第12話
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そういえば知ってる?
そうして囁かれる、私にまつわる噂。
正直言って、そんなものは慣れっこだった。
放っておけば勝手に治まるし、実害もあまり無い。
昨日のことがイレギュラーだっただけで、私が耐えてさえいれば何も問題なんて無い。
でも、もし、昨日のように無理やり関係を迫られたらどうする?
叫ぶ?声が出ないのに?
足掻く?こんな貧弱な身体で?
大丈夫、大丈夫だ。
そんなこと、もう起こりはしない。
こんな心配など、きっとただの杞憂にすぎないはずなのだから。
だから、私はただ黙って、耐える。
大丈夫、大丈夫。
あらぬ噂を立てられるなんていつもの事。
いつものように知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。
けれども、その日は、違った。
「皆、聞いてほしい話がある」
気が付いたら、幸也くんが教卓の前に立っていた。
何だろう、何の話をするつもりなのだろう?
僅かに、『何か』を期待している自分がいた。
けれど、その期待はあっさりと打ち砕かれることになる。
彼の口から放たれる数々の嘘に私は愕然とした。
なんで、どうして
こんな噂、放っておけばいいのに。
そんな嘘、つく必要が無いのに。
なんで、どうしてそうやっていつも、私の心をかき乱す。
「具体的に話すと、まず、渡瀬さんを呼び出してお金を渡して、噂のことを話したんだ――」
そうして幸也くんから放たれる嘘の言葉。
違う
違う、違う、違う
みんな嘘。
ぜんぶぜんぶ嘘なのに、
なんで皆幸也くんの言葉を信じるの?
なんでそんな嘘を信じるの?
なんでそんなに、なじる必要があるの?
やめて
やめてやめてやめてやめて――
「――まったく、なんて酷い女だ」
そうだ私は酷い女だ。
こうして恩人がいわれのない暴言に襲われているのに何も、できない。
何も、言えない――
なんで、どうして――
「お前ら何してる!!」
「離せよ」
そうして幸也くんが去って行った後も、暴言は続く。
「うわ、幸城って最低――」
「あんな人だと思わなかった」
違う
違う違う
「大人しいと思ってたけど裏では色々やってるんじゃない?」
「ありえるー。童貞こわ」
次々と聞こえる会話
なんで、どうしてこんな時に私は何もできない。
どうしてそれを否定することができない。
違う
そう言えることができたならば――
胸が、痛い
息が、苦しい
そうして、私は思わず口に手を置いた。
ざらりとした感触が手に当たるのが分かった。
マスク
それは私が喋れないことを隠すための小道具の一つ
なんだ、喋れるじゃないか、それは昨日幸也くんがこぼした言葉。
私は、あの時、喋れていたはずなのだ。
何を喋ったのか、よく覚えてはいない。
でも、あの時は確かにマスクはしていなかった――あの男子三人組に奪われたのだから。
こんな――こんなものがあるから私はきっといつまで喋れないままなのだ。
私の心を守ってくれていた小道具が、今はひどく煩わしい。
邪魔だ――
私はマスクをむしり取って、捨てた。
「・・・・・っ」
立ち上がる。
立ち上がって、否定するのだ。
真実を包み隠さず、話すのだ。
そうすればきっと、この茶番は終わる。
私が、終わらせなければいけない。
「・・・・・・っ!!」
大丈夫、私は声が出る。出せるはずだ。
邪魔な小道具はもう、無い。
「・・・・・・・・・っ!!!!!」
もう少し、もう少しで――
気が付けば、教室中の視線が私に集まっていた。
男子も、女子も、先生も、誰も何も言葉を発さない。
静寂が教室中を包んでいる。
感じるのは自分の呼吸と高鳴る鼓動。
そして、喉に刺さる透明な棘。
「・・・・・・」
大丈夫、大丈夫だ。
棘なんて、無い。
昨日は、私が幸也くんに守ってもらった。
だから、今度は私が守る番だ。
大きく、息を吸う。
「ち・・・・・・・っ!」
大丈夫
大丈夫、音は出る
だから、後はそれをつなぎ合わせるだけ
「ちが・・・・・・!」
あと一歩
あと、一言
「違うっ!!!!!!!」
声が、出た。
その言葉は、奇しくも幸也くんの話で出てきた否定の言葉と同じだった。
でも、そんなことは関係ない。後は真実を伝えればいいだけ。
「ゆき――げほっげほっげほっ」
そして、その言葉をさえぎって咳が出た。
喉が、すごく痛い。
当然だ。こんな大声、ずっと出していなかったのだから。
長い間使われていなかった声帯が、急な大声に対して驚いているのだ。
咳をするたび、喉が避けるように痛む。
でも、だからどうした。そんなこと今は関係無い。この喉が潰れたとしても、私には真実を告げる義務がある。
だから、もう少し、頑張れ。
そんな時だった。
「大丈夫だよ」
上半身を覆う暖かな感触と、柔らかな言葉。
私より少し低い位置に見える艶やかな黒髪と、ふわりと漂う優しい香り。
「頑張ったね、霞さん。後は、わたしたちに任せて」
顔は見えなかったけれど、私にはそれが誰だかすぐに分かった。
霧沢楓
明るくて優しくて、私がなれなかった理想の私。
彼女は私を抱きしめて、髪を撫でてくれていた。
それがすごく心地よくて、気付けば私は身も心も全て楓さんに預けていた。
「霞さん。ありがとう」
いつの間にか、その隣には啓一くんが立っていた。
夜兎啓一
幸也くんの友人で、幸也くんがいつも頼りにしている人。
そして、私を助けてくれたもう一人の人。
「霧沢の言うとおり、この場は俺たちに預けてくれ。代わりといっては何だが――」
そうして啓一くんは何かを私に渡してくる。
「幸也のカバン、届けてやってくれるか?あいつ多分保健室にいると思うから」
私はうんと頷いて、そのカバンを手に取った。
楓さんの抱擁が、するりと解ける。
「それじゃあ、お願いね。私たちはこれから大嘘つきの嘘、暴いてやるんだから」
「まったくあいつ、後の事なんて何も考えてないんだから・・・」
この二人は多分、信用できる。
だから、安心していい。
私はもつれる足を必死に動かして、保健室へ向かった。
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