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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第113話 開戦

挿絵(By みてみん)





 覚醒都市バイカルヴェイ北部。変電所付近。


 所内は黒い結界に覆われ、道路上には犬型の魔獣。


 三つの頭に、三つの尻尾を生やし、体躯は十メートル級。


 黒い体毛に覆われ、一つの頭がこちらに牙を剥こうとしていた。


 正体は不明。敵意があるのは間違いなく、電力の復旧には障害になる。


 ――だからこそ。


「北辰流――【風信子ヒヤシンス】!!!」


 アザミは日本刀を袈裟懸けに振るい、言い放つ。


 魔獣との距離は数メートル離れており、刃は空振る。


 本来なら、無意味な攻撃だけど、ちゃんと意味があった。


 空気の抵抗を勢いのある刃が押しのけ、巻き起こる自然現象。


 ――【風】。

 

 ただそれだけだと、風が肌を撫でる程度。


 攻撃というには、子供騙しのような威力になる。


 いかな剣豪の斬撃であっても、風の強弱が変わるだけ。


 剣速を速めるだけじゃ足りない。剣技とするには資格がいる。


 ――特異体イレギュラー


 意思の力抜きで異能を操る個体の総称。


 アザミが持つ刀、邪遺物イヴィル『羅刹』の副産物。


 元の所有者の呪い紛いな意思を制御し、得た力。


 刀に宿る術式が肉体に刻まれ、直感的に引き出せる。


 ――刻まれた異能は【風】。


 自身で巻き起こすことを条件に、操れる。


 意思の力で強めることもできて、燃費が良い。


 能力を開発したわけじゃなく、容量に余裕がある。


 意思能力者として伸び代が残った状態で扱える、異能。


 剣術ソードスキル×特異体イレギュラー×意思の力(センス)。それらが合わさった、総合芸術。


 それぞれの要素が一本の直線となることで、ようやく発生する。


『――――――――――――――』


 アザミが放つ【風の斬撃】は、犬型の魔獣の頭に迫る。


 敵意を剥き出しにしていた犬牙と接触し、閃光を迸らせた。


 風刃と犬牙の拮抗状態が続き、気が抜けない状況の中、勘づく。


「意思の力……。単なる魔獣じゃない……?」


 視覚的情報と、間接的に伝わる手応えから敵の考察を始めた。


 魔獣に関する知識は浅いけど、あの閃光は意図しないと操れない。


 人レベルの知能と理性が必須で、本能で生きる魔獣には使えないはず。


「あの魔獣は、わたくしの生徒が魔獣化を制御できずに暴走した分身体。元々は人間のため、意思の力は扱えます。厄介なのが、分身体の本質である『夢』という性質と『暴走』の相性がいいこと。本来であれば、意識がない状態で意思の力を扱うのは困難ですが、彼女の場合は可能となります」


 独り言に補足説明をしてくれたのは、隣に立つ女性。


 丸眼鏡をかけ、長い黒髪を二本のおさげにしている淑女。


 袖とスカート丈が長い、メイド服のような白いドレスを着る。


 名前や背景を聞く暇はなく、何を目的にしているのか分からない。


 電力復旧に協力してもらってるけど、実力も役職も全て未知数だった。


 ――問題は、発言を信じるかどうか。


 もし、電力を『直す』側なら、嘘をつく必要はない。


 互いの目的は共通しているから、善意で言ってくれるはず。


 ただ、『壊す』側の立場なら怪しく、混乱狙いの可能性もあった。


 ――現状、どちらかを判別する術はない。


 彼女は鉄塔を直していたけど、何か迷っていた。


 そこに声をかけ、脅すような態度を取って今に至る。


 どこまで協力的なのか、付き合いが短すぎて分からない。


 ――ただ。


「仮に事実として、どうすれば止められますか?」


 疑うだけ時間の無駄。相手を信じ、前向きに議論を進めた。


 押し問答をする暇なんてなく、魔獣の攻略が現状の最優先事項。


 罠だとしても起こってから考えればいいし、今は眼前に集中したい。


「本体を起こすか、分身体を倒す。この二択が最も堅実的な攻略法でしょう。ただ、本体の位置は覚醒都市西部の病棟地下四階。移動する時間と、分身体を放置した場合の被害を考慮すれば、後者一択の場面となりますね」


 善意か、誘導するためか。彼女はそれっぽい言葉を並べる。


 職業柄、疑り深くなっちゃうけど、今は詮索するべきじゃない。


『――――ッッ』


 犬型の魔獣は風刃を噛み砕き、食事のように咀嚼している。


 今の一撃で倒せるとは思ってなかったけど、一人じゃ手に余る相手。


「アレを倒すしかないみたいですね……。戦えますか?」


「もちろん。わたくしは彼女の師。喜んで教鞭を振るうとしましょう」


 彼女は快く応じ、右手を掲げ、虚空より物質化したのは、鞭。


 一時的な共闘が成立し、犬型の魔獣(分身体)との戦闘は本格化した。


 ◇◇◇


 覚醒都市バイカルヴェイ西部。病棟の地下四階。研究室。


 そこでは、魔獣化が進行した末期患者の輸送が行われていた。


 地下の扉と扉を繋げるという『魔術』を信じ、担架で運び続ける。


 驚くほど手慣れた身のこなしで、あっという間に患者は減っていった。


「……残り一名。この方が最後で間違いありませんか?」


 セレーナと名乗ったメイドは、医療ポッドを見つめ、尋ねる。 


 そこには、半魔獣化状態で眠る娘。ソーニャ・カラシニコフの姿。


 このままだと長くは持たんが、他の患者とは愛の重さが異なっていた。


「あぁ、そうなんじゃが……。もう少し待ってはもらえんか?」


 ポッドの近くに担架を用意するものの、どうも気が進まん。


 移動したとしても、その先にある最悪の事態を想像してしまう。


「命と患者に優劣をつけるおつもりですか? 医療従事者失格ですよ」


 セレーナが語るのは、もっともな正論じゃった。


 家族という事情を踏まえた上でも、おっしゃる通り。


 『魔術』側の医療処置を信じるのが、医者としては筋じゃ。


 ――それでも。


「あと5分だけ様子を見させてくれ。頼む……」


 事情は深く語らず、ワシはセレーナに頼み込んでいた。


 理想は電力が復旧して、医療ポッドが使用可能になること。


 魔獣細胞の活性化を抑え、向こう側の治療に託すのが望ましい。


 『サイロスタシス』並みの抑制装置があれば別じゃが、無理じゃろう。


 一から構築するにしても、時間が足らず、電力を引くのも現実的ではない。


 ――ゆえに待ちたい。


 医療従事者失格の越権行為なのは分かっておった。


 他の患者の目線に立って考えれば、悪にも見える行為。

 

 それでも万全を期したいという思いは、抑え切れんかった。


「5分だけですよ。ご自身の発言には責任をもってくださいませ」


 心情を知ってか知らずか、セレーナは受け入れる。


 『1時間』の制限を超えた先にあったのは、『5分』の延長。


 事情を伝える手段はなく、見ず知らずの相手に思いは託された。

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