第13話
結局、僕はどこまで行っても僕だ。
啓一に怒られ。
霞さんに泣かれ。
霧沢さんに諭されても、こうして動き出せずにいる。
一人取り残された屋上の扉の前で、うずくまる。
分かっている。
分かっているんだ、自分が間違っていることくらい。
それでも動き出せずにいるのは、弱いからか。
臆病だからか。
それとも、恐れているからか。
記憶に刻まれた、中学時代の嫌な思い出。
僕を未だに縛る、呪縛のような鎖。
あれは、忘れもしない中学二年生の事だった。
あの時の僕は、今よりずっとまともだったと思う。
人付き合いは苦手だったけど、友人も何人かいて、好きな人もいた。
当時好きだったあの子は、普通に可愛くて、クラスで一番とはでは言わなかったけれど、割と人気のある女の子だった。
明るくて、人懐っこくて、単純な僕は少し仲良くされただけで簡単に恋に溺れるようになった。
でも、それは僕だけでは無かった。
啓一も同じだったのだ。
僕と啓一は昔からよく一緒に居たし、その女子と喋る機会も多かったから。
同じ人を同時に好きになる。
僕はその想いに、とても苦しめられた。
僕と啓一とで比べたら、それは当然、啓一の方が魅力的なのは誰が見ても明らかだったからだ。
身を引くべきだ、と思った。
でも、そう思えば思うほど、どこか諦めきれずにいる自分もいたのだ。
啓一も、そんな僕の気持ちに気づいていたようだった。
止まれ、と、進め。
そんな相反する気持ちを後押ししてくれたのは、意外なことに啓一だった。
――なら、勝負だ。
そう言って笑ってくれたあの表情を、僕は今でも覚えている。
勝ち目が無い戦いなのは分かっていた。
それでも、ライバルが居た方が燃えるだろ?と、強引に押し切られてしまったのだ。
そうして、僕らはライバル関係になった。
と言っても、足を引っ張り合うような醜い関係では無い。
お互いをその女子の前で褒めあったり、アピールし合ったり。
僕は心のどこかで負けを確信しながらも、自分なりに頑張っていたと思う。
僕は、そんな日常が、たまらなく楽しかった。
まるで、青春の一ページを綴っているかのような状況に、僕は舞い上がっていたのだと思う。
そして迎えた秋、修学旅行の夜のことだった。
男子部屋で談笑していた僕らの前に、一人の女子がやってきたのだ。
その女子は、好きだった女の子と仲のいい女子だった。
――幸城君、ちょっといい?
僕はその女子に連れられて、泊まっていたホテルのロビーに連れ出された。
そこで待っていたのは、好きだったあの子だった。
――ごめんね、突然呼び出しちゃったりして
僕は彼女の言葉に頭が一瞬真っ白になった。
あとはどうぞごゆっくり、と僕らは二人にされて、緊張した頭で何の用?と聞いた。
まるで告白のワンシーンのような前ぶりに、僕は言葉を待った。
――実は私、前から幸城君のこと好きだったんだ。
たっぷりと間を持ってから吐き出された言葉に、僕は今度こそ舞い上がった。
嬉しかった。
こんな僕でも、好きになってくれる人がいるのだという喜び。
相思相愛だったと、恋が実ったという喜び。
啓一と勝負していたことすら忘れて、僕はただただ嬉しかった。
だから僕は返事をしようとした、実は僕も、ずっと君の事が、そう言いかけたところで、思わぬ邪魔が入った。
――ドッキリ大成功――――!
先ほど僕を連れ出した女子も含めて、三人の女子が物陰から出てきたのだ。
――いやー、ごめんね、罰ゲームだったんだ
――私は止めようって言ったんだけど・・・
――だから言ったじゃん。絶対成功するって
――ごめんね、幸城君
僕は最初は何が起こったのか理解できなかった。
突然の告白。
ドッキリ。
罰ゲーム。
それらの単語を頭の中で整理して、ようやく自分は騙されていたのだと気づいた。
信じたくは無かった。
こんな風に他人の気持ちを弄ぶような人に恋をしていたのだと、思いたくなかった。
それでも僕は、体裁を守ることを優先した。
ショックや怒りを隠して、何とかその場をやり切ったのだ。
無論、このことは誰にも話していない。啓一にさえ。
この時のやり取りを知っているのは、僕を含めてその場にいた五人のみ。
そして、僕の失恋の夜は終えた。
好きだったあの子に裏切られた、という遺恨を残して。
翌日、修学旅行の最終日に、今度は啓一がその子に呼び出された。
また騙すつもりなんじゃ、そんな危惧もあって僕は前日の事を話すか悩んだけれど、僕は黙っているほうを選んだ。
他人のことを貶めるようなことを、僕は言いたくなかったのだ。
僕は直接その後のやり取りは見ていなかったけれど、今度はきちんとした告白だったらしい。
好きだ、と啓一は告げられ、そして――
啓一はその告白を蹴った。
僕はその話に耳を疑った。
なぜ?どうして?
いたずらでも何でもなく、本気の告白だったはずだ。
啓一も、彼女の事が好きだったはずだ。
啓一にそのことを確認しても、笑って誤魔化され、本当のことを話してはくれなかった。
だけど、事態はそこで終わらなかった。
――幸城幸也は裏で色んな女の子に手を出しているらしい。
――他校の生徒を襲ってるところを、教師に見つかって止められたらしい。
修学旅行が終わって学校が始まった頃、急にそんな噂が持ち上がった。
突如として流れ始めたその噂に、僕は混乱した。
僕は混乱しながらも、それらの噂を否定した。
そんなことはしてない、何の根拠があってそんな噂が出回るんだ。
けれども啓一を除き、誰も僕を信じてはくれなかった。
そして噂の根源に辿り着いたころに、ひどい現実を見た。
噂を流していたのは、僕が好きだったあの女子のいるグループだったのだ。
どうやら、彼女が啓一に振られたのは、僕が彼女の悪評を触れ回ったせいということになっているらしかった。
なぜ、僕だけがこんなひどい仕打ちを受けなければならないのか。
僕はただ、騙されていただけなのに。
何も、悪いことはしていないはずなのに。
そんな思いで、それからの毎日を過ごすようになった。
噂を否定すればするほど、僕は自分を悪い状況に陥らせていくのが分かって、僕はそれ以上否定することもやめた。
真実を告げたとしても、状況が変わるとは思えなかった。むしろひどい悪あがきをしているように見えたと思う。
そうして気づけば、友人だと思っていた人たちにも見放されて、僕は孤立していった。
唯一残されたのは、僕の話を信じてくれた夜兎啓一のみ。
今思えば、啓一がいなければ僕はこの高校に進学することも無かったと思う。
そして中学三年になった春のある日、僕はひどい腹痛を患って救急車で病院に運ばれた。
診断の結果、ストレスによる胃潰瘍と診断された。
胃カメラに写された大穴に、僕はまるで心に大穴開いているようだと思った。
そのまま入院する羽目になって、僕は実感したのだ。
一人で過ごす病室がすごく快適で、誰かと過ごさなければならない教室がひどく窮屈なことに。
なんだ、単純なことじゃないか。
面倒事にならない為には、誰とも関わらずにいればいい。
この結論に至って、僕は病室で一人、泣いた。
今思えば、あの時流した涙にどんな意味があったのか、なんとなく想像がつく。
それはきっと、寂しかったから。
それはきっと、悔しかったから。
これから待ち受ける自分の人生が、寂しいものになると。
現状を好転させる方法が思いつかなくて、悔しかったのだと。
そんなことを思い出しながら、僕は現実に思考を戻す。
僕が霞さんに言い放ってしまった一言を思い出す。
――嫌いだ
その一言は、きっと彼女の僕に対する信頼を粉々にしてしまうだけの破壊力があったのだろう。
僕だってそこまで馬鹿ではない。あれだけくっついてまわられれば、僕に対する信用は少なからずあったはずだ。
たとえそれが勘違いだったとしても、僕の思い上がりだったとしても、僕が彼女を裏切ったのだという事実は変わらない。
僕が受けた裏切りと形は違えど、根底にある部分に変わりはない。
僕は、最低の人間だ。
自分の焚き火が消えないように必死に薪をくべていたはずなのに、気付けば誰かの大事なものまで一緒に燃やしてしまっている。
そして、気付いた時には全て灰になっていて、取り返すことすらできない。
いつの間にかその焚き火は燻って、ぷすぷすと不快な煙を上げていた。
もう、無駄なあがきはよそう。
霧沢さんはああ言ってはくれたけれど、所詮自分のようなものが何をしても無駄なのだ。
だったら、何かしたとしても全て無駄になるだけだ。
無駄なあがきなど、余計にみじめな想いをするだけなのだから。
僕は、ぼんやりとした頭で立ち上がって、ふらふらとその場を後にした。




