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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
そして僕は言葉に惑う
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第3話

「そういえば褒めるで思い出したけど・・・」

「あ、うん」


 僕は気づかれないように胃をさすりながら、霧沢さんの言葉に返事をする。


「霞さんの髪、綺麗になってたの、気付いた?」

「あー、うん、一応・・・」


 気づいたのは保健室で抱き着かれた時なのだが、それは恥ずかしいから言わないでおく。


「ちゃんとそれも褒めてあげた?」

「うっ・・・それは・・・」

「駄目だよー、もう。分かってもらえたとは思うけど、褒められるとやっぱり嬉しいものなんだよ?褒められると、もっと頑張ろうって思えるし」

「うん・・・・頑張る・・・」

「うん、頑張って。そうすれば霞さんももっともっと可愛くなるはずだから。後はメイクももっと磨けば、うんと綺麗になると思うだけどなー」

「あー・・・やっぱり女子から見てもやりすぎだと思うんだ」

「流石に、ね。私なんかが口出しするのもどうかと思うんだけど、素材がいいのに全部消されちゃってるというかなんというか・・・、でもなぁ・・・なんだかこだわりがあるようにも見えて、どうにも言いずらいんだよね」


 そう言って苦笑いする霧沢さんどこかやりきれなそうで、他人の心配ができるあたりやはり優しい性格の持ち主なんだろう。

 まぁ、おせっかい焼きなだけかもしれないが。


 そんなこんなを話しているうちに、気づけばもう時刻は十時の一分前を示していた。

 流石に、遅い。

 いくら啓一でも、四人で出掛けると提案したのは彼らしいし、そこに女の子までいるというのに遅刻することは無いと思う。普段から遅刻魔の霞さんは別として。

「あ」

「ん?」

 そう言ってハンドバックを漁り、携帯を取り出す霧沢さん。

 普段は制服によって隠されていた腕の白さが、眩しい。

 そしてその画面をテンポよくいじると、固まった。


「連絡、来てたりした?」

「あ、うん・・・五分前に、夜兎くんから・・・」

「まさか、遅刻するって・・・?」

「ううん、そうじゃなくて・・・」

 そうして僕に恐る恐るその携帯画面を見せてきた。

 綺麗に磨かれたディスプレイに映っていた文字は――


【今日は実家の田植えの手伝いすることになったから後はよろしく。頑張れ】


 ・・・は?


 実家の田植え・・・だと・・・?


「た、大変だね・・・実家の手伝いなんて、え、えらいなー、あはは・・・」


 違う、そんなわけあるはず無いじゃないか。

 だってあいつの父親、日系とは言えアメリカ人だぞ?母親だって普通の主婦だし、そもそも実家が農業なんて話は聞いたことが無いし、あったとしても手伝いなんて今まで一度だって行ったことが無いはずだ。


 くそ、これはいよいよもって啓一に嵌められたことになるじゃないか。

 大体なんだよ頑張れって、まるで僕に見せることを前提とした文章じゃないか。


「と、ということは後は霞さんだけだね・・・」

 いそいそと携帯をしまう霧沢さんの声が、若干裏返っていた。

 この様子では霧沢さんも啓一に騙されていたようだ。


 脳内で跳び膝蹴りと食らわせたはずの啓一の顔がまた浮かんで、してやったり、と言わんばかりに歪む。

 相変わらずサムズアップをしていたが、徐々に手首が回って、親指が下を向く。


 が・ん・ば・れ


 うるさい、黙れ。

 僕はそんな啓一の後ろに回って胴体に腕を回すと、ジャーマンスープレックスをかました。無論脳内で。


「あ」


 とまた、霧沢さん。

 僕がそんな彼女の一言に現実に戻ってくると、霧沢さんは別な方向を向いていた。

 なんだ?そちらに何かあるのか?

 そう思いながらも僕をそちらを向くと、学校で見慣れたもう一人の女子の姿が、こちらに向かって歩いてきていた。


 もう一度言う、学校で見慣れた女子がそちらから歩いてきたのだ。


 相変わらず厚い化粧に艶が戻りつつある長い金髪。口元はマスクをしていないが、なぜだか唇だけは何も塗っていないようにも見える。

 何より見慣れているのがその服装。

 白いブラウスに紺のブレザー、赤を基調に白いターンチェックのスカート、胸元には赤いストライプのリボン。


 一言で言うのならば、学校の制服。


 な・・・


 啓一の嘘に追い打ちをかけるような現実が、そこにあった。

 いや待て、落ち着け。

 確か生徒手帳にあったはずだ、『校外でも制服を着用し、本校生徒としての自覚を持つこと』と。

 だとしたら間違っているのは僕ら私服組のほうではないか?

 正解なのは渡瀬霞の制服の方で、私服である僕たちは学生としておかしい姿なのだと。

 いや・・・でもそうしたら私服を買う必要すらなくなるわけで・・・


 混乱しつつある頭で、恐る恐るもう一人の私服姿である霧沢さんを見やると――


「もう・・・我慢・・・できない・・・」


 拳を固めて、ぷるぷると震えていた。

 そんな僕たちの様子など知らないように、渡瀬霞は僕たちと合流していた。


「おま・・・た・・・っ!?」

 口を開くと同時に、その肩をがしっと掴まれる霞さん。

 勿論、肩を掴んだのは僕ではなく、霧沢さん。


「あ・・・え・・・っ?」


 まだ弱々しいが、確かな声で戸惑いの色を表現する。

 俯いていた霧沢さんの顔が、上がった。そしてこう言ったのだ。


「霞さん!お洒落をしましょう!」


「お・・・しゃ・・・?」

「そう!お洒落!身だしなみじゃなくて、お洒落!」

 ぐわんぐわんと肩を揺らしながら言葉を発するのは霧沢さんで、その気迫に押されるように戸惑うのが霞さん。


「まずメイクを直しましょう!そして服!制服じゃなくて、勿論私服!霞さんは可愛いんだからもっと自分を磨かなきゃダメ!絶対ダメ!皆が許しても私は絶対に許さない!」


 ・・・どうやらまた渡瀬霞という少女は、霧沢楓という少女の変なスイッチを刺激したようだ。

 僕には正直理解に苦しむ。


「あ・・・え・・・う・・・ん・・・?」


 どうにもスイッチを入れた自覚が無いらしい霞さんが、頷きながら首を傾げるといった器用な芸を見せる。そして矢継ぎ早に霧沢さんは続けた。


「そうと決まったらまずは一回部屋で戻りましょう!今日という一日を素敵に過ごすために!さぁ!行きましょう!!」


 一人置いて行かれそうになった僕は咄嗟に言葉を紡いだ。


「あの・・・そうしたら僕はどうすれば?ついていった方が・・・いい?」

「だ、ダメっ!その・・・着替えとかあるしっ、とにかく準備中の女の子を覗くのはマナー違反ですっ!」

「そ・・・そっか・・・」


 女の子って、難しい・・・


「それじゃあ僕、あっちのカフェで待ってるから・・・」

「ごめんっ!ありがとう!なるべく早く戻ってくるからっ」

「ごゆっくり・・・」

 腕を引かれて連れ去られていく霞さん、その顔はまだ状況についていけずに戸惑っていて、僕はとある童謡を思い出していた。

 彼女が無事に帰ってこれることを祈るばかりだ。

 心の中で合唱を捧げると、僕は一つの事を思い出していた。


 そういえば髪を褒める暇も無かったな・・・


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そんなこんながあって、僕はこの辺りで一件しかないカフェで時間を潰していた。

 窓際の席に陣取り、一番安いアイスコーヒーをストローで吸う。


 平日ならば学生でそこそこ席が埋まっているのだが、今は祝日。加えて言うのならばこの地域はなんちゃって都会で、時刻はもう十時半を回ったところ。

 結果として中途半端に客はいるものの、僕が窓際の四人用のテーブルに座っていたとしても文句は言われないようだ。

 休憩中の家族やカップル、祝日だというのにスーツを着た大人もいて、各々に憩いの時間を過ごしている。


 僕はそんな姿を横目で捉えながら、また一口、ストローから黒い液体をすする。

 ずずずっと音を立てて、気づいたら透明な液体をすすっていた。


 しまった、無くなってしまった。

 ゆっくり飲んでいればそのうち来るだろうと思ってSサイズを頼んだのだけれど、もうちょっと考えるべきだったのかもしれない。

 冷静に考えれば女の子の支度は時間がかかるものだと聞いたことがあるし、何より時間を潰そうにも携帯も無いし、本も用意していない。

 唯一気を紛らわせてくれる飲み物が無くなって、僕は急に心細さを感じた。


 うわ・・・どうしよう・・・


 僕はそこで落ち着くように一度深呼吸して頭を切り替えた。

 よし、今日の予定を考えよう。


 今日の僕の目的は携帯を買い替えることにある。

 でも多分、携帯を買い替えるくらいじゃ解放してくれないよな・・・


 何より、せっかく準備してくれている彼女達に対して、早々に逃げだすのはなんだか失礼な気もする。

 しかし、かといって遊びまくれるほどお金も用意していない。

 一応親からも携帯を買い替える為にお金は持たされているが、たとえ余らせたとしても、必死に働いて稼いでくれたお金を遊びに使うのは両親への冒涜になる気がする。


 かと言って、お金を使わずに遊ぶ方法など多くは知らない。

 自分の部屋に戻れば何かしらあるかもしれないが、まだ親しみの薄い、友人とも呼べない女子を部屋に連れ込むのは絶対におかしい。

 仮に渡瀬霞のマンションへまたお邪魔したとしても、何も無いのは自分の目で見ているし何よりも女の子のプライベートルームなのだ。

 なぜだか家具は四人分用意されていたが、彼女以外の誰かが住んでいる気配は感じられない。


 きゅう、とお腹が鳴った。


 そういえば昨日の夜から何も食べていない。

 別に朝を食べない主義ではないけれど、今日はコーヒー以外の何かを口にした記憶が無い。

 何か頼むべきか・・・いや、我慢しよう。

 

 そうだ、胃薬を飲んでおこう、という結論に至って、僕はお冷ともう一杯のアイスコーヒーを頼むために立ち上がったのだった。


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