第5話
くそ、なんで僕はこんなにも動揺しているんだ。
だって相手はあの渡瀬霞だぞ?
ギャルで宇宙人で、学年一、いや学校一の変人だぞ?
そんな人間を相手になぜどきまぎする必要があるんだ。
そうだ水を飲もう。
この熱くなりかけた頭を冷やすんだ。
だから、僕は苦し紛れに残っていた水をがぶ飲みした。
喉を通っていく冷やされた液体が、体を一気に冷やしていく。
けれども、冷やされたのは喉から下だけで脳を冷やしてはくれなかった。
代わりに得たものといえば、お腹の満腹感だけ。
たぽたぽになった胃は相変わらずに固形の食料を求めていたけれど、ひとまずはこれで何とかなるだろう。
熱くなった顔は放っておけばそのうち収まるはずだ。
「そういえばもうお昼まわっちゃったねー。ご飯とかどうしよっか?」
服選びで満足したらしい霧沢さんが、にこにことそう言った。
「う・・・」
なんて、間の悪い。
たった今僕は水をがぶ飲みしたせいで、『お腹は空いているのに食欲がない』という状況に陥っているというのに・・・
「二人はお腹空いてない?」
「・・・」
「・・・」
可愛らしく首を傾げる霧沢さんに、僕と霞さんは言葉に詰まった。
「あ、あれ?お腹空いてるのわたしだけ?」
きょどきょどと僕らを見比べる彼女はやっぱり可愛くて、僕は逃げたくなる衝動に駆られた。
そんな霧沢さんのワンピースの袖をちょいちょいと引いたのは霞さんだった。
「あ、どうしたの霞さん?」
「らー・・・」
「らー?」
「めん・・・」
「らーめん?」
そうして霞さんが指差したのは、向かいにあるラーメン屋だった。
まさか、ラーメン屋に行きたいというのか、この娘は。
暖簾にかかるのは「家系ラーメン」の文字。
お洒落もへったくれもないセンスだ。これに対し、霧沢さんはどんな反応を示すのか。
「ラーメンかぁ、そういえばしばらく行って無かったなぁ。うん、行こっか」
と、なぜか上機嫌。
なぜだ、こういうとき女子といえば「別なのにしない?」などと戸惑うものではないのか?
カロリー塩分たっぷりのそのチョイスに、難色を示すものでは無いのか?
「幸城くんもお昼はラーメンで大丈夫?」
「あ・・・」
と、難色を示すのは僕の方で、これではまるで僕の方が女子のようではないか。
「別なところにする?わたしは皆で食べれるならどこでも大丈夫だけど・・・」
「ああ、いや・・・大丈夫・・・ラーメンでいいよ・・・」
「らー・・・めん・・・きら・・い?」
「いや、まぁ好きだけど・・・」
「じゃあ決まりだね、さっそく行こっか」
結局、その場に流されるようにラーメン屋に行くことが決まってしまった。
僕はやはり、こういう状況でも自分の主張を言えずにいる弱い人間なのだ。
そうして水で膨れたお腹を引きずって、いや、何だか上機嫌な彼女達に引きずられてラーメン屋の暖簾をくぐった。
カウンターから威勢のいい挨拶を受けて、僕らは食券機の前へ群がる。
僕はここでも一番安い『とんこつ醤油ラーメン』のボタンを押して(それでも七六〇円、高い)、二人へ食券機の前を譲る。
二人は仲良くあれにしようかこれにしようか、と悩みながら僕にこう振ってきた。
「この『特製』って何が違うの?」
そう聞いてきたのは霧沢さんで、僕はそれに対して「チャーシューとか玉子とか、トッピングがちょっと豪華なやつ」と答えた。
「うーん、トッピングかぁ・・・普通のでいいかな、わたしは。よし、普通のにしよう」
そしてお金を入れて、僕と同じとんこつ醤油ラーメンのボタンを押した。
霞さんは悩みながらも、『一番人気!』のポップがついた特製とんこつ醤油ラーメンのボタン(九六〇円、高い)を押した。
そしてお好きな席へどうぞ!と元気よくカウンター向こうから促され、空いているテーブル席へ座った。
やっぱりここでも僕の隣は霞さんで、対面には霧沢さん。
そして少し遅れて店員が食券を預かりに来た。
「お好みはございますか?」
と食券を受け取ると同時に若い男性店員に聞かれ、僕は、
「ああ、えっと、普通で・・・」
と答えた。
悲しきかな、こういうときでもやっぱり僕は『普通』なのであった。
そんな僕らのやり取りに戸惑うのは対面にいる霧沢さんと、隣に座る霞さんだった。
「お好み・・・?」
ああ、そうか、こういうラーメン屋、来たことが無いのか。
僕はどう答えるべきかと悩んでいると、その店員に助けられた。
「はい、お好みというのはですね――」
そうして店員から説明を受ける。
味の濃い薄い、麺の固め柔らかめ、油の多め少なめ。家系ラーメンというのは大体この三種を選べるシステムになっているのだ。
店員から説明を受けた霧沢さんは、
「それじゃあ味は薄めで・・・油は少なめでお願いできますか?」
「はい!薄め少なめですね!かしこまりました!そちらのお客様はいかがしますか?」
そうして振られた霞さんは小さく「あ・・・じ・・・こい・・・め・・・で・・・」と呟いた。
しかし、その男性店員にうまく伝わらなかったようで、
「あ、ええと・・・」
と、戸惑いの様子。
「あじ・・・こっ・・・げほっげほっげほっ」
先ほどよりも声を出そうとしたせいか、急に咳き込んでしまう霞さん。
まぁ、仕方ないか・・・
僕は咳き込んで喋れない霞さんの代わりに店員へ伝えた。
「味は濃い目だそうです。えっと他は・・・?」
「ふつ・・げほっげほっ」
「普通で大丈夫だそうです」
「はい!濃いめですねかしこまりました!」
まったくもう、無理に声を出そうとするから・・・・
「よろしければ紙エプロンは使いますか?」
紙エプロン・・・?
ああそうか、汁はねを気遣ってくれているのか、と気づいた。
霧沢さんもそうだし、霞さんにいたっては先ほど服を買ったばかりだ。
だから僕は、
「それじゃあ二つお願いできますか?」
「はい、かしこまりました!少々お待ちくださいませー!」
元気のいい接客用語と共に去っていく男性店員を見て、僕は羨ましいと思った。
あれだけ元気よく僕も接客できたのなら、アルバイト先でもきっと重宝されることだろう。
「二つって・・・三つじゃなくて?」
「ああうん、どうせそんなに高い服でも無いし・・・もしかして二人はいらなかった・・・?」
「あ、そっか、わたし達の分だったんだ。やっぱり優しいね、幸城くんは」
「・・・っ」
ぐさっと、きた。
ああもう、なんでそういう恥ずかしい台詞をさらっと吐けるのだ、この生き物は。
そうして僕が恥ずかしさと気まずさで小さくなっていると、店員が紙エプロンを先に届けてくれた。
「それじゃあエプロンつけてあげるからこっちへおいで、霞さん。髪もまとめてあげるから」
霧沢さんの言葉に頷くと、霞さんはそんな彼女の隣へ移動する。
そうして紙エプロンを付けてもらったり、髪をまとめてあげる彼女達見ていると、まるで仲のいい姉妹のように見える。
無論、世話をする霧沢さんが姉で、世話をされる霞さんが妹。
見た目で言えば完全に逆だと思うのだが、それらのことは恥ずかしくて口には出せなかった。
あと、ここで思ったのが、美少女二人が正面に座っているこの状況についてだ。
相変わらず逃げ出したい気持ちがどんどんと強くなっていくのが自分でもよく分かる。
正直に言って、隣に座られるのと正面に座られるのどちらがいいか、と聞かれたら、僕は隣に座られた方がはるかにマシだと言い切れる。
だって、隣だったら顔を見なくて済むのだ。
なのに正面に座られると、嫌でも二人の顔を見ることになる。
二人の顔が嫌いだと言いたいわけでは無い。むしろ好みの方だと言っていい。でも、だからこそ僕は自己保身の為に顔を逸らさずにはいられない。
くそ、こうなったのも全部啓一のせいだ・・・
再び幼馴染の友人の顔が浮かんで、げらげらと笑っているのが見えた。
僕はそれにドロップキックをかます。
そして倒れ込んだところに、足を掴んでジャイアントスイング。
もちろん、そのまま場外へ投げ飛ばしてやった。無論全部脳内で。
そうして頼んでいたメニューが届き、「いただきます」と手を合わせてそのまま少し遅い昼食にありついた。
少し驚いたのは、渡瀬霞の食事の様子だった。
霧沢さんが音をたてないように控えめにラーメンを食べていたのはまぁ、この際置いておくとしよう。仮にも年頃の女の子なのだ。
でも、霞さんの食べ方は、なんというかその・・・上品なのである。
絵になる、と言った方がいいのか。
ラーメンという多少乱暴さが許されるメニューにも関わらず、優雅に食べるのだ、これが。
そういえば、霞さんが食事をとっている姿というのは初めて見る。
いつも昼休みはどこかいなくなるし、間食しているところも見たことは無かった。
だからこそ、少し驚いたのだ。
そうしていつの間にかスープまで全て飲み干して、彼女は満足そうに頷いた。
「おい・・し・・・かった・・・」
ええそうですか・・・僕なんかこの状況についていけなくて、味なんてよくわからなかったよ・・・
がぶ飲みした水と、味の分からないラーメンを無理に食べたせいで、苦しかった。




