113 絶望の世界の底力
そのとき……不意に凄まじい地響きが起こった。
長い、長い、延々と続くような絶叫がビヒーモスから聞こえてくる。
もはや獣の咆吼ではない。
エンジンのタービンのような機械的な音に、格納庫Cの勇者達は目を丸くした。
ぐらぐらと足元が震え続け、埋め立てていた岩が少しずつ動いていく。
「まずい、押さえろッ!」
勇者グルツが、自分で蓋をした大岩にがぶりついた。
通路には、小岩が何十メートルにも渡って隙間無く敷き詰められている。
にもかかわらず、大岩はごりごりと動き始めていた。隙間からあかね色の空気が漏れはじめている。
「お、押さえろとか、お前以外にそんな繊細な作業ができるかよ……!」
「岩を追加しろ! 重しにするんだ!」
他の勇者達の提案に従って、俺たちは動き始めた大岩を押さえるべく、さらに大量の小岩をぶつけた。
いったい、格納庫Bで何が起こっているのか、さっぱり分からない。
分かるのは、ビヒーモスがまたなにかとんでもない事をしでかしている、という一点のみだ。
マップでビヒーモスの姿を確認すると、ちょうど格納庫Bの端にたどり着いている。
その赤い点の口から、なにやら黒いもやが立ちこめているのが見える。
黒い。見覚えがある黒さだ。
そこだけ壁の中とか、歩ける地形ではない場所を示すカラーリングになっている。
……マップにうつる攻撃ってなによ。
もっと恐ろしかったのは、次の格納庫Aの様子だった。
緑色や青色をしていた勇者達の点が、次々と消滅していく。
消えていくのだ。
「熱波だッ! 熱波でやられているッ!」
「おい、ウソだろ、格納庫Aの方は精鋭がいるはずじゃないか……」
つまり、向こう側も俺たちと同様に、岩で埋め立てを行っていたのだ。
ビヒーモスはその壁をぶち抜こう、という算段で炎を吹いているらしい。
「極大火炎放射、LV3ッ……! 奴さん、とうとう本気みたいだぜ……!」
しかし、それは俺の知ってる炎じゃなかった。
ビヒーモスが、残りライフゲージを半分削って、二割にしてまで放った、とてつもない炎だ。
ビヒーモスのライフゲージ二割分のエネルギーなんて、一体何人の勇者が何時間ぶん攻撃して生み出せる物なのか。
想像するだけで寒気が来る。
マップ上の何重にも立ててあるバリケードを、黒い直線が一気に貫いていった。
まさにとっておきという感じだ。ここまで効果がなければ放つ意味が無い。
この世界のマップ機能が『人間の踏み入ることが出来ない領域』だと認識した、黒い直線。
その直線が、格納庫Aの終点の、そのさらに、遥か先まで貫いていく。
反対側にあるはずの、俺たちの埋め立てている側にある岩が動いているのは、どうやらその砲撃の、反動であるらしい。
「一気に衝撃が来るぞッ! 逃げろッ!」
とっさに、勇者達がバラバラになって逃げ出す。
俺は岩陰に隠れて、ブリーズ機能をエア機能に切り替えた。
間一髪で間に合い、その炎の波は一気に押し寄せてきて、俺たちのにわか仕立ての埋め立てを崩落させた。
パーティクラッカーを弾くみたいに、パイプに詰まったゴミが流水で一気に押し流されるように。
極大火炎放射Lv3の反動は、ほとんどの岩を一気に吹き飛ばし、あかね色の空気が渦を撒きながら、格納庫Cに侵入してきた。
逃げ遅れた勇者達は一瞬で炭になり、ボロボロになってしまった。炎に耐性のあるドラゴンたちが、何重にも身を守る魔法をかけ続け、辛うじて生き残っているのが見える。
悲鳴を上げながら飛び上がり、何事かを騒ぎ立てている。
勇者グルツは目をやられたのか、両目を押さえながら呻いていた。
「……くそっどうなっているッ! 誰か状況を教えてくれ!」
周りに生き残っている勇者は、俺ぐらいしかいない。
状況は俺が見るしか無かった。
「状況……状況は……ッ!」
元々、俺の近くに何人の勇者がいたのかは把握していなかった。
しかし、大抵が消し炭になってしまったのは確かだ。
そこには小さなローブの燃えかすも残っている。
……蘇生勇者までやられている……。
信じがたい、最悪の事態だ。
一万人の法力兵勇者に対して、一体、何人の蘇生勇者がやられてしまったのか。
計算するのも恐ろしかったが、それでも分かる事は、ひとつ。
ビヒーモスに唯一対抗しうる、ルーチンワークに、ストップをかけられているという事実だった。
「ドラゴンは辛うじて生き残っているッ! それ以外はやられているッ! ビヒーモスはッ!」
俺は岩陰に隠れ、目が潰れないように手をかざしながら、恐る恐る、ビヒーモスの姿を見やった。
幸運にも、魔法無効化の光を放ってはいないみたいだった。
格納庫Bの突き当たりの壁に、直径300メートルを越す、巨大な丸い穴が空いている。
穴は床から天井まで届いていて、遥か奥の方まで、延々と続いていた。
その手前に、穴の半分ほどの身長のビヒーモスがいて、恐竜映画の恐竜みたいな勝ちどきをあげていた。
もう、あの穴を塞ぐのは不可能だ。
というより、人類があのトンネルに近づけるかどうかも分からない。
マップ上では、いまだに真っ黒くなっているのだ。
しかし実際の色は、明るい。
周辺の岩が溶け出して、高熱で赤くなっていた。
尋常でない熱放射が起こっている。
最初期のビヒーモス色を思い出した。
震えの来るような、まさに絶望的な攻撃。神の一撃。痛恨の一撃。
俺はこの状況を把握しきれなかった。
ただ愕然としながら、視界の隅にあるデータに、目を移した。
被害者数:安全→全滅の危機
原因 極大火炎放射Lv3による攻撃
死亡数 5万勇者
5万勇者……。
ああ……これが5万勇者か。
つまり、これはビヒーモスの最大戦闘能力【5万勇者】が発揮されただけの事態。
『想定の範囲内』、という事だ。
……オーケー、事態は把握した。
「問題ない、平常通りだ……ちょっとこの世界が、俺たちに絶望の片鱗を見せただけみたいだぜ?」
「ああ、平常通りか……なら問題ないな」
勇者グルツは、目を押さえたまま唸った。
もし彼の目が回復していれば、この状況を『平常通り』と判断したかどうかは、難しい所である。
軍からの通信も、まったく途絶えたままだ。
まあ、軍からの通信が途絶える事なんて、さして珍しいことじゃないからな。
「次はまた、大穴のふさぎ直しになるんだろうかな……いずれにせよ、早く指示してくれないと動きようがないぜ」
「またかよ……きっついんだよな、ここの作業。地味なくせに、熱いし、油断するとすぐ死ぬし」
「だったら勇者マキヒロ、指示が来る前に、もう一回ぐらいビヒーモスを叩いてきてもいいんじゃねぇのか?」
「ん? あー……そうか、もう今しかないのか」
俺は、無防備なビヒーモスの背中を見て、なんとなくそれに同意してしまった。
今は光も放っていないし、分厚い鱗も纏っていない。
余裕で叩けそう。
形容するなら、フリーザの第三形態がこっちに背中をむけている、みたいな感じである。
そういえば俺は、飛竜が金儲けのために不正に弱い勇者の評価を上げようとしていたのを証明する手段として、このままゼロダメージを貫く、みたいな事を言っていた訳だが。
飛竜は俺を背中に乗せて飛ぶなんて言う、おおっぴらな方法で俺に手を貸してくれた訳だし、食用勇者の召喚、などという恐るべき陰謀の内容も俺にぶっちゃけてしまった。
いまさら帳尻あわせで不正報酬をひとつ消された所で、どうという事も無い気がする。
俺自身、飛竜と一緒に戦うと、誓ってしまったわけだしな。
誓っておきながら、どこかに消滅してしまった飛竜。
俺は、そいつの代わりに、飛竜のツメを握り直した。
遥か遠くのビヒーモスの背中に、焦点を合わせる。
異様に長い『中指』の刀身を地面に押しつけると、熱気を和らげる心地よい風が、俺の体の周りに集ってくた。
「じゃ、行ってくるわ」
これが最後のチャンスかも知れない。
なら、行ってみるしかない。
俺はそのくらいの軽い気持ちで言っていた。
「ああ、行ってこい」
しかし、この時俺は、今の目が見えない勇者グルツの状態について。
彼が俺の発言を異様なくらい、信用してしまっている事について、まったく違和感を抱いていなかった。
そう、彼は、俺の事をまさかクズ勇者だとは思っていなかった。俺が適切な状況判断ができる勇者だと、勝手に俺の能力をはき違えていたのだ。
勘違い勇者、第6号。自分からは口に出さないが、俺の発言を無条件に信頼する、信頼勇者だったのだ。
軍との連絡も取れず、傍らにいた素人も同然の、クズ勇者の発言しか情報源がないという、絶望のど真ん中にいる事に、気づかない勇者グルツ。
彼は、もう一度、呑気なうなり声をあげ、横になったのだった。
「すまんが、俺は回復に専念する……うー、まだ目がいてぇ」
「ゆっくりしてろよ」
そんな軽いやり取りの後。
俺は遥か遠くのビヒーモスの背中に向かって、絶望に向かって、真っ直ぐ駆けだしていったのだった。




