操れる。
意思の力で強めることもできて、燃費が良い。
能力を開発したわけじゃなく、容量に余裕がある。
意思能力者として伸び代が残った状態で扱える、異能。
剣術×特異体×意思の力。それらが合わさった、総合芸術。
それぞれの要素が一本の直線となることで、ようやく発生する。
『――――――――――――――』
アザミが放つ【風の斬撃】は、犬型の魔獣の頭に迫る。
敵意を剥き出しにしていた犬牙と接触し、閃光を迸らせた。
風刃と犬牙の拮抗状態が続き、気が抜けない状況の中、勘づく。
「意思の力……。単なる魔獣じゃない……?」
視覚的情報と、間接的に伝わる手応えから敵の考察を始めた。
魔獣に関する知識は浅いけど、あの閃光は意図しないと操れない。
人レベルの知能と理性が必須で、本能で生きる魔獣には使えないはず。
「あの魔獣は、わたくしの生徒が魔獣化を制御できずに暴走した分身体。元々は人間のため、意思の力は扱えます。厄介なのが、分身体の本質である『夢』という性質と『暴走』の相性がいいこと。本来であれば、意識がない状態で意思の力を扱うのは困難ですが、彼女の場合は可能となります」
独り言に補足説明をしてくれたのは、隣に立つ女性。
丸眼鏡をかけ、長い黒髪を二本のおさげにしている淑女。
袖とスカート丈が長い、メイド服のような白いドレスを着る。
名前や背景を聞く暇はなく、何を目的にしているのか分からない。
電力復旧に協力してもらってるけど、実力も役職も全て未知数だった。
――問題は、発言を信じるかどうか。
もし、電力を『直す』側なら、嘘をつく必要はない。
互いの目的は共通しているから、善意で言ってくれるはず。
ただ、『壊す』側の立場なら怪しく、混乱狙いの可能性もあった。
――現状、どちらかを判別する術はない。
彼女は鉄塔を直していたけど、何か迷っていた。
そこに声をかけ、脅すような態度を取って今に至る。
どこまで協力的なのか、付き合いが短すぎて分からない。
――ただ。
「仮に事実として、どうすれば止められますか?」
疑うだけ時間の無駄。相手を信じ、前向きに議論を進めた。
押し問答をする暇なんてなく、魔獣の攻略が現状の最優先事項。
罠だとしても起こってから考えればいいし、今は眼前に集中したい。
「本体を起こすか、分身体を倒す。この二択が最も堅実的な攻略法でしょう。ただ、本体の位置は覚醒都市西部の病棟地下四階。移動する時間と、分身体を放置した場合の被害を考慮すれば、後者一択の場面となりますね」
善意か、誘導するためか。彼女はそれっぽい言葉を並べる。
職業柄、疑り深くなっちゃうけど、今は詮索するべきじゃない。
『――――ッッ』
犬型の魔獣は風刃を噛み砕き、食事のように咀嚼している。
今の一撃で倒せるとは思ってなかったけど、一人じゃ手に余る相手。
「アレを倒すしかないみたいですね……。戦えますか?」
「もちろん。わたくしは彼女の師。喜んで教鞭を振るうとしましょう」
彼女は快く応じ、右手を掲げ、虚空より物質化したのは、鞭。
一時的な共闘が成立し、犬型の魔獣(分身体)との戦闘は本格化した。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ西部。病棟の地下四階。研究室。
そこでは、魔獣化が進行した末期患者の輸送が行われていた。
地下の扉と扉を繋げるという『魔術』を信じ、担架で運び続ける。
驚くほど手慣れた身のこなしで、あっという間に患者は減っていった。
「……残り一名。この方が最後で間違いありませんか?」
セレーナと名乗ったメイドは、医療ポッドを見つめ、尋ねる。
そこには、半魔獣化状態で眠る娘。ソーニャ・カラシニコフの姿。
このままだと長くは持たんが、他の患者とは愛の重さが異なっていた。
「あぁ、そうなんじゃが……。もう少し待ってはもらえんか?」
ポッドの近くに担架を用意するものの、どうも気が進まん。
移動したとしても、その先にある最悪の事態を想像してしまう。
「命と患者に優劣をつけるおつもりですか? 医療従事者失格ですよ」
セレーナが語るのは、もっともな正論じゃった。
家族という事情を踏まえた上でも、おっしゃる通り。
『魔術』側の医療処置を信じるのが、医者としては筋じゃ。
――それでも。
「あと5分だけ様子を見させてくれ。頼む……」
事情は深く語らず、ワシはセレーナに頼み込んでいた。
理想は電力が復旧して、医療ポッドが使用可能になること。
魔獣細胞の活性化を抑え、向こう側の治療に託すのが望ましい。
『サイロスタシス』並みの抑制装置があれば別じゃが、無理じゃろう。
一から構築するにしても、時間が足らず、電力を引くのも現実的ではない。
――ゆえに待ちたい。
医療従事者失格の越権行為なのは分かっておった。
他の患者の目線に立って考えれば、悪にも見える行為。
それでも万全を期したいという思いは、抑え切れんかった。
「5分だけですよ。ご自身の発言には責任をもってくださいませ」
心情を知ってか知らずか、セレーナは受け入れる。
『1時間』の制限を超えた先にあったのは、『5分』の延長。
事情を伝える手段はなく、見ず知らずの相手に思いは託された。




