115 自爆
俺の目の前で、ビヒーモスに対して戦いを繰り広げているドラゴンたち。
それだけでもまだ信じがたい光景だったが、さらに、もっと信じられない事が起こった。
「あいつら、撤退しろって……言われてるじゃねぇか」
ビヒーモスの足元に、わらわらと小さな人影が群がりはじめたのだ。
マグマのトラップと化している地面を蹴って、アリのように群がる、歩兵勇者達。
勇者達は自分たちの裁量で、このまま攻撃を続行すべし、と判断したのだ。
兵士が勝手に行動するという、俺の常識にもない事態。
ここは軍の命令に従って、撤退すべきじゃないのかと、本気で心配してしまう。
だが、俺は間違っていた。
彼らは兵士ではない、傭兵でもない、勇者だ。
異世界から召喚された勇者という人種は、常人にはかぎ取れない、第六感のようなものを持っている。
リスクとリターンの計算だけでは計れない、成功をつかみ取る感覚。
時に軍でも予測のつかない、奇跡を起こしてくれる。
だからこその、裁量権。自由。
『勇者達に告ぐ……! 先刻の帰投命令は撤回する!』
幼女軍師が、再び姿を現した。
命令の撤回は、判断ミスを認める事だ。
相当悔しいらしい、かなり苦り切った顔を浮かべている。
『まったく偶発的なドラゴンの戦闘参加により、ビヒーモスの移動速度の逓減、および、ライフゲージの減りの加速を確認した! 討伐は不可能ではない! これが最後のチャンスだ、奴を逃がすな、攻撃を再開しろ!』
俺は苦笑いを浮かべた。
なるほど、まったく偶発的だよな。
もう既に始まってしまった前方の戦闘に間に合わせるべく、俺は急いだ。
最初に歩き始めたのは俺なのに。
すでにかなり出遅れている。
まあ、俺みたいなクズ勇者が出遅れるのは、当然だろう。
俺は飛竜のツメを抱えて、ビヒーモスの背中に群がるアリの一匹になるべく、全力で駆けていった。
炎の中でもけっこうギリギリなのに、溶岩のトラップを歩けるかどうかは不安だ。
魔法勇者を見つけて、バフをかけて貰って来た方が早いんじゃないか。
ドラゴンたちも、一匹ぐらい俺を背負って飛んでいってくれてもよかったのに。
結局、全員前方に行ってしまったせいで、俺はただひたすら走るしかない。
直線的に生まれた穴のせいで、ビヒーモスの姿を見失う事はない。
しかし、それでもずいぶん遠くまで行ってしまった。
両腕を振り回し、次々とドラゴンをたたき落とし、同時に足元の勇者達を蹴散らしていく。
なんだか、最初にこいつを見たときの事を思い出した。
最初の戦法と、ほとんど変わっていない。
最初見たときは、スゲーと思っていた。
本当にこいつを倒せるのかと、不安にもなった。
けれど、今はあの時と、何か印象が違っているがした。
倒せそうとか、倒せなさそうとかいう以前の問題だった。
ビヒーモスが、焦っている。
精神的な余裕を失っているのだ。
なるほど。
勇者達が感じ取ったのは、そこか。
そのとき。
そんな俺をあざ笑うかのように、黒い影が俺の頭上を飛んでいった。
「ふぅーははははぁーッ! そんなにトロトロ走っていると、ドラゴンに食われてしまうぞッ!」
俺が見上げると、その金色のドラゴンは、俺に豪快な嘲笑を浴びせた。
そのまま、地上すれすれを滑空するように飛び、翼の付け根で俺をすくい上げ、肩に乗せた。
「飛竜ッ! お前、生きてたのかよ!?」
「吾輩があの程度で死ぬ訳がなかろう! 気がついたら背中のお前が消えていて、焦ったわ! さんざん探させおって!」
「一瞬で燃え尽きたんだ、HP9しかないんだよ! なんかあいつが凍てつく波動使ったら、俺もうお仕舞いみたいだ!」
「吾輩もそこまでは面倒見切れん! せいぜい祈っておるのだな!」
飛竜が翼を大きくはためかせて、天井近くまで舞い上がった。
空を飛び交っているドラゴンは、すでに6匹にまでその数を減らしている。
対するビヒーモスのライフゲージは――残り1割。
この状態のビヒーモスは、どうやら体力の減りが異常に早いらしい。
これは勝ち目が、見えてきたかもしれない。
そう思った、瞬間。
ビヒーモスがうなり声をあげ、全身から光を放った。
それは魔法解除の光ではなかった。
よく似ていたが、それとは、まったく別種の光だった。
爆発の閃光だ。
俺は目を見張った。
真っ白い肌から炎を吹いて、歩き続けるビヒーモスがいた。
全身にまとわりついた勇者達が、しがみついたまま燃えている。
周囲を飛び回っていたドラゴンも、燃えさかるビヒーモスには、近づく事ができないみたいだった。
「自爆か。とうとう諦めたな」
自爆。
ビヒーモスのライフゲージは、1割を大きく下回り。
さらに、赤く染まっていた。
ライフゲージが残り1割って、かなりつらいはず。
瀕死だ。
お約束の最終手段。
どんな敵キャラにとっても、最後の手段。
追い詰められて、最後に少しでも多くの敵を道連れにしようとする、攻撃。
自爆、したのにもかかわらず。
地下から逃げだそうとなりふり構わず走り続けている、ビヒーモス。
燃えあがるその背中には、どこか悲壮感さえ漂っていた。
「まだ背中に乗っているか?」
「ああ……」
「――その剣で最後に引導を渡してやるがいい」




