第109話 希望と絶望
停電開始より51分経過。司令部内にある、尋問室。
バタバタと慌ただしい足音が、廊下から聞こえてくる。
恐らく元帥の命令だ。どうやら交渉に進展があったらしい。
もし失敗に終わったなら、伝令がやってきてアレクセイに通達。
俺、というか、一般兵『ジーナ・ロマノフ』の処刑を命じたはずだ。
――ただ、そうはなってない。
俺の存在なんて眼中になく、別の目的に動き始めたんだろう。
つまり、折り合いがついたんだ。具体的な内容は知る由もないがな。
「……余所者に命を救われたな。お咎めなしとはいかないだろうが」
変化に気付いたアレクセイは語りかけた。
尋問室の壁に背中をつけて、両腕を組んでいる。
偉そうな物言いだったが鼻につかない。事実だからな。
そんなことより、他に考えないといけない問題が山ほどある。
「まぁ……それはさておき、気になるのは地上の反応ね。心当たりはある?」
隣に立つ赤髪アフロのバグジーは、上を見つめながら言った。
視線の先には、三日月状の穴が開いた天井があり、地上を覗ける。
とは言っても、視野角は狭く、停電のせいで視認できるものは少ない。
五感頼りの方法だと、得られる情報は少ない。別の手段なら話は別だがな。
(巨大な反応が複数。一人は間違いなくジーノだが……)
第六感……というよりも、第七感的なセンスを頼りに正体を悟る。
心当たりだし、有益な情報だが、そのまま口にするのは抵抗があった。
「都市上空に謎の強者一名。変電所ではセルゲイ大尉と敵対者。煉獄の門ではターニャ中尉、オレグ少尉、余所者三名対魔獣の軍勢で間違いない。強い気配は北部に集中し、南部にある居住区に被害が及んでないのは不幸中の幸いだな」
言い淀んでいると、アレクセイは解像度の高い状況報告を行う。
感覚系というわけじゃなく、こいつの場合は分析力と論理的思考だ。
見聞きした情報から頭の中で登場人物を並べ、空白は状況証拠で埋める。
――感覚に頼る俺とは真逆の手法だった。
大まかな反応しか分からないはずだが、この精度。
普段は隠しているが、軍の中でも上澄みの諜報力だろう。
「へぇ……見かけによらず、やるじゃない。アタシ好きよ、優秀な子は特に」
バグジーは色目を使い、アレクセイに語りかけている。
性欲由来なのか、公平な基準においての評価なのかは不明。
まぁ……今はどっちでもいいが、味方(仮)の観察は続けたい。
人物像を把握しておくのは、後々のことを考えれば、必須だからな。
「世辞はやめろ。センスと客観的な事実を基にした推測だ。やろうと思えば、誰でもできる。……それよりも、立場を明確にしておきたい。ジーナを動かす予定があり、軍部がそれを許可しなかった場合、お前は敵か味方かどっちだ」
軽く受け流し、アレクセイは鋭い質問をぶつける。
恐らく今後の展開に関わってくるであろう、いい探りだった。
「それはもちろん――」
するとバグジーは、答えを口にしようとしている。
聞き耳を立てていると、騒がしい足音が聞こえてきた。
その勢いのまま、尋問室の扉は開かれ、兵士が入ってくる。
白の軍服に、白のベレー帽を深く被った男性で、左腕には腕章。
――憲兵と似てるが、腕章のデザインが異なる。
交差した銃じゃなく、翼の生えたラッパが刺繍される。
伝令特有の特徴であり、男は尋問室に訪れた目的を語り出した。
「兵士ジーナを所定の位置に配置せよとの命令だ。ただちに連行する」
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ北部。『煉獄の門』入口付近。
そこでは、無数の魔獣と防衛側との戦闘が行われていた。
闘いは熾烈を極め、青い血が飛び散り、獣の死体が散乱する。
停電開始とほぼ同時期に門が開き、絶えず魔獣が流れ込んでいた。
時間にすれば約50分以上は闘い続けているが、防衛側の被害者はない。
個々の戦闘力と生存力の高さを示す結果だが、疲労の色が見え始めていた。
「もう、キリがない……っ!!」
巨大化した黒熊のぬいぐるみのアッパーが、馬型の魔獣に炸裂。
その背中に乗り、意思で操っているターニャは、心情を吐露していた。
「愚痴る暇があったら一匹でも多く倒したら?」
死角から猛追する猪型の魔獣に、リーチェは右拳を振るう。
『回転』による螺旋の衝撃波が生じ、迫る敵を押し潰していった。
「……リーチェ様。お言葉ですが、このままではジリ貧でございます」
「誰かが門を閉じないと、僕たちは……いや、覚醒都市は終わりを迎えるね」
エミリアは牛型の魔獣に足刀を振るい、オレグは銀の大盾でカバー。
怪我の功名として、見ず知らずだった仲での連携が取れようとしていた。
ただそれでも魔獣の軍勢を押し切り、門を閉じる余裕がないのが現状だった。
「…………」
そんな中、ベクターを操るダンテは孤高に闘う。
誰かを頼ることなく、避けるようにして魔獣に挑む。
タイマン至上主義の思想に則り、ロールプレイに励んだ。
――だからこそ、最初に気付く。
門の奥から迫る強敵の存在。即席パーティ全滅の危機。
誰よりも危機を察し、最悪の事態が訪れる前に先手を取る。
意思疎通を取る手間すら惜しく、単独で一直線に敵へと迫った。
『………………』
煉獄の門の前で立ち尽くすのは、人型の魔獣だった。
黒い蜥蜴のようなフォルムで、毛は生えず、尻尾を生やす。
出生も原典も不明。比較できる存在がなく、不気味な空気を纏う。
「一か、八かだ……っ!!」
ダンテは技巧を凝らすことなく、右腕を大きく振りかぶる。
顕在センス量を全て込めた拳が、敵の頬を捉えようとしていた。
『………………』
見事に命中するも、人型の魔獣はピクリともしない。
ノーダメージ。渾身の通常攻撃では、有効打にならない。
しかし、奇しくもそれは、ベクターが有する能力の発動条件。
「独創世界『街路王』」
本気で殴っても、倒すことができない相手。
それが、土俵に入るために課された条件だった。




