第1話
あの後の後日談のような話。
教室での一件に関して言えば、結局あの後啓一と霧沢さんがうまくやってくれたとのこと。
渡瀬霞に関する噂は白日の下に晒され、僕が喧嘩したことまで知られてしまった。
おかげで翌日僕は散々な目にあったのは言うまでもない。恥ずかしいあだ名まで付けられ、色んな人に謝られ、いじられまくった。
予想外だったのは、担任の剣崎先生に喧嘩をしたことが知られたのにお咎めが無かったこと。
あくまで僕は階段で転んだ事になっているらしい。それも四階から一階まで、派手に。
また対象の男子三人組への処罰は、しばらく待ってくれとの事だった。
それらのから学んだことと言えば、結局僕は空回りする人間なのだという事。
あれだけ今後の高校生活を覚悟して嘘をついたのに、結果的に全て逆の方向に進んでしまった。
まぁ、それも全て啓一と霧沢さんのおかげなんだけれども。
そして当の本人である渡瀬霞の存在も忘れてはならない。
聞けば、霞さんが一番最初に僕の嘘を否定してくれたのだそうだ。
彼女に迷惑がかからないようについた嘘が、一番彼女を苦しめていたなんて、なんて皮肉な話だろう。まぁ一番苦しんでいたのかどうかは別として。
そしてその後の保健室の一件も含めて、渡瀬霞という少女がそれまで喋れなかったのか、それとも喋らなかっただけなのかは分からない。
精神的な失語症。
保健室で伊織先生が言ったただその不気味なキーワードは、今でも僕の中に残っている。
真実が気になるところではあるが、あまり他人のプライベートに首を突っ込むのもよろしくない。
けれども結果として、彼女は久々に声を出したのだという。
まだたどたどしく、弱々しいがこれから先徐々に慣れていくだろうというのは伊織先生の話。
ちなみに啓一に聞くところによると、この合法ロリ先生である伊織先生はやっぱり生徒達に人気で、ナナコちゃんなどと呼ばれているらしい。
ただ、下の名前で呼ぶと大層怒るらしいので、無難に伊織先生と呼べと釘を刺された。
加えて言うのならば、カウンセリングなども行っているそうで、僕もこの体質のことで相談したらどうか、と勧められた。
僕としては正直日常生活が送ることに問題は無いのだから、正直どちらでもいい。
強いて言うのならばこの胃痛だけはなんとかしたいところか。
そんなこんながあった金曜日は五月の一日で、気付けばもう土日を挟んで五月の月曜日、つまりゴールデンウィークに突入していた。
今年のゴールデンウィークは都合のいいことに登校日が無い。
僕としても、このよく分からないほとぼりを冷ます意味で都合が良かった。
幸いにも体は動くし、僕は休んでしまったバイト先への罪悪感もあってか労働に勤しむことにした。
昨今のアルバイトの人手不足は深刻なのだ。
ならば従業員としてそれに応えるのは義務のようなもの。
そうして迎えた水曜日、ゴールデンウィーク最終日の事だった――
電車に揺られること十分、僕は祝日なのにも関わらず高校の最寄り駅で降りた。
ゴールデンウィーク最終日ということもあり、人はそこそこいるが平日ほどでは無い。
駅のホームで見た時計は九時四二分を示していた。
まぁ、この時間としては駅の利用客などこんなものだろう。
元々この辺り一帯はまだ開発途中で、どちらかというと田舎の方なのだ。正確には、都会を模した田舎、と言ったところか。
詳しく説明するならば、二十年ほど前に都内へ向かう新路線が開通したことをきっかけに、その線路周辺の開発が一気に進んだ。
都内へ通う会社員を対象に、一人暮らし・世帯持ち用の高層マンションが出来たかと思えば、それに伴いスーパーや薬局、コンビニなどの生活を支える為の店も数多く出来た。
また、この駅では無いが大型ショッピングモールや飲み屋街といった、息抜きを目的とした施設が立ち並ぶ駅もある。
しかしながら約二十年という時間は長いようで実はそうでもないらしい。
色々と大人の事情があるようで、開発が行き詰まったりもしているらしく、計画だけで止まっている、もしくは中止された施設も多くはない。僕も新しく何々の店ができるらしいよ、との噂は聞いたことはあるが、実際に未だにできていない店もあった。
結果として駅周辺だけが栄え、少し外に出れば田んぼや古い住宅街が立ち並ぶ『なんちゃって都会』の風景が出来上がっていた。
閑話休題
そうして出来た比較的新しい駅の改札をくぐり、待ち合わせの場所へ向かう。
まったく啓一の奴、なんで待ち合わせなんか・・・
今日の目的は壊れてしまった携帯を買いなおす事にある。
ぼろぼろになった制服の件も含めて家族には大層怒られたが、携帯が無ければアルバイト先や家族への緊急連絡が出来ないから、ということでお互い納得し、『壊した携帯の代金の一部を僕のバイト代から支払う』という条件で買いなおすことを納得してもらったのだ。
それらの事があって、ようやく今日携帯を買いなおすことができることを、先日僕は啓一に話した。そして、啓一のから返ってきた答えが、「そういうことなら俺も行く」という返事だった。
しかし、なぜだか理解できない事に、その待ち合わせ場所がこの駅なのであった。
元々そんなに家は遠くないのだから、なぜこの駅で待ち合わせることになったのかただただ疑問ではあったが、啓一が時折見せる強引さによって結局押し切られてしまった。
そんなことを思い出しながら、僕は啓一の姿を探す。
あいつ、まだ来てないのか・・・?
時刻としては待ち合わせ時間の約二十分前、男友達との待ち合わせにしては早すぎる気もするが、祝日用の時刻表ではその電車を逃せば待ち合わせ時間をオーバーしてしまう。
アルバイトによって培われた時間感覚としては、約束の時間をオーバーするのはアウトであるが、アルバイトをしていない啓一としてはそうでもないのかもしれない。
まぁ、そもそも男友達と待ち合わせするのにあまり気を使いすぎるのもどうかと思うが。
まったく、こういうときに携帯が無いのって煩わしいよな・・・
普段そこまで携帯を頼っていた自覚は無いが、やっぱり無いなら無いで不安になってしまうあたり、僕も現代っ子というわけだ。
そうして僕は啓一がその場に居ない事を確認しつつ、腰を下せる場所を探す事にした。
肩をちょんちょんと叩かれたのはそんなタイミング。
もしかして啓一か、と思って振り向いた先に居たのはまったくの別人。
むしろ女の子だった。
そして僕はその相手に大層戸惑ることとなる。
「あ、よかった、人違いじゃなかった」
その女の子は安堵したように胸を撫でおろす。
初夏らしいパステルイエローのワンピースに、腰をきゅっと絞るベルト、メリハリによって生み出される体のラインは魅力的で、素肌を晒した足元は女性物の可愛らしいサンダル。
白いシュシュによって纏めた髪はサイドに垂れていて、対象的な艶めく黒髪がまた美しい。
可愛らしい顔は薄い化粧を纏っているようだがとても自然で、くどくない。むしろ透明感のある唇がとても魅力的だ。
僕の知り合いに、こんな可愛らしい女の子、いたっけ・・・?
「おはよう、幸城くん」
可愛らしいハンドバッグを持つ両手を後ろに組んで、彼女は僕に挨拶をしてきた。
は・・・?え・・・?
焦る僕をよそに、困ったように微笑む女の子。
「あれ?どうかした?」
彼女は僕を知っているらしい。
そしてそんな彼女の様子を見るに、どうやら僕も彼女を知っているらしかった。
親戚やバイト先を思い浮かべてみてもこんな可愛い女の子は知らないし、バイト先にもいない。
高校で接点があった女の子といえば霞さんと――
ああ、そうか、とそこまで思考を回してようやく対象の女の子が誰であるか認識した。
この子は、霧沢さんだ――




