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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
そして僕は言葉に惑う
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第8話

 ――実は私、前から幸城君のことが・・・

 ――だますようなことしてごめんっ

 ――いや、私が幸城君のこと好きなわけないから

 ――だって私が好きなのは――

 

 ――幸城って、最低


「・・・しろくん・・・て」


 遠いところから声がする。

 距離とか、そういうのじゃなくて。

 それは、位相の違う空間から呼びかけられたような感じ。


「ゆきしろくん、おきて」

「ゆき・・・や・・・くん」


 肩をぽんぽんと叩かれたような気がして、僕はうっすらと目を開ける。

 

 目を開けて最初に見たものは、色素の少し薄い綺麗な瞳。

 まつ毛が長くて、そのまつ毛にかかるようにかかる金髪は薄く輝いているようだ。


「・・・」

「・・・」

 

 ぼんやりとした瞳でじっと見つめ返して、少しの間を置いて僕はそれが渡瀬霞の顔だと認識した。

 あれ・・・ああそうだ、待ち時間に少し寝ちゃってたんだった。


「幸城くん、呼ばれてるよ」


 まだ少しぼんやりとした頭で、電光の呼び出し番号を見やると、そこに赤く表示されている数字は【286】

 どこかで見かけたような気がして思い出してみると、それはまさに自分の整理番号だった。


「あ、やば」


 少しだけ眠って時間を潰そうとしたつもりが、いつの間にか大分時間が経ってしまったようだ。

 店内に掛けられたシンプルなアナログ時計はすでに四時半を過ぎていて、僕は慌てて立ち上がった。


「・・・っ」


 何かが飛びのく気配がしてそちらを見ると、霞さんがびっくりした顔でこちらを見ていた。


「あ・・・ごめん・・・」

「・・・」


 そういえばさっき結構近い位置に霞さんの顔があったのを思い出して、僕は謝った。

 そりゃあ位置的に突然立ち上がれば、誰だってびっくりする距離だろう。

 ふるふると首を振る霞さんの隣には、やっぱり霧沢さんが立っていて「やっと起きた」とばかりにこちらを見ていた。


「嫌な夢でも見た?」

「いや・・・別に・・・」


 不意に掛けられた霧沢さんの言葉に少しどきりとして、答えながらに反射的に胃を押さえていた。

 

 眠っていた際に思い出してしまった、嫌な記憶に蓋をするように、細く、深く息を吐く。


 大丈夫、他人と深く関わろうとさえしなければ、こんな思いは二度とすることは無い。


「それじゃちょっと行ってくるから」


 僕がカウンターに向かって歩き出すと同時に、端のカウンターから「286でお待ちのお客様、こちらへどうぞー」と声が上がって、そちらに向きを変える。


 そして、不意に感じた気配に僕が後ろを振り返ると、霞さんがぴたりと着いてきていて、その後ろに少し慌てた様子の霧沢さんが居た。


「いや、僕一人で十分だから・・・」

「せめ・・・て・・・みとど・・・ける・・・せきに・・・ん・・・」

「霞さん、流石にそれだと幸城君が・・・」


 見届ける責任、そんなものが霞さんにあるのだろうか。

 携帯を壊したのだって僕の責任だし、霞さんがそれを気にする必要などありはしないはずである。

 でも僕はいちいち断りの言葉を考えるのが面倒になって、「好きにしたら」と答えた。


 そうして呼ばれたカウンターまで行くと、待っていたのは僕が携帯を預けた女性スタッフがそこに座っていて、仕切りで区切られたカウンターの上には僕の壊れた携帯と、新品らしいエメラルドグリーンの携帯がそこにあった。


「大変お待たせ致しました。どうぞおかけください」


 その女性スタッフの言葉を受けて、二つ並んで用意された椅子の片方に僕が腰かけると、二つの気配が背後に立つ。

 どうやら霞さんだけでなく、霧沢さんも同伴するつもりらしい。

 僕は逃げ場をふさがれた気がして、少し居心地が悪かった。


「それでは幸城様――」


 そして、その女性スタッフによる説明が始まった。

 まず、僕が携帯の保証プランに入っていたことが告げられ、費用は抑えられるとのこと。

 携帯は修理するのではなく、在庫品と交換したほうが早いとのこと。

 そして、機種が比較的新しいとのことで、このエメラルドグリーンの在庫なら残っていたとのこと。

 もし色違いがいいのだったら、時間をもらえれば用意できると言っていたが、僕としては別に色はどうでもよかったので、それでいいと答えた。

 そのまま説明が続けられ、たまたま電話帳などのバックアップが外部メモリに残っていたこともあって、交換作業はすんなりと進んでいった。

 まぁ、メッセージアプリなどの外部アプリの復旧などは自分でするしかないようだが、それは仕方が無いだろう。

 

 そして、話は壊れた方の携帯へ


「それでは、こちらの端末は処分ということでよろしいですか」

「はい、大丈夫です」


「あ・・・の・・・」


 それまで黙っていた後ろの一人から、声が掛けられた。

 座った状態から体を捻って後ろを向くと、そこには不安げな表情で胸を押さえる霞さんが見えた。


「もし・・・よかっ・・・たら・・・それ・・・」

「あの・・・もしよろしければその壊れた携帯、譲っていただくことはできませんか?」


 霞さんの言葉を続きを代弁するかのように、霧沢さんまで言葉を発した。


 この壊れた携帯を・・・譲る?


「無理を承知でお願いします。その壊れた携帯、霞さん・・・この子にとって大事な思い出の携帯なんです」


 霧沢さんの言葉にこくりと頷く霞さん。

 思い出・・・?

 だとしたらそれは嫌な思い出の方ではないのか?

 僕は男子三人組に言い寄られて震えていた霞さんを思い出した。

 もし思い出になるのだとしたら、この携帯を見た途端にその時の恐怖などの感情を思い出すことにならないだろうか。


 そんなもの、僕だったらお断りだというのに。


「あの・・・ですが原則的に交換の場合、旧品はこちらでお預かりして処分することに・・・」

「お願いしますっ」

「おねが・・・い・・・しま・・・す」


「・・・」


 困る女性スタッフと、頭を下げる霞さんと霧沢さん。

 なんでそこまでして、この壊れた携帯を欲しがるのだろう。

 僕には理解できない。


「お困りですか?」


 不意にカウンターの向かい側から、優しい男性の声が聞こえた。


「あ、副店長・・・実はですね・・・」


 僕は副店長と呼ばれたその男性を見た。

 清潔感を崩さないように手入れされた柔和な顔と、しっかりと着こなされたスーツ。

 僕の中でイメージとしてある、「できる上司」を体現したような男性が、その女性スタッフの話を聞いている。

 そして一通り話を聞き終えた副店長は僕らの方を見ると、優しく微笑んだ。


「その携帯を欲しがっているとのことですが、大丈夫ですよ」

「ほっ、本当ですか!?」

「あっ・・・りがとう・・・ござい・・・ますっ」


「お客様はそれで大丈夫ですか?」

 副店長はそのまま僕を見る。僕はその顔と、困った顔の女性スタッフを見比べながら観念した。


「まぁ・・・大丈夫です。そちらは大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。あくまで紛失したということで処理させていただきますので――」

 ただし、と副店長は続ける。

「私どもは何も見ていません。何かありましても責任等は一切負えませんのでその点のみご了承ください」

「はぁ・・・」


 つまり、何かあったら自己責任で、ということか。

 後ろを振り返って様子を見てみると、嬉しそうな表情の女子が二人、そこにいた。

 悪用されるようなことは多分無いだろうし、別に大丈夫だろう。


 まったく、こんながらくたを欲しがる人の気持ちがよくわからない。


 

 そんなこんなのやり取りがあって、僕らは携帯ショップを後にした。

 僕はまだ保護フィルムが貼ってある携帯の電源を入れると、そこに表示される時間を見る。

 17:02

 暖かくなって陽が伸びたとはいえ、もう充分夕方と言っていい時間だ。

 

「そろそろ僕は帰るよ」

「うーん、そうだね・・・いつの間にかいい時間になってたし、そうしようか」

「う・・・ん・・・」


 名残惜しそうに答える霧沢さんと、僕の壊れた携帯を大事そうに抱えて頷く霞さんが、なんだか印象的だった。

 そうだ、と霧沢さんが言った。


「せっかくだからさ、連絡先交換しとこうよ」

「連絡先・・・?」

「うん、これも何かの縁だと思って、ね?」

「別にいいけど・・・」

「ほら、霞さんも一緒に」

「う・・・ん・・・」


「・・・」


 そうして僕らは連絡先を交換した。

 ついでに、とばかりにメッセージアプリもその場でダウンロードし、そちらでも連絡先を交換した。

 少し驚いたのは、壊れた方の携帯に残っていたアプリの過去のメッセージやグループなどが、まるまる残っていたこと。


 一応アプリのテストとして軽くメッセージを送り合ったりして、その日はそれで別れた。

 霧沢楓と渡瀬霞という、僕の貧弱な電話帳に二人の名前を刻んで――


 あと、もちろんちゃんと、しっかりと啓一へ嫌味ったらしく【田植えお疲れ様】と忘れず送った。


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