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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
2.そして彼女は真実を叫ぶ
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第14話

 そんなやり取りを経て、僕はようやく胃薬を飲むことができた。

 引っぺがした霞さんを隣に座らせ、僕はこの部屋の主を見やる。

 伊織奈々子(いおりななこ)

 この保健室の主であり、この学校の教師の一人。

 年齢は不詳。というか怖くて聞けない。僕ら学生には無い大人らしい色気と、堂々とした佇まいから一部の生徒達から人気があるそうだ。なお、それらの情報は霞さんが携帯画面を使って教えてくれた。


 そんな伊織先生は今、教員用のデスクに座ってノートに何かを書き込んでいる、


 廊下や外から、微かに生徒達の声が聞こえてきた。

 

 静寂とまでは言えないものの、沈黙が保健室を占拠している。

 なんというか、すごく気まずい。


 僕がホームルーム前の教室でしでかした件もあって、霞さんの顔もろくに見れやしないし、先ほどまで抱きつかれていた熱もまだ、微かに肌に残っている。


 くそ、こんな時に啓一が現れてくれれば・・・


 なんて思うけれども、それもやっぱり、教室でやってしまった件を思うと正直顔を合わせずらい。

 ならばさっさと帰りたいところだが、まだ胃薬を飲んで十分も立っていない。この調子だとあと三十分は安静にしておきたいところだ。

 今日バイト休みにしてもらってよかった・・・


「あ、あの・・・伊織先生・・・」

 沈黙と居心地の悪さから、僕は口を開いた。

「なんだね、ユキシロくん」

「いや、あの・・・それ、煙草ですか?」

 とっさに話題を探して、伊織先生が口に咥えて吸っているプラスチック状のものに目を付けた。

「いや、これはパイポと言ってだな・・・まぁ一種の禁煙グッズのようなものだ」

 ちらりとこちらを見やって、再びノートに目を落とす伊織先生。

 まずい、話題が止まった。


 そして、よしこんなものかと、小さく呟いて、伊織先生は止まってしまった話題を掘り返してくれた。


「大体、学校で煙草を吸う教師などいないよ。この禁煙だらけのご時世ではな。何より教師のしてのメンツが立たん。まったく、どこへ行っても禁煙禁煙で喫煙者にとっては肩身が狭いことこの上ない」

「で、でも、先生の吸ってるそれ、禁煙グッズなんじゃ・・・」

「禁煙?そんなもの、絶対にするものか。私は死ぬまで煙草を吸い続けてやるさ。たとえ寿命が縮もうともな」

「・・・」


 喫煙者としての意地みたいなものなのだろうか・・・

 そういえば父も以前、肺炎になる前は四六時中吸っていたような気もする。


「本当にどこに行っても禁煙、食事に行っても禁煙、外出しても禁煙、禁煙禁煙禁煙とやかましい。知ってるか?歩き煙草など罰金を食らうレベルなんだぞ?」

「は、はぁ・・・」

「まったく政府は喫煙者に対して扱いがひどすぎる、余計に税金納めてやってるのは誰だと思ってるんだ。値上がりは止まらないし、吸える場所などどんどん端に追いやられて行っている。喫煙マナーが悪くなっていくのがその跳ね返りだとなぜわからん――」


 僕が、余計なことに首を突っ込んでしまったんじゃないかと後悔し始めた頃に、唐突に伊織先生は話題を変えてきた。

 先ほど流れてしまった、話題の続きだ。


「ところでカスミくん。キミ、声が出るようじゃないか」


 伊織先生の言葉に、びくり、と反応する霞さん。そして小さく、かすれた声で途切れ途切れにはい、と答えた。

「ふむ、では口の中を見せてくれるか?」

 そう言ってライトを片手に霞さんの前に立ち膝をつく先生。

 霞さんはそんな伊織先生の言葉に従って、その小さな口を大きく開いた。


「なるほど、わからん」


 ライトで霞さんの喉元を照らしながら、伊織先生はそう言った。

 えええ・・・仮にも保険室の主なんじゃ・・・

 そんな様子をちらりと横目で見ながらそんなことを思った。

 というか、僕には先生が何をしたいのか、さっぱり分からない。


 そしてライトを消して、立ち上がって再度口を開く。

「カスミくん、咳は出るか?」

 伊織先生の言葉にこくん、と頷く霞さん

「だろうな、恐らくそれが正常な反応だろう。まったく心配をかけてくれる」

「・・・あの、心配って」


「ああいや、失語症の一つではないかと心配してたのでな」


「え・・・?」


 失語・・・症・・・?


「なんだ、もしかしてこの子は私のいないところでは喋っていたのか?」

「あ、いえ、僕も声を聞いたのは昨日今日のことで・・・」

 昨日、霞さんは言った。

 掠れて、小さな声で「ごめんなさい」と、そして今日もさっき「ありがとう」と言ってくれたのだ。


「まぁ、本人の言う前で言うのもなんだが・・・私としては最初精神的なストレスによる失語症なのではないかと疑っていてな、心配はいていたのだよ。だがまぁ、声が出るのならそれに越したことは無い。例えそれがつい最近のことであっても、な」


 もし、伊織先生の言うことが本当だったとして、声が出るのがつい最近になってからなのだとしたら、僕はまたもやとてもひどい思い違いをしていたのではないかという疑心暗鬼にかられる。


 いや、でもしかし――


【大丈夫、声はずっと出さなかっただけ。声の出し方を忘れてただけ。ただそれだけ】

 ふいに目の前に出される携帯画面。

 立っていた伊織先生もその画面を覗き込んで、なるほど、こうして意思疎通を図ればよかったかと呟く。


「まぁ、失語症云々の話は置いておいて、だ。あくまで予想に過ぎないから違っていたら否定してほしいが・・・声を出したのは久々なのだろう?」

【はい】

「本来なら病院に行ってほしい・・・しかしどうせキミは嫌がるのだろう?」

 そう言われて強く頷く霞さん。


「ともかくだ、声帯筋を含め、人間の出力はほぼ筋肉によって行われている。しかしその出力に対応した筋肉も、使われていなければその分だけ衰えていくのは分かるだろう?そしてその筋肉が急に使われたときに起こる反応も」


 使ってない筋肉を急に使う・・・運動していない人が急に運動するイメージだろうか?

 そうして思いつくのがまず筋肉痛、痙攣。

 そして、断裂。


「私も喉の専門家では無いから詳しくはわからん。だから言えることはただ一つ『無理はいけない』ということだけ。後はケアを怠るなということくらいか」

 そう言って伊織先生は自分のデスクに戻り、最後に一言余計なことを付け加えた。


「ユキシロくん、君もカスミくんの恋人ならばしっかりと彼女を支えてあげることだ」


「なっ・・・違います!僕らは恋人とかそういうのじゃ・・・っ!」


 思わず立ち上がって抗議する。

 僕のような人間が彼氏など、霞さんとしてもお断りのはず・・・・だと思う。


「ほう、では年頃の男女が人気のいない保健室で抱き合っていたら、その関係は一体何だというのだ?」

「いやだからそれは勘違いで・・・」


 かつかつと伊織先生の元へ歩み寄り、必死に抗議する。


「そもそも僕は引っぱたかれるのかと・・・怒られるのかと思ってたらですね、何でかああいうことになって・・・」

「ああ、もうめそめそとやかましい・・・!」

 張り合うように、伊織先生も立ち上がり、僕の顔を()()()()


「ならば何だというのだ?あれか?今流行りの友達以上恋人未満とでも言いたいのか?君も男ならばはっきりとしたまえ」


 いや、そもそも友達としても怪しくて・・・


 と、その場面になって僕はようやく伊織奈々子という女性を、正面からまじまじと見ることになった。

 年齢不詳、怖くて聞けない、大人らしい色気、一部の生徒に人気。

 それらの本当の理由。


「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言いたまえ」


 まず、身長がものすごく小さいのだ。こうしてお互い立つと、それがよく分かる。

 僕も男子としては身長があまり高い方では無い。むしろ平均くらいである。そんな僕よりも明らかに小さくて、一五〇センチあるのかどうかすらも怪しい。

 靴元を見ればヒール付きのパンプスで底上げしているのが分かる。


 そして、作られた大人らしい色気。

 大人の女性は若く見せるように化粧をすると言うけれど、伊織先生はその逆、大人っぽく見せる為の化粧なのだ。

 顔全体として見れば大人らしい印象なのだが、パーツパーツよく見てみるとすごく若い、むしろ幼く見える。

 化粧を落として制服を着せれば、多分生徒だと言われても気づかないくらいに。

 一言で言うのなら、童顔。


 だから、人気があるのだ、一部の生徒に。だから、年齢不詳なのだ。


「本当に、はっきり言っていいんですね」

「ああ、構わん」


「伊織先生って、小さ――」


 脛を思い切り蹴り上げられた。


「いっっっ!」

 僕は痛みでよろけて、脛を押さえてその場に膝をつく。


「やはり見下ろすというのはいい気分だ」


 上から嗜虐性たっぷりな言葉が降ってきた。 


「なんだ?いい度胸をしているなぁユキシロくん。貴様もあれか?私のことを『合法ロリ』とでも言いたいのか?ん?」


「ゆ・・き・・・げほっげほっっ」

 そんな僕を心配するかのように霞さんが駆け寄ってくる。

 咳をしながらも携帯を操作して、その画面を僕に見せてくる。


【伊織先生に、小さい、幼いは禁句】


 それを早く教えてほしかった・・・


「大体、大人の女性に対して若いと言うのは誉め言葉になるが、幼いと言うのが侮辱になるのだとなぜ理解されん。大人達もそうだ、煙草を買いに行けば年齢確認は鬱陶しいし、外で吸っていたら職務質問までされたのだぞ。まったくクソ忌々しい世の中だ――」


 そうして始まった伊織先生の愚痴は、保健室に新たな客人が来るまで続いた。


 無論、そのタイミングで僕らが逃げるように帰ったのは言うまでもない。

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