112 格納庫C
俺の新しく開発したマクロ、【エア・ブリーズ】は、俺にとっては思いの外効果を発揮した。
たまに大穴から放たれる光に触れて、一瞬で灰になってしまうが。
ちゃんと岩陰に隠れて、光に気を付ければ、熱気によるダメージを気にせずに岩を飛ばしてゆくことが出来る。
他の勇者たちも生来の特殊能力や、魔法部隊にかけてもらったバフを利用し、次々と小岩を飛ばして、格納庫Cの大穴を埋めていった。
特殊勇者もデータ収集の任からこちらに回されていたのだが、俺みたいにエアとブリーズを両方兼ね備えた勇者は少なく、新スキルを教える事はできなかった。
勇者グルツは100メートル近い大岩を担いで、ずしんずしんと足音を響かせながら穴に向かっていた。
彼は生来から怪力の持ち主であったし、さらにHP自動回復があるので、熱気のダメージも気にする事はない。
まさにこの作業の為に召喚されたような勇者だった。
光に触れて灰になる吸血鬼体験を味わう事、十数回。
空気があかね色から透明に変わって、だいたい穴がふさがったところで、エア機能を外す。
ストーム機能を使って、今まで運べなかった大岩を運ぶ。
最後に、勇者グルツが大岩を肩に担いできて、大穴を完全に塞いだ。
100メートル近くある穴に蓋がなされる。
ずしっという音を立てて、最後の大岩で穴が塞がると、俺たちはほっと息をついた。
ひやりとした、洞窟本来の空気が立ちこめる。
熱い。引きこもりの俺には重労働だ。
「ところで、どうして格納庫Cを塞いでるんだ?」
俺が何気なく発した問いに、勇者グルツは答えた。
「ここに魔法勇者連隊を配置して、バフをかけてもらうんだ」
やはり、ここを次の作業の拠点にするのだそうだ。
格納庫Cの脇にある連絡路を通って、BやAへと向かう。
「それに、万が一脱出された時に、今から二匹目に対する準備をしなくてはならん」
勇者グルツは、鬼のような顔をしかめて言った。
彼はビヒーモス討伐失敗の時を見据えている。
総プレイ時間 50時間49分40秒
ビヒーモスのライフゲージは、残り4割を切っている。
マップをドラッグして見ると、ビヒーモスの影はもう格納庫Bを踏破しようとしていた。
……このペースで歩き続ければ、外に出られそうな気がする。
今から二匹目の準備をするのは、間違いではないだろう。
「あいつらは無能な獣じゃねぇ、攻めて来る度に知恵を身に付けてやがる。こっちも知恵を振り絞らないと、次回があるかどうか分からねぇ」
次回。こんな状況になっても、もう次回のことを考えている。
勇者グルツは、不屈の精神の持ち主だった。
本当にそういう人種があるのなら、聖人という人種だ。
立てこもり勇者達に協力したのも、他の弱い勇者達の不遇を改善しようとしたからであって、こいつだけは決して自分の為ではなかった。
勇者クレゾールに裏切られた事を、こいつはどう考えているのだろうか。
「勇者グルツ……言いそびれていた事がある」
「なんだ?」
「勇者クレゾールは、《評議会》の手先なんかじゃなかったよ」
「そうだったのか」
勇者グルツは、肯いた。
肯定も否定も、根拠の追求もしない。
俺の事を何者だと思っているのだろう。
「……あいつ、今どうしている」
代わりに、そういう事を聞いてきた。
俺は、地表の雪原で今も眠りについている勇者クレゾールを思い返した。
「死んだよ」
「いい奴だったな」
勇者グルツは、肩をふるわせた。
良い奴。今生の別れみたいな言い方だった。
そうだ、俺はもうあいつには、決して会えないのだ。
「これでも前の世界じゃ、何でも出来てきたつもりだったんだがな……。鬼族と人族のケンカを仲裁したり、弱い者は見つけ次第助けてきた。グルツ大明神って呼ばれてんだぜ。けれど、この世界は本当に、何をやっても報われねぇ」
勇者グルツは目頭を手で覆った。
どんなに優れた勇者であっても、この世界ではありふれた一勇者でしかない。
前の世界の最強であっても、この世界では山になるかどうかも分からない、塵の一粒にしかなれないのだ。
強い勇者も、弱い勇者も。
この世界に対しては、等しく無力だ。
そこには本当に僅かな差しかない。
その僅かな差が無視できないぐらい、乗り越える事さえ出来ない重要な壁として、立ち向かわざるを得ないぐらい、俺たちはちっぽけな存在なのだ。
「勇者マキヒロ、俺はもう正式な勇者じゃない」
勇者グルツは言った。
さしあたり、彼の目の前にある壁は、彼には越えられないくらいに高かった。
「後はお前に任せた。お前にはまだ未来があるんだからな」
俺は肯いた。
「未来なんて、なにやっても絶望しかないけどな」
「ああ、確かに希望なんてみんな嘘っぱちだけどな」
けれど、それでも俺は、とにかく前に進むしかない。
絶望も、希望も、全てを飲み込みながら。
「おい……見ろよ」
不意に、勇者達の慌てる声が聞こえてきた。
気がつくと、格納庫Cの至る所に、円形の魔法陣が生まれていた。
そこに蘇生勇者達が集まって、短い手を伸ばし、蘇生魔法をかけている。
ぼんやりとした竜の輪郭が生まれ、一匹ずつだがドラゴンが蘇生していく。
ビヒーモスの襲来に備えて、あるいは、逃げてゆくビヒーモスへの抵抗勢力として。
全てを元通りにしてゆくのだ。
そのドラゴンたちが、俺の方を見ていた。
希望に満ちた眼差しを一身に集めて、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
「勇者マキヒロ、みんなお前の方を見てるぞ……」
「ああ、分かってる」
いやな汗が噴き出てくる手を拭った。
このまま前に進んでもいいのか、ちょっと不安になってくるのだった。




