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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
そして僕は言葉に惑う
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第4話

 僕が再び彼女達と合流したのはさらにその一五分後、時刻にして約一〇時四五分。


 遅くてもいいようにとゆっくりと飲んでいたアイスコーヒーはまだ半分残っていて、もしコーヒーが無くなってもいいように、と思って薬を飲むために一口しか口をつけていないお冷は汗をかいていた。


 僕がぼーっと天井を眺めていたら、こん、こん、と控えめにガラスがノックされた。

 半ばびっくりしながら音のした方を見ると、困ったような、申し訳無いような微妙な顔を浮かべている霧沢楓の姿がガラスの向こうに映っていた。そしてその裏側に隠れているらしい金髪娘も。

 こうして見ると、やはり渡瀬霞は身長がある方なのだなと思う。

 

 僕は二人の姿を確認すると、冷たいアイスコーヒーを一気に流し込んむ。

 お腹と喉が一気に冷たくなったので、流石にお冷まで飲むのは諦めて席を立った。

 トレイとグラスを返却口に返し、またいらっしゃいませとお辞儀をしてくれた店員に軽く頭を下げると外へ出る。


 やはり、少し暑い。パーカーを着てきたのは失敗だったか・・・


 そうして先ほどのガラス席の裏側、彼女達の方へ向かう。彼女達も僕の姿を確認してこちらへ歩いてきた。

 霧沢さんにへばりつくように歩く霞さんが、隠れ切れていなくてなんだか滑稽な二人組に映った。


「お待たせ・・・しました・・・」

「あ、うん・・・」


 なぜか視線を逸らしながらそう言う霧沢さんの表情は、暗い。

 また謝られるのかなと思っていたところで、霧沢さんはあの、と申し訳なさそうに言った。

 僕は視界の視界に端にちらちらと映る、赤いスカートに若干嫌な予感を覚えながら言葉の続きを待った。


「これだけ待たせておいて、ものすごく、とても、非常に申し訳ないんだけど・・・」

「うん・・・」


「服を、見に行ってもいいかな・・・?」


 霧沢さんは、自身の陰に隠れていた霞さんをぐいっと差し出す。


「・・・」


 頭は、確かに綺麗にメイクアップされていた。

 髪は櫛でとかしたのか整っていたし、しっとりした肌は白くて綺麗に見える。

 切れ目の瞼にかかるまつげに、小ぶりの鼻、恥ずかしそうにきゅっと結んだ唇はほんのり艶があって色っぽい。

 

 はっきり言おう、ものすごく美しい。


 でも、その感想を覆すのが、やはりその服装。


 まだ、制服姿のままだったのだ。


 ブレザーとリボンはどうやら置いてきたらしいが、白いブラウスに見慣れた赤いタータンチェックのスカート、靴は学校でよく見る茶色のローファー。


 おかしい、化粧を直すついでに着替えてくる話ではなかったのか?

 僕が待った四五分は一体どこへ消えたのだろう。


「あのね・・・驚かないで聞いてほしいんだけど・・・」

「・・・うん」


「私服が、一着も無かったの・・・」


 私服が・・・無かった・・・?


「うん・・・生活最低限の服はあったんだけど・・・外に出ていけるようなものが制服しか無くて・・・それで、その・・・」


「服を、買いに行かせてくれと・・・?」


「うん・・・」


 恥ずかしそうにもじともじとするのは霞さんの方で、申し訳なさそうに俯くのは霧沢さん。この反応、普通逆じゃないか?


 でもまぁ、それで時間が潰せるのならばかえって好都合だと考えるべきだろう。

 別に携帯など、後でもいい。


「うん、大丈夫。どこへ行けばいい?」


「ホントっ!?ありがとう!幸城くん!」


 ぱぁっと花が開くように笑顔になる霧沢さん。

 この子は感情が顔に出るタイプのようだ。


「というか、僕なんかが行っていいのかな・・・?」


「もちろんっ!さー選ぶぞー!おー!」

「あ・・・う・・・」


 対照的な二人が仲良く手を繋いで歩いていく。

 この二人、案外相性いいのかもしれない。


 そうして僕にとって、また地獄のような時間が始まったのだ。


 胃薬を飲んだはずの胃が、僅かに軋みをあげた気がした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そして現在、なぜだが僕は男物の服コーナーにいた。

 正確な時間は今は分からないが、さっき見た店内の時計ではこの店に着いてからもうすでに二時間が経過していたと思う。


 辛い、辛すぎる・・・


 場所はこの前啓一に服を買ってきてもらった大手の服屋。

 安さとそこそこの品質で有名なブランドだが、大手だけあって店内はかなり広い。


 女の子の服を選ぶには少しお洒落度が低いようにも感じるが、それに関しては色々と理由があるようだ。まぁ、僕としてはショッピングモールにあるキラキラしたイメージの店舗を巡るよりは全然マシと言っていい。


 この店に着いた最初の方はまだよかった。

 いや、それは今の状況と見比べるとマシなだけであって、女の子と服を買いに出ているというこの状況自体はやっぱり僕にとってはハードルは高い。


 だから、順を追って説明しようと思う。


 まず、三人で店内に入って、まっすぐ女性物売り場へ向かった。

 免疫の無い男子としてはこの時点で辛いものがあったのだが、これはどう、あれはどう、と数々の服を見せられて、僕はいいんじゃないかな、と控えめに答えてきた。


 そして霧沢さんはそのうちの何着かを選んで霞さんに持たせて試着させた。

 求められる感想についても、いいんじゃないかなとしか答えることができないボキャブラリーの少なさは、もはや自分でも呆れるほどだ。


 そうして僕らは売り場と試着室を何度も何度も往復した。

 繰り返される試着に、どきりとした場面もたくさんあった。

 初夏らしい薄手の服装はともかくとして、へそ出しの服を見た時は流石に冷や汗をかいたものだ。


 そして、そこへ若い女性店員が合流した。


 そしてそこから始まってしまったのだ。

 着せ替えカスミちゃん人形が・・・

 

 僕としては最初、後は霧沢さんと店員に任ればいいと安心したのだが、結局離してくれなかったのだ。

 あれもいい、これもいい、これはどう、これはどう、これなんかどう。

 

 徐々にヒートアップしていく二人の服選びに、僕はもうどうにでもなれと思っていた。

 でも、行きついてしまったのだ。健全な男子ならば誰でも恥じらうある存在に・・・


 それが、下着。


 可愛らしいピンクの下着を片手に、これどうかな、と鼻息荒く感想を求められたときはもう汗という汗が止まらなかった。


 だから、僕は制止を振り切って逃げた。

 この戦略的撤退に関しては誰にも文句は言わせるつもりは無い。


 なお、当の本人である渡瀬霞はもはや自我を失ったように人形化しており、『カスミちゃん着せ替え人形』というネーミングセンスからもその様子を察してほしいところでもある。


 そして現在へ戻る。


 僕はもう何周したか分からない店内で、何度手に取ったか分からない半袖シャツを見ながらため息をついた。


 きつい・・・

 帰りたい・・・

 お腹すいた・・・


 なお、一番辛いのが最後の空腹。

 胃潰瘍を経験したことがある人ならば分かると思うが、一度穴のあいた胃と言うのは非常に繊細になっているのだ。

 治っているのはあくまで穴だけで、精神的な要因だけではなく空腹に対しても痛みを訴える。


 空腹で痛む胃を抑えて、僕はふらふらと店内を歩き回る。

  

 せめて軽い食料など、何かしら胃に落とし込めば自然とやわらぐと思うのだが、彼女らに声を掛けずに店外へ出るのはしのびない。

 かと言って声を掛けに戻れば捕まるのは自明の理。


 やはり、こういう時に遠隔的に連絡が取れる携帯というのは必須だと思った。


 いや、待てよ。外に自販機があったはずだ。

 そこで水を買ってくればいいだけではないか。


 そう思い立った僕は店外へ向かい、入り口脇の自販機で一一〇円を入れてミネラルウォーターを購入。

 胃痛が収まることを願いながら、冷たい液体を一気に流し込む。


 半分ほどを飲み干したところでキャップを閉めた。

 後ろから声を掛けられたのはそんなタイミング。


「あ、いた!」


 聞き覚えのある声に振り返ると、るんるんとこちらへ歩いてくる霧沢さんが姿が映った。その表情はまさに満面の笑みといったところか。


「ごめんね、待たせちゃって。でもそれに見合うだけの結果になったから安心して!」

「あ、うん・・・」

「それでは、どうぞっ」


 すすすっとスライドするように体をどける霧沢さん。


 そして、そこに立っていた渡瀬霞の姿を見て、僕は固まった。


 かしゃっと音がして、足元を見やる。

 半分水が残っているペットがそこに転がっていて、一瞬遅れてそれが自分がさっきまで手に持っていたものだと気づいた。


「うんうん、いい反応」

「あっ・・・いや・・・」


 弾むような声に反応して、僕は慌ててペットボトルを拾う。


「はい、それでは一回転どうぞ」


 恥ずかしそうにもじもじとしながら、ゆっくりとその場で一回転する霞さん。

 僕はそれを、息を飲んで見守った。


 薄いグリーンのカジュアルな半袖ブラウスに、足のラインが浮き出る細身の黒い八分丈パンツ。

 首元のボタンは外されていて、そこからちらりと見える鎖骨は控えめに言ってもかなり刺激的。

 足元はいつものローファーだけど、ぱっとみて靴下は見えない。

 おかげでくるぶしから上が少し開いていて、白い肌が対照的な黒い裾へと収まっている。


 いつの間にか髪型も少しアレンジされており、サイドから後ろにかけてくるんとまとめられていて、それが垂れるロングヘア―に立体感を出していた(ロープ編みと言うらしい)。

 おかげで普段は髪に隠れている耳がむき出しになっていて、その耳が真っ赤に染まっているのがわかった。


 素顔が大人びた印象であるのは知っていたけれども、服装や化粧も含めて、さらに大人びた美女へと進化していたのだ。


「どうかな?可愛い?」

「あ、えっと・・・その・・・」

「・・・・っ」

「さぁ、素直な感想を吐き出すのです」


「うん・・・かわ・・・いい・・・と思う」


 必死に紡ぎだす言葉と共に、警告を出すような胃痛がきりきりと反応した。

 おかしいな、薬は飲んだはずなのに・・・


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