第2話
男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があるが、それはどちらかというと女性の方が当てはまる言葉だと思う。
僕は目の前にいる霧沢さんに対して思った最初の印象がそれだ。
認めたくないことに普段から可愛い霧沢楓であるが、今日はそれの何倍にも増して可愛く映る。
女性の私服姿を初めて見るというのは、こんなにも衝撃的なのだということを理解した。
当然、僕の胃も反応してきゅっと痛む。
ああでも、できれば霞さんのジャージ姿はノーカウントとさせてもらいたい。
けれど
けれどだ
なぜ啓一と待ち合わせていたはずなのに、ここに霧沢さんがいるのか、という疑問が湧き上がる。
僕は確かに先日啓一と約束した。
けれども、その会話の中で一度たりとも霧沢楓の名前は出てこなかったのは間違いない。
当然、ここに啓一以外の誰かと待ち合わせることになっているなんて、僕は知らない。
いや、待て、そもそもここに霧沢さんがいること自体偶然だった可能性もある。
むしろそっちのほうが自然だ。
彼女は誰かと待ち合わせていて、偶然僕がそこに現れた。
そして彼女の性格上、無視するのも失礼だからと声を掛けてきた。
可能性としてはそれが一番自然で、合理的だ。
そう判断したうえで、僕は霧沢さんにこう返した。
「あ、うん、霧沢さんこそどうしたの・・・?誰かと待ち合わせとか?」
けれども、彼女から返ってきた答えはそんな僕の想像を打ち消した。
「え?今日は四人で出かけるんじゃなかったっけ?」
まるで、その四人の中に僕が当然入っているかのような言い方をする霧沢さん。
いや、でも、落ち着け、ここで勘違いとしては恥ずかしい。
ここは慎重に言葉を返すべきだ。
「へ、へぇ・・・ちなみに四人って誰?」
「え、幸城くんと夜兎くんと、霞さんと私で四人だって聞いてたけど・・・もしかして他に誰か来るとか?」
おかしい。
何かがおかしい。
繰り返すようだけど、僕はここで啓一と待ち合わせをしたはずなのだ。
誰かが来るとも聞いていない。
しかし、他に誰も来ないとも聞いていない。
まさか・・・僕は啓一に嵌められたのか?
そう考えてみれば待ち合わせ場所がお互いの家ではなく、この駅であったことにも納得がいく。
あの多少不自然な強引さも含めて、全ては為のこの布石だったのだと。
「あの・・・確認したいんだけど・・・」
「う、うん?」
「それって啓一から聞いたの?今日、ここで、その四人で待ち合わせるって」
「うん、そうだけど・・・幸城くんは聞いてなかったの?」
くそ、あの野郎・・・
脳裏で親指を突き立ててにやりと笑う啓一の顔を思い浮かべて、僕はそれに跳び膝蹴りを食らわせてやった。無論脳内で。
「うん、聞いてない・・・」
「あ、そうだったんだ・・・それで・・・」
くそ、あいつ今日会ったら絶対蹴り入れてやる・・・
そうして始まった待ち合わせ時刻までの約二十分間は、ひどく辛いものだった。
携帯ショップが開くのが十時だから、それに合わせて待ち合わせも十時に設定した。それに合わせて電車を選んだつもりだったのだが、こんなことになるのなら数分遅れたとしても電車を遅らせるべきだったのかもしれない。
いや、でも待ち合わせに遅れる男子というのもそれはそれで間違っている気がする。
もしこれで霧沢さん以外のメンバーが時間ギリギリとかだったら、待っている方としてもきっと辛いものがあるだろう。
かといって「お待たせ、待った?」「ううん、今来たところ」みたいなやり取りをする間柄でも無いのだから非常に悩ましいところではある。
まぁ、結果としてこうなってしまった以上、受け入れるしかないのだ。
お互いがこの微妙な空気にそわそわしながら時計を見たり、行きかう人々を眺めたりして時間を潰す。
けれどもそういう時に限って時間が遅く感じるものだ。
早く皆来てくれ・・・ていうか啓一早く・・・
隣で同じようにそわそわしている霧沢さんだが、多分僕の感じるそれとは違う。
まず、何と言っても彼女は目立つのだ。
駅の利用者は男女問わず必ず霧沢さんを見る。彼女のルックスを見ればそれは当然とも言える反応だ。
中には並んで立つ僕を見て怪訝そうな顔を浮かべる人もいた。そしてそれも当然の反応だと思う。
冴えない顔には自信はあるが、それ以上に服装がいけない。
薄手の黒いパーカーに、よく分からない英語が表記されたロングティーシャツ。下はアルバイトの時にも使っている動きやすさ重視の細身のデニムパンツで、靴も普通のスニーカー。
強いて誉めるのならば、そのスニーカーが新学期におろしたばかりで、まだ比較的綺麗なことくらいか。
まぁ、誰もそんなところ評価してくれないだろうが。
つまるところ、僕は霧沢さんとの微妙な間柄以上に、これらの視線に耐えねばならないのだ。
くそ、こうなるんだったらせめてもうちょっと服装は選ぶべきだった。
せめて何かそう、会話的なもので空気を紛らわすことができれば・・・
だから僕は、思い切って会話を切り出すことにした。
「そ・・・そういえば今日は暑くなるのかな?」
「あ、うんっ、最高気温は二五度だった、かな・・・?結構暑くなる・・・と思うよ?」
「あ、そうなんだ・・・」
「・・・」
「・・・」
いや、駄目すぎるだろう僕。
いくらなんでもこれで会話終了とは情けなすぎる。
「・・・」
「あ・・・あのっ!」
「えっ?あ、何?」
しかしそこはさすがの霧沢楓というべきか、話題が終わったとしても他の話題を提供してくれるらしい。
「こ、この服・・・どうかな、変かな?」
「あ、うん・・・変じゃない、と思う」
「そっか、よかったぁ。じ、実はね、ちょっと気合入れすぎかなと思って不安だったんだ」
「いや、そんなことは無いと思うよ・・・?なんていうかその・・・似合ってる・・・と思う」
そこでナチュラルに可愛いよと言えない辺り、僕は男子として失格なのかもしれない。
でも、そんな僕の対応でもにこにこと嬉しそうに笑ってくれるあたり、霧沢さんの心の広さが伺える。
ならば、多少失礼かもしれないがそれに乗せてもらうのが、せめてもの礼儀というものだろう。
「や、やっぱり女の子ってさ、そういうの褒めてもらうと嬉しいものなの?」
「勿論そうだよ。お世辞でもそう言ってもらえると、悩んだ甲斐があるなぁって思える。あ、でも、全員にそう言われても嬉しいわけじゃないかな」
「そういうものなんだ」
「うん、そういうもの。だから今日のその言葉はすごく嬉しいかな」
そう言ってまたにこにこと笑う霧沢さんは本当に嬉しそうで、僕もつい聞いてしまった。
「ふぅん・・・なんで?」
「えっ!?あっ、いや、それはそのっ・・・・」
そして急に慌てだす霧沢さん。
まずい、何か僕は変なことを聞いてしまったのだろうか・・・
「そ、そういう幸城くんだって・・・そ、その・・・かっこいいと思うし?」
「うぐっ」
「ちゃんと足元まで綺麗で清潔感あって・・・うん、かっこいいと思う」
思わぬ霧沢さんの反撃をくらって、僕はくらっときた。主に胃のせいで。
くそっ、褒められるってこういう事か・・・
せめてやっぱり、靴は外出用にもう一足用意しよう。
今後使うかどうかは分からないが・・・




