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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末

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第111話 協力者

挿絵(By みてみん)





 覚醒都市バイカルヴェイ西部。病棟地下四階。『魔獣医学科』研究室。


 そこには、魔獣化が進行し、本来なら殺処分される予定の都市民が集う。


 その大半が、症状を抑える液体『サイロスタシス』が満ちるポッドに収容。


 奇跡と言うべきか、これまで暴走させることなく、なんとか耐え凌いできた。


 ――しかし。


「限界か……」


 ワシは、『サイロスタシス』の循環装置を見つめる。

 

 隅っこには温度計があり、メーターは振り切れんばかり。


 電力があれば、液体を冷やし、供給できるが、現在は停電中。


 非常電源はなく、そもそもここは軍に許可を取ってない研究施設。


 仮にそんな都合のいいもんがあったとしても、設置できる権限はない。


 ――患者が暴走すれば、全てワシの責任じゃ。


 明るみになった時に軍部が残っていれば、『煉獄送り』。


 半永久的に労働を強いられ、成果報酬で生を繋ぐ未来が待つ。


 生き地獄のような場所だが、それよりも劣悪な環境が存在していた。


「覚悟はしておったが……骨を埋めるとしたら、今日か」


 ワシは熱暴走を始めた医療ポッドを見て、死を覚悟する。


 父上に課された『一時間』は堪えたが、復旧の目途は立たん。


 このまま順当にいけば、暴走した患者がワシに襲い来るじゃろう。


 ――たった一人ではどうにもならん。


 軍には相談できず、父上も気軽に介入はできん。


 停電復旧に尽力し、こちらに回せる余力はないはず。


「ここは科学の箱庭。奇跡も魔法もありゃせんよな……」


 ボコボコと泡立つ液体を見つめ、終焉を悟る。


 患者の数は十二名。運が悪ければ、同時に襲い来る。


 それも恐らく、完全魔獣化の状態であり、手がつけられん。

 

 神は信じておらんが、今だけは信じてやってもいい気がしていた。


「――『魔術』ならございますが、いかがなさいますか?」


 そこで確かに聞こえたのは、聞き覚えのない女性の声。


 藁を掴む思いで振り返ると、そこにはメイドが立っていた。


 赤髪ツインテール、吊り上がった目が特徴的で、容姿は二十代。


 どこから入ってきたか、まるで見当がつかず、侵入した痕跡はない。

 

 死神のようにも思えたが、ここでワシが選ぶべき答えは決まっておった。


「頼む。ワシに出来ることならなんでもする。だから、助けてくれ!!!」


 縋るように手を差し伸べ、科学と魔術は交差する。


 それが、ワシにとっての新たな物語の始まりじゃった。


 ◇◇◇


 覚醒都市バイカルヴェイ上空。都市の開発が届かない領域。


 広島の拳に身体を打ち上げられ、数百メートルの上昇を果たす。


 やがてそれにも終わりが訪れ、柔らかい肉壁が背中に接触していた。


 ――損傷は軽度。


 不覚を取ったのは事実でありながら、致命傷ではない。


 肉壁を蹴りつけ、いつでも闘いの続きを始めることができる。

 

「…………」


 ただ儂は目を閉じる。心を落ち着け、意識を内に向ける。


 向き合うべき相手と場所は、何も物質世界だけではなかった。


 ◇◇◇


 内面世界。偽りのバイカル湖。凍り付いた湖上。

 

 そこで相対するのは、ボルドと名乗った獣人だった。


 モデルは幻獣種『麒麟』。額に角、肌は白い鱗に覆われる。


 目的は彼を『調伏』させ、完全魔獣化である状態4を操ること。


 最初は倒すだけだと読んでいたけど、問題は思ったより複雑だった。


「魔獣は元人間で、神様になる途中の段階……」


 僕は与えられた情報を端的にまとめ、口走る。


 名前の次に知ろうとしたのは、魔獣の起源だった。


 ボルドは快く答えてくれて、世界の真相に一歩近づく。


「その認識で正しい。……ただし、魔獣になる過程で記憶の大半は忘却される。大抵は自分の名前を覚えている程度で、他は全て忘れている。無論、記憶を継承するケースもあるが、個体が少なく、詳細な条件は明らかになっていない」

 

 短い結論に、補足説明が加えられて、さらに理解が深まる。


 まだまだ謎は多いけど、魔獣を食べる行為は共食いに近かった。


 生きるためには仕方ないかもしれないけど、罪悪感を抱いてしまう。

 

「出発点は分かったけど、その前は? いや、覚えてないのか」


 表に出すべきではない感情を抑え、僕はさらに掘り下げる。


 相手を知らないなら従える意味がない。暴君にはなりたくない。


 僕はロマノフ王家の血を引く。過去の失敗は繰り返したくなかった。


「覚えていないのはその通りだが、魔獣になるまでの過程は諸説ある。最も有力なのが、人間界から罪を犯して地獄界、地獄界から忘却して煉獄界、煉獄界から罪を清めて天界というルートだ。不可逆的で一方通行。例外はなく、人間界に生まれた時点で、天界を目指すことが宿命になると儂らの間では言われている」


 そこでボルドが語ったのは、合理的な予想だった。


 覚えていない割には、芯を食った意見のように思える。


 独りで考えたというよりも、魔獣の常識のような気がした。


「馬鹿みたいな話なのに、否定する気が全く起きないや。自分事だからかな? まぁなんにしても、流れは大体分かったし、多分間違ってないと思う。魔獣が人間よりも上位の存在ってのはしっくりくるしね。……その上で聞きたいんだけど、食べられた君はどうなるの? 僕が君の罪を清めたら天界に行く? それとも、僕の魂の進行度に依存して、次は悪魔からやり直し?」


 僕の都合は脇に置いて、彼にフォーカスを絞る。


 真の協力を得るには、『目的』の理解と共有は必須だ。


 天界をゴールとするなら、出来るだけ寄り添ってあげたい。


「両方考えられるが、儂に都合のいい選択肢を試してもらえたら有難い。先ほども言った通り、儂や魔獣は天界行きを至上命題とする。『目的』が共通していたなら、完全に魔獣化した状態であろうとも、暴走することはあり得んよ」


 遠回りをした結果、巡り巡って欲しい答えが返ってきた。


 暴走の制御法。それは恐らく、『天界行き』を手伝うことだ。

 

 屈服させることじゃなく、対話が正解だったと今になって分かる。


「だったら、手伝うよ。何をすればいい? どんな罪を背負ってるの?」


 僕は前向きな気持ちになって、100%の善意で尋ねる。


 利用せず、相手に貢献する。それが自分のためになると気付いた。


「七つの大罪で言う『憤怒』。罪を清めるには、大量の善人を救わねばならん」


 ボルドの口から語られたのは、共通した『目的』。


 僕が完全魔獣化を扱えるための前提条件でもあった。


 今は条件を提示されただけで、肯定も否定もしていない。


 ――だけど、答えは決まっていた。


「やるよ! お安い御用さ!!」


 答えると、偽りのバイカル湖は砕け、淡水に落ちる。


 深く深く沈んでいき、光の届かない湖底へと潜っていく。


 怖くも苦しくもない。僕の頭の中は使命感でいっぱいだった。

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