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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
2.そして彼女は真実を叫ぶ
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第11話

 翌日、四月の四週目の木曜日


 僕は前日の怪我もあって、家族の付き添いのもと、病院に行っていた。

 検査の結果、特に脳波や骨に異常は無く全身打撲とだけ診断され、痛みはあるもののいたって健康だと言われた。

 あれだけ派手に喧嘩したと思っていたのに、実際そうでもなかったのかもしれないし、たまたま軽傷で済んだだけなのかもしれない。


 午前中はそうして病院で過ごし、お昼を回る前には父親の車で送られて学校へ。

 正直怪我を理由に休みたい気もしたけれど、健康だと診断されてしまっては仕方がない。


 送ってくれた父親に軽く感謝を告げ、車を降りる。

 さっき見た車載時計では昼休みの時間を告げていて微かな喧噪がこちらにも聞こえてくる。

 運動場では昼の少し長めの休み時間を利用して生徒たちがスポーツに興じている。

 こんな時間に登校したことが無いから、少し新鮮な気分だ。

 そして同時に、少し憂鬱な気分でもある。


 よし、と気合を入れて昇降口をくぐり、上履きを履いて教室へ向かう。

 何人もの生徒とすれ違ったが、誰も僕の顔の怪我を気にした様子も見えなくて少し安心する、同時に軽い自己嫌悪。

 気にしすぎなのだ。誰も僕なんか気にしてないし、見てもいない。

 所詮全生徒四五〇人の中の一人にしか過ぎないということを再確認して、僕は開け放たれた二年二組の扉をくぐる。

 

 昼休み特有のがやがやとした教室の空気、楽しそうに談笑するクラスメイト達。

 渡瀬霞はその中でぽつん、と席にいた。


 珍しい、いつもは昼休みどこかへ消えているのに。


 何人かの生徒がこちらに気づいたようだが、それらを無視して自分の席に着く。

「よ、病院はどうだった?」

 話しかけてきたのはいつものごとく啓一。

「あ、おはよう幸城君、検査どうだった?」

 と、霧沢さんもいた。

「ああ、うん、全身打撲だって、他は特に無し」

 よかったぁ、と口を漏らす美男美女コンビ。


 というか啓一には病院に行くことは伝えてあったのだが、霧沢さんは知らないはず。

 連絡先はもちろん知らないし、そもそも携帯が壊れているので連絡の取りようがない。

 ならばなぜ啓一に伝えることができたのかと言われても、他の連絡手段があったからだとしか言いようがないのだが・・・

 まぁ、霧沢さんが知っているのは啓一が伝えたからで間違いないだろう。


「とりあえず渡瀬さ・・・霞さんのとこ行ってやりな」

「ん?なんで?」

「なんでって・・・お前・・・」

「霞さん、幸城くんが病院行ってるって聞いてすごく心配してたよ?お昼も食べないで待ってたんだから、行ってあげて」

 啓一め、霞さんにも伝えていたのか・・・

 というかそんな、心配されるほどでも無いのだけど・・・

 僕は渋々と分かった、と答えて渡瀬霞の席へ向かう。

 その途中で彼女と目が合った。

 相変わらず濃すぎる化粧と口元を隠すマスクのせいで表情はよくわからないが、驚いていたようにも見える。


 ――胃が、きりりと痛んだ。


 まったく、僕の胃は何に反応しているんだか。

「ええっと・・・おはよう」

 うん、うん、それで、とばかりに頷く霞さん。だから僕は簡潔に結果を伝える。

「全身打撲、以上。・・・心配してくれてありがとう、それじゃ」

 そしてすたすたと自分の席へ戻る。

 僕らの様子を見ていた何人かの生徒の視線が刺さった気がするが、気にしないことにした。


 結局のところ、何かいざこざが起きたとしても、日常の風景はあまり変わらない。

 当たり前のように授業が終わって、当たり前に休み時間が過ぎて、あっという間に放課後を迎えることになるだろう。

 その間、渡瀬霞はというと、多少何か変化はあったようだがいつも通りのようにも見える。


 相変わらず化粧は濃いし、マスクも外さないし、何を考えているのかよくわからない。

 霧沢さんはそんな彼女の様子を休み時間の度に見に行っていたが、話が長続きしないようですぐにとぼとぼと自分の席に帰って行くのが数回見えた。

 まぁ、誰とも関わり合わない渡瀬霞が誰かと関わっているというだけで大事件の様にも見えるが、そんな彼女が怖いからか、近づく者はあまり多くは無い。

 とりあえず言えることはきっと、こういうことは同性同士のほうがうまく事が進むのだろうということ。

 僕なんかがしゃしゃり出たところで、彼女を取り巻く環境が好転するとは思えない。

 

 そして、その噂が再度囁かれ始めたのが、清掃が終わってショートホームルームを迎えるまでの僅かな時間だった。

 各々が席に着いて担任教師を待っている間、左隣の席からひそひそ話をするのが聞こえてきた。


「ねぇねぇ知ってる――?」

「あー知ってる知ってる、渡瀬さんの話でしょ?裏で売春してたんだって――」


 その噂話に僕は戦慄する。


 なぜ、どうして――


 昨日の作戦会議で、その噂への対策はもう決まってきたはずだ。

 だから、もう大丈夫だと思っていた。

 啓一と霧沢さんが、何とかしてくれると思っていた。


 でも、現実は甘くない。


 僕たちは、『噂』というものを甘く見ていたのだ。

 

「一回三千円だって、いくら寂しいからってヤバくない?」

「だよねー、どれだけ――」

「私が聞いた話じゃ、もう相手した人数は二桁行ってるらしいよ――」


 それは、まるで僕が中学の頃に受けた噂話と同じ。

 根拠の無い理屈で、根拠の無い現実が生まれていく。

 それが例え真実と違っていても、平気で背ひれ尾ひれをつけて泳ぎ回る。

 なんて、非常識で、なんて、不条理なものなのだろう。


 ――知ってる?幸城ってさ

 ――あー、知ってる知ってる

 ――ホント最低

 ――ねぇねぇ、何の話?

 ――いや実は幸城の奴がさ


 蘇る、中学の頃の会話。

 よく、覚えている。

 とてもよく、覚えている。

 忘れたくても忘れられない嫌な思い出。


 違う、違うのに――

 どんなに否定したところでも、消えることのない傷痕。

 結果、僕は壊れてしまった。


 恋愛恐怖症と、胃潰瘍。


 それが僕が陥った病気。

 あの一件を経て、僕に残されたモノ。


「うわ、渡瀬さん最低じゃない?」

「だよねーうちもそう思うわー」

「とりあえず私渡瀬さんに近づかないようにする」

「だねー、なんか病気移されても怖いし」


 違う、違う、違う


 気が付いたら僕の胃はさっきよりもさらに痛みだしていて、思わず顔をしかめた。


 渡瀬霞に、こんな思いをさせていいのか?

 こんなひねくれた人格にさせてしまって、いいのか?


 大丈夫、きっと誰かがなんとかしてくれる――


 誰かって、誰だ?


 啓一か?

 霧沢さんか?

 それとも先生か?


 違う。


 それはきっと、この痛みを知る僕の責任だ。

 この苦しさを知っている、僕がやらなければいけない。


 自意識過剰も甚だしい。


 そんなことは分かっている。

 でも、今立ち上がらなければ後悔することになるかもしれない。

 それだけは、嫌だ。


 でも、それはどうやって――?


 決まっている、根拠の無い嘘を打ち消すためには、より現実的な嘘を叩きつければいい――


 そして、僕はこの高校生活で再度向けられるであろう侮蔑の感情を覚悟して立ち上がり、歩いて教卓の前に立った。


「皆、聞いてほしい話がある」


 胃が、ぎりぎりと痛む。

 大丈夫、中学時代に逆戻りするだけだ。

 後は、耐えるだけ。


 クラスメイト達も僕の真剣な雰囲気を感じとったのか、徐々に静かになっていく。


「今、渡瀬霞にまつわる、一つの噂が出回ってる。それは『渡瀬霞が体を売っている』という噂だ」


 教室が、どよめく。

 僕はそんな喧噪を無視して僕は続けた。

 ごめん、霞さん、啓一、霧沢さん。


「けれども、僕はその噂が嘘であることを知っている――なぜなら、僕が身を持って知ったからだ」


 胃の痛みが、強くなる。

 多分きっとこれは、ただのストレスだ。だから今は忘れろ。


「僕のこの怪我を気にしている人もいると思う。だから、それを今話す。何人かのクラスメイトには話したかもしれないけど、僕は、階段から落ちて怪我をしたんだ。そして今からその時のことを皆に伝えようと思う」


 教室が、静まり返る。


「僕は、実際にお金を持って渡瀬さんに迫った。『売ってくれ』って頼んだ、それて――否定された。その時に突き飛ばされて、階段を転げ落ちたんだ」


 静まり返った教室が、一気にどよめく。

 野次を飛ばす女子、一部賞賛の言葉を贈る生徒まで現れた。


「幸也お前っ!」


 啓一が立ち上がったのが見えた。

 だから僕は手でそれを制して、続ける。

 このやり取りも今は逆に都合がいい。きっと周りには『友達だと思っていたやつが裏でひどいことをしていた』と映ることだろう。


「具体的に話すと、まず、渡瀬さんを呼び出してお金を渡して、噂のことを話したんだ。そしたら震えながら違うって言われた。だから、倍の金額でどうかって迫った。そしたら泣きながらまた言ったよ『違う』って」


 そうして区切って、一度教室を見渡す。

 ああくそ、やっぱり視線と野次が辛いな。


「喋るのがものすごい苦手なのは知ってたよ、知ってたけど――僕はその声を聞いて、すごく興奮したんだ。もうめちゃくちゃにしてやりたいと思った。それで、泣きじゃくる彼女に無理やり迫ったんだ」


 野次が、さらに強くなる。

 浴びせられる賞賛は罵倒へ変わり、さらに強さを増していく。

 胃がさらに痛み、視界がちかちかとし始めた。


 もう少し、もう少し持ちこたえてくれ。


「まったく酷いよな。いくら違うからって、それで階段から突き落とすことないじゃないか。おかげで僕は散々な目にあったよ。四階から一階まで真っ逆さま。だから僕は今日遅刻したんだ。病院にいく羽目になったからね――まったく、なんて酷い女だ」


 四階から一階まで真っ逆さま?まったく、僕は何を言っているんだろうな。踊り場を無視してるじゃないか。

 もしかしたら胃が痛すぎて思考まで奪われているんじゃないだろうか。


「幸城てめぇ!」

 一番前にいた男子生徒に胸倉を掴まれる。

 担任である剣崎先生が教室に入ってきたのは、そんなタイミングだった。


「お前ら何してる!!」


 担任教師が現れても、喧噪が止むことは無い。


 そろそろ、潮時か。

 胃の痛みも限界に来ているし、タイミングとしては申し分ない。


「離せよ」


 僕はその男子生徒の手を無理やり引きはがし、教室を出た。

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