第10話
そうして彼女たちが帰ってきたのはその一時間後。
大型薬局も近くにあったはずだが、随分待たされた感じだ。女子というのはなぜこんなに買い物が長いのだろう?
部屋に戻ってきた霧沢さんが最初に発したのは
「ごめんなさい・・・」
という言葉と、深々としたお辞儀だった。なお、霞さんはぐったりとした顔をしていた。少し表情は読みにくいけれども・・・
そしてまた全員が先ほどの位置に着いたとき、僕は口を開いた。
「というかものすごい今更なんだけど・・・」
「ん?」
「僕ら、自己紹介が済んでないんじゃないか?ほら、霞さん、僕らのこと知らないんじゃないかなって」
クラスでやった自己紹介の時も居なかったしね、とも付け加える。
「あ」
「あ」
「?」
「まぁ色々立て続けに起きてたからしょうがないかもしれないけど・・・」
そうして霞さんを見る、彼女はまた携帯に文字を打ち込んで、こう答えてくれた。
【知ってます】
「あ、知ってるんだ・・・・」
僕を指さして
【幸也くん】
「あ、うん・・・」
というかいきなり下の名前か・・・苗字が嫌いだから下の名前で呼ぶのが習慣化しているのだろうか?
そして残る二人を順番に指差し、
【啓一くん、楓さん】
「あ、ども」
「覚えてくれてたんだ・・・」
【クラスメイトの名前はちゃんと覚えてます】
もしかしてこの子は学年全員の名前を覚えてるんじゃないだろうかとも思ってしまう。
僕なんてここにいるメンバーしか覚えてないのに。
【今日は本当に色々とありがとうございます】
「大丈夫、大丈夫だよ楓さん。わたしこそ急にその・・・色々と、ごめん・・・・馴れ馴れしかったかな・・・・?」
【大丈夫です。ありがとう。楓さん】
そうしてぎこちなく笑う霞さん。
「うん。・・・あと敬語じゃなくていいよ。だってクラスメイトなんだし」
その言葉を受けて霞さんは、携帯を何度も触って恥ずかしそうに【うん】と書かれた画面を見せてきた。
なんだろう、中身は宇宙人だと思ってたけど、なんだか普通の女の子みたいだ。ちょっと変わってるけど。
「でもなんだかすごい意外だなぁ」
と、霧沢さん。啓一が「何が?」と言うと彼女は言葉を続けた。
「あ、うん。幸城君、女子が絡むとすぐ逃げちゃうイメージがあったから・・・なんていうか霞さんから逃げてないなって」
また痛いところをついてくる・・・
「あ、ごめんね。悪いイメージじゃなくてその・・・なんていうか・・・」
「いいよ。まぁ事実だし・・・」
逃げるように見た視線の先で、啓一と目が合う。
悪い啓一、何とかしてくれ、とアイコンタクトを送ると、啓一はやれやれといった表情で応えてくれた。
「幸也はさ、まぁなんて言うのかな、誰かにドキドキしたりすると、胃が痛むんだよ。相手がかわいかったりするとなおさらな」
「ちょっ・・・啓一・・・・!」
「何だよ、事実だろ?」
何もそんなにストレートに言うことないじゃないか。というか
「た、ただの感想だよ!かわいいなって、ただそれだけだよ!ドキドキなんてしてない!」
「ふーん、ほー、まだそれを言うか。まぁいいや、そんなこんなでさ、不意打ちくらったりするとすぐ逃げるんだわ。でもまぁ、逆に言うと・・・」
「――啓一」
「へいへい、これ以上はやめときますよっと」
【それって私でも?】
不意に目の前に映った携帯画面にはそう書かれていて、僕は少し焦った。
これには何と返すべきだ?そうだと答えるべきか?違うと断るにしてもそれはなんだか相手をけなしてるみたいになってしまうし・・・と、結局悩んでそうだと答えることにした。
【ごめんなさい】
そうして彼女は拳一個分離れてくれた。優しいのかそうじゃないのかちょっとよくわからなかった。
そして僕らは今後の作戦会議をして解散となった。
今の僕の隣には啓一がいて、彼は相棒のクロスバイクを押している。僕は体力が無いから電車だけど、距離はそんな大したことは無い。啓一とは家も近いのだから。
なお、霧沢さんは髪のケアを教えるとかなんとかでもうちょっと残るらしい。
「なんつーかさ、今日霞さん・・・渡瀬さんと話してみた感じ、ふつーの女の子だったな」
「話しちゃいないけどな」
「いや、そーゆーことじゃなくて・・・」
「うん」
「まぁその、なんだ。今日の事がいい方に転ぶといいなってさ」
「そうだね」
渡瀬霞
喋るのが苦手で、素顔が美人で、ちょっと変わったところもあるけど多分普通の女の子。
だけどきっと、これからいい方へ変わっていけると思う。そのための作戦会議だったのだから。
落ちぶれてしまった、僕なんかと違って――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それじゃあわたしそろそろ帰るね、霞さん」
【ありがとう】
「どういたしまして、それじゃあ、また明日ね」
【また、明日】
そう言って楓さんは私のマンションを後にする。
また明日。なんて素敵な響きだろう。
それはまるで友人同士がする魔法のコトバ。
一人残される孤独と、彼女の言葉が私の中でせめぎあう。
同級生のそんな一言で揺れてしまうほど、私は弱い。
とても弱い
今までずっと一人で色々なことに耐えてきた。
自分は強いからと、そう言い聞かせて。
だけど今日、そんなものはただの強がりだったのだと、知ってしまった。
理解してしまったのだ
廊下に、崩れ落ちる。
あの男子三人組に声を掛けられたとき、「嫌です」とはっきり言えたのならどんなによかったのだろう。
そうすればきっと『彼』が怪我をすることも無かったし、私もこんな現実を突きつけられることも無かった。
こんな思いも、することは無かった。
――でも
同時に、思ってしまう。
『彼』が怪我をしてくれたから、『彼』と出会うことができたのだと。
なんて、醜い思考
『彼』の隣にいるとすごく落ち着く。とても、安らぐ。
体が、無意識に『彼』を求めてしまう。
心が、無意識に『彼』を拠り所にしてしまう。
――『彼』に嫌われたくない。
今までずっと一人で生きてきて、初めての事だった。
初めて知った、初めての感情。
初めての、想い。
――ヒトリハ、サミシイ
自分の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ気がした。
歪みは自分自身をのみ込んで、やがてそれは世界を侵食していく。
「――」
助けてほしくて、
『彼』の名前を呼ぼうとして、口を開く。
けれども、私の声帯が震えることは無かった。
――助けて、幸也くん
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




