終章 晴天に雲一つ
雲一つない、青空であった。
雲は雲の民が操っているのだから当然の話ではあるが、それでも抜けるような青空は心地良い。
戴冠式である。玉座の前に、珀璃は背筋を伸ばして立っている。身に纏っている白地の深衣は、腰の辺りから赤に切り替わり、袖に刺繍されているのは桃の木だ。
玉座の前には、大勢の雲の民が集まっている。待ち望んでいた新王の誕生なのだ。王宮の外にも人々が集まっていることだろう。
「姫様……お美しい……」
呉羽のうっとりとした声が漏れる。
「本当に」
隣から聞こえてきた声に、呉羽は顔をしかめた。
「というか、なぜ貴方がここにいるのですか。鴻牙様」
「それは珀璃様よりお呼ばれしたからです。直々に」
天上での一件が落ち着いた後、鴻牙は一度地上に戻っていた。細々としたことを片付けているうちに、戴冠式と相成ったのだ。
「地上もごたついているでしょうに……。無理して来られなくても良かったのですよ?」
「心配ご無用。勇人はあれで頭の切れる男です」
澄ましてそう言う鴻牙に、呉羽は歯噛みした。
鴻牙の信頼を置いている勇人だが、次の繋官長に任命すると言ったときの表情には一抹の不安を覚えた。
そう、代替わりしたのである。
まだ歳若い新警官長が心配ではない訳でもないが、鴻牙は社の者達に背中を押されて社を出た。向かう先は、天上である。
呉羽が盛大な溜息を吐いた。
「前代未聞ですよ。大地の民が天上に上がるだなんて。ただでさえ女王ということで反発も多いのに……」
雲の民初の女王が誕生しようとしている。櫂醒の支配に不満を持っていた者も多かったから、珀璃が王の座に就くことに反対の声はほとんどなかった。しかし鴻牙を天上に置くと言うと、猛反発が起こったのだ。
彼女が掲げる理想には、まだ遠いようだ。それでも珀璃は譲らなかった。一歩一歩進んでいけば、いつか理想の世界へと辿り着けるはずだ。
冠を頭上に乗せた珀璃を筆頭に、参列者は屋外へ移動していた。どこまでも広がる青空に、参列者の表情も明るくなる。
「確かに不安もありますね。雲の民と大地の民の関係も大きく変わるでしょうし。でも」
珀璃が両手を掲げる。その手から雲が飛び出し、青空へと広がった。光となって、きらきらと人々の元へと降り注ぐ。
「珀璃様は一人ではない。私達の唯一無二の雲だけれど、共に在る空と大地にはなれる」
こちらに気付いた珀璃が、満面の笑みを投げ掛けてきた。
彼女こそが、晴天に浮かぶ一つの雲。その雲が空を彩り、大地に恵みの雨をもたらす。
全ては雲の采配。