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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
そして僕は言葉に惑う
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第12話

 霧沢さんに引かれるようにして連れてこられたのは、階段の四階より上、屋上前の扉だった。

 封鎖された屋上への扉に背を預けて、霧沢さんはその場に座り込んだ。

 ぽんぽん、と隣の床を叩かれて、僕はそれにならって彼女と少し間隔をあけて隣に座る。


「・・・それで、何の用かな。霧沢さんまで僕に説教しようって言うの?」


「あー・・・んーと・・・どうだろう。結局そういうことになるのかな」


 そう言って霧沢さんはふぅ、と一つため息をついた。

 放課後の割と浅い時間なこともあって、四階の一年生たちの笑い声などの喧噪が聞こえてくる。

 まぁ、流石に屋上が封鎖されているだけあってこちらへ上がってくる生徒はいないようだが。


「あんまり夜兎くんの事悪く言わないであげてね。彼も、幸城くんのこと本気で心配して言ってくれてるんだって、わかってあげてほしいな」


 そんなの・・・・


「わかってるよ・・・そんなこと・・・」


 本当は、わかっている。

 自分が逃げているだけなのも。

 ただ臆病になっているだけなことも。


 全部、正しいことを言ったんだって、わかっている。

 それでも――


「僕は結局そういう人間なんだ。正論を突き立てられて、ろくな返しが見つからなくて、ただ反発してるだけなんだって、わかってる」

「だったら――」

「それでも、僕は今更この生き方を変えられないんだ」


 そう、変えられない。


 一度歪んでしまった価値観はそうそう直すことができないように、簡単には変えることができないのだ。


「僕はさ、ただ周りが楽しくやってるのを見てるだけでいいんだ。僕なんかがその輪の中に入ろうなんて、おこがましいことなんだよ」


「おこがましいなんてそんな・・・」


「別に誰かにそう思われなくたって関係無いんだ。僕自身がそう思ってるだけだから。皆で盛り上がってるところにこんな冷めた奴が居たって、場違いなだけだ」


「なるほど、これは重症だね」


 困ったような笑みで霧沢さんはこちらの顔を覗き込む。


「・・・そうだね、自分でももう手遅れなくらいに重症だと思う」


 僕はそんな彼女から目を逸らすように自白を続ける。


「僕は、結局自分を守ることで精いっぱいなんだ。誰かの為に割くような心の余裕なんてありはしない。だから別に友達もいらないし、誰かと繋がりを持とうとも思えないくらいに余裕の無い人間なんだ」


「でも、夜兎くんとは友達なんでしょ?彼とやり取りしてるような感じで、他の人とも接していればいいだけじゃないの?」


「啓一と友達、か・・・」


 夜兎啓一は確かに友人と呼べるような間柄であると思う。

 くだらないことをして言い合ったり、笑ったり。

 彼の優しさに僕は何度も救われてきただろう。


 でも――


「あいつはさ、本当にいい奴なんだ。僕みたいなやつでも、分け隔てなく接してくれる。昔からの知り合いだっていうのも、あるんだろうけどさ」


「だったら――」


 僕は口を開きかけた霧沢さんをまたもや遮って、言葉を続けた。


「友達とか友人ってさ、『対等な関係』であるべきだと思うんだ。そう考えると、多分僕らの関係は少し違う。僕はただ、啓一の厚意に甘えているだけ」


「厚意に甘えるだけなんてそんな・・・」


「あいつが僕のことを『友達』って呼んでくれてるから、僕も体裁上そう見えるように応対してるだけで、実際は対等でもなんでも無いんだ。僕が、あいつの厚意にただ甘えているだけで、返すものなんて一つもありはしない。こんなの、ただの寄生だよ」


 僕のこんな後ろ向きな発言に、霧沢さんはぽつりとこぼした。


「そんなことは無いと思うけどな」


「・・・・・・どうして?」


「本人に確認してみたらいいと思うよ。夜兎くんだって、幸城くんに救われたと思ってる一人なんだから」


 あいつが、僕に救われた?

 

「それってどういう・・・」


「さて、どういうことだろうね?詳しくは本人に直接、ね。だからちゃんと啓一くんと仲直りしてね」


 そう言ってほほ笑む霧沢さんは綺麗で、胃がちくりと痛んだ。


「まぁ・・・努力するよ・・・」

「うん、頑張って」


 そうして話が一区切りついたように見えて、僕は一瞬安堵しかけたが、彼女から「じゃあ次は霞さんの話だね」と続けられて項垂れた。

 やはり、そこも放っておいてはくれないらしい。


「まず幸城くんはデリカシーが足りなすぎるのです」


 人差し指をびしりと僕に突き立てて、そう言い放った。

 デリカシー、他人への配慮。


「・・・さっきと言ったと思うけど、僕は自分のことで精いっぱいで・・・」

「そんなことは言い訳でしかありませんっ」


 彼女の指が、僕の額にこつんと当たった。


「そもそもね、女の子がなんでお化粧するか、知ってる?」

「なんで化粧するか・・・・?」

「うん、何でだと思う?」


 一瞬、頭の中でいくつかの化粧姿の顔を思い出す。

 霞さんの濃すぎる化粧や霧沢さんによって手直しされた顔。

 そして、昨日の霧沢さんの化粧。

 僕は少しだけ考えて、思ったことを正直に言った。

 

「少しでも自分をよく見せたい、とかじゃないの・・・・?」

「そうだね、それもあると思う。でも本質の部分は違うんだよ」


 違う・・・?


「正確には『なりたい自分になるため』なんだよ」


「なりたい自分に、なる・・・・?」


「うん、そう。お化粧で隠したいところを誤魔化したり、見てもらいたい部分を強調したり、そうして自分を『作って』いくの。わたしはああなりたい、こうなりたいっていう理想を体現するために」


「でも結局それって、他人を騙してるようなものじゃないの?都合のいいように自分を隠してるだけじゃないか」


「もう、デリカシーが足りないっていうのはそういうところだよ」


 つんつん、と僕の額が再度小突かれる。

 彼女は「それに言ったでしょ、『なりたい自分になる為』だって」と言った。


「お化粧をするとね、不思議と変わった気がして自信がつくんだよ。んー、そうだね、役者が役に入るための準備みたいなもの、って言った方がいいかな」


「役に入るための準備・・・・?」


「うん、そう。自分が思い浮かべるなりたい人、をイメージしながら役作りしていくような感じかな。そうするとね、自然と性格も前向きになって変わっていけるものなんだ。幸城くんだって、アルバイトの時制服を着るでしょ?その時を思い出してみてほしいな」

 

「まぁ・・・制服は確かに着るけど・・・」


「その時、『これからお仕事しなきゃ』ってならない?失礼をしないように、って心掛けたりしない?」


「する・・・けど・・・」


「お化粧もそれと一緒なんだよ。内面を変えるにはまずは外見から、っていう感じかな」


 内面を変えるために、外見を変える。

 偽るためでは無く、自分を変えていくための手段。


「だからお化粧を見るとね、その人が何をしたいのか大体わかっちゃうんだ。霞さんが、あれだけ濃くお化粧してた意味もね」


「・・・僕にはよく分からないよ。その化粧と僕に何の関係があると――」


「ものすごくあるよ」


 霧沢さんは真剣な目つきで僕を見る。

 僕を小突いていた腕を下し、こちらに身を乗り出す。


「霞さんのお化粧が、どういう意味があるのかも含めて、全部関係ある。幸城くんには、その意味をきちんと理解してほしい」


「わかった・・・わかったからちょっと離れて・・・」


 近づいた霧沢さんから逃げるように、僕は身を引いた。

 霧沢さんかふわりと香ったいい匂いが、僕の胃を少し刺激した。

 彼女は「あ、ごめん」と言って元の位置に戻る。


「霞さんのお化粧は、すごく単純な理由なんだよ。多分女の子なら皆分かると思う」


「そうなんだ・・・」


 僕は引いていた身を元に戻して、再び封鎖された扉に背を預ける。


「うん、霞さんのお化粧はね、『自分が嫌いだ』って言ってるようなものなんだ」


「自分が・・・嫌い・・・・?」


「そう、自分が嫌いで嫌いで仕方がなくて、ああやって自分を偽ろうとしてたんだと思う。ほんと、そういう不器用なところは幸城くんとすごい似てるよね」


 僕と渡瀬霞が似ている・・・?

 それは一体どういうことだろう?


「でもね、昨日お化粧も普通に戻して、お洋服を買いに行って、幸城くんにこう言われたんだよ。『可愛い』って」


 一瞬、どきりと胸が跳ね上がる。


「で、でもそれは社交辞令的なもので――」

「じゃあ、可愛くないと思った?みっともないと、思った?」


「それは――」


 僕は、言葉に詰まった。

 確かにあの時僕は気が少し動転していたし、らしくないことを言ったとも思う。

 でも、あの時こぼした言葉は嘘では無かったはずだ。


「霞さんはね、変わろうとしてるんだよ。嫌で嫌で仕方の無かった自分を、自分なりに変えようと努力してる。あれだけ濃かった厚化粧を捨ててまで、ね。それってすごい勇気のいることなんじゃないかな」


「・・・」


 僕は、そんなところまで考えてもいなかった。

 たまたまそういう気分で、たまたま素顔で登校したのだと、そんな風に軽く捉えていた。

 霧沢さんの言葉を全て信じるわけじゃないけれど、そんな思惑があったとは微塵にも考えていなかったのだ。


「そんな事、全然気づかなかったよ・・・」


「もちろんわたしも霞さん本人じゃないし、絶対にそうと言い切れないよ。でも、何となくわかっちゃうんだ、そういうの」


「ふぅん・・・なんで?」


「それは・・・んー、わたしも一応同じ女の子だから、かな?」


「そういうものなんだ」


「そういうものなんですっ」


 ともかく、と霧沢さんは言葉を続けた。


「霞さんは今、嫌いだった自分を少しずつ受け入れ始めてる。それは全部、幸城くんのせいでね」


「僕の・・・せい?」


「そう、全部幸城くんのせい。この学校に入って、ずっと一人できたのに、幸城くんっていう人に出会っちゃったせいなんだ」


「・・・」


「幸城くんが、助けたなんて恩を売るような人じゃないことも、それで鼻を高くするような人じゃないことも分ってる。でも、だからこそ自分のしたことに責任を持って欲しいんだ」


 自分のしたことに責任を持つ・・・か。


「でも、もう遅いよ。霧沢さんだって聞いたでしょ、僕が霞さんのことはっきり『嫌いだ』って言ったの」


「もちろん聞いてたよ。でも、それも含めてちゃんと責任を取ってほしいんだ」


「それってどういう・・・」


「幸城くん、前に嫌な事があったって言ったよね。それですごい傷ついたって」


「ああ・・・うん・・・」


 それは、僕の中学校時代の思い出。

 嫌で嫌で仕方の無い、忘れたくても忘れられない思い出。


 今の捻じ曲がった自分を作った、思い出。


 そして霧沢さんは決定的な一言を言い放った。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「っ・・・・!」


 僕は、呼吸に詰まった。

 僕が受けたあの裏切りを、霞さんにしたというのか?

 僕は苦し紛れにこう言った。


「いや、でもあの時とは全然状況が違うし・・・」


「やっぱりわかってない。霞さんはね、幸城くんを信頼してたの、それで、幸城くんはそんな彼女を裏切ったんだよ。ただ一人、学校で出会った『自分の世界を変えてくれた恩人』に、切り捨てられたの。それってすごく悲しいことだと思わない?」


「そんなつもりは・・・」


「無かったって言うの?」


「・・・」


 僕は、よかれと思って言ったつもりだった。

 僕のような人間がそばにいては、邪魔だと思ったから。

 渡瀬霞という少女がこれから華々しい未来を作るためにも、居てはいけないと思ったから。


 でも、もし僕が受けたあの仕打ちを、彼女に味合わせているとしたら。


 それは、なんて皮肉な話だろう。


「幸城くんは、本当に霞さんのことが、嫌い?心の底から嫌いだって言える?それならそれで納得するしかないけど・・・」


「僕は――」


 そうして思い出す渡瀬霞の色々な姿。

 苗字が嫌いで名前が好きで、シャンプーを知らなくて、部屋ではジャージ姿で、素顔がすごい美人で、私服を持っていなくて、僕の後ろをひよこのようについてくる女の子。


 僕は、そんな彼女のことは本当はどう思っていただろうか。


 でも、だとしても・・・


「いや・・・でももう全部遅いよ・・・」


「嫌いだって、言っちゃったから?」


 うん、と僕は頷いた。

 一度出してしまった言葉はそう簡単にはひっくり返せない。

 失ってしまった信頼は、そう簡単には取り戻せないのだ。


「そんなことは無いと思うよ」


 霧沢さんは微笑みながらそう言った。

 どこか自信に満ちたその目に、僕は戸惑った。


「それってどういう・・・」


「さぁ?どういうことでしょう」


 うんしょ、と言いながら霧沢さんは立ち上がる。


「あとはゆっくり考えてみて。わたしにできるのはここまで」


 一人戸惑う僕を置いて霧沢さんはゆっくりと歩きだし、「そうだ」と立ち止まった。

 笑顔でこちらを振り向いて最後にこう言い残したのだ。



「今度また、皆で遊びに行こうね」


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