表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/131

112 格納庫C

 俺の新しく開発したマクロ、【エア・ブリーズ】は、俺にとっては思いの外効果を発揮した。

 たまに大穴から放たれる光に触れて、一瞬で灰になってしまうが。

 ちゃんと岩陰に隠れて、光に気を付ければ、熱気によるダメージを気にせずに岩を飛ばしてゆくことが出来る。


 他の勇者たちも生来の特殊能力や、魔法部隊にかけてもらったバフを利用し、次々と小岩を飛ばして、格納庫Cの大穴を埋めていった。

 特殊勇者もデータ収集の任からこちらに回されていたのだが、俺みたいにエアとブリーズを両方兼ね備えた勇者は少なく、新スキルを教える事はできなかった。


 勇者グルツは100メートル近い大岩を担いで、ずしんずしんと足音を響かせながら穴に向かっていた。

 彼は生来から怪力の持ち主であったし、さらにHP自動回復があるので、熱気のダメージも気にする事はない。

 まさにこの作業の為に召喚されたような勇者だった。


 光に触れて灰になる吸血鬼体験を味わう事、十数回。

 空気があかね色から透明に変わって、だいたい穴がふさがったところで、エア機能を外す。

 ストーム機能を使って、今まで運べなかった大岩を運ぶ。

 最後に、勇者グルツが大岩を肩に担いできて、大穴を完全に塞いだ。

 100メートル近くある穴に蓋がなされる。

 ずしっという音を立てて、最後の大岩で穴が塞がると、俺たちはほっと息をついた。

 ひやりとした、洞窟本来の空気が立ちこめる。

 熱い。引きこもりの俺には重労働だ。


「ところで、どうして格納庫Cを塞いでるんだ?」


 俺が何気なく発した問いに、勇者グルツは答えた。


「ここに魔法勇者連隊を配置して、バフをかけてもらうんだ」


 やはり、ここを次の作業の拠点にするのだそうだ。

 格納庫Cの脇にある連絡路を通って、BやAへと向かう。


「それに、万が一脱出された時に、今から二匹目に対する準備をしなくてはならん」


 勇者グルツは、鬼のような顔をしかめて言った。

 彼はビヒーモス討伐失敗の時を見据えている。


 総プレイ時間 50時間49分40秒

 ビヒーモスのライフゲージは、残り4割を切っている。


 マップをドラッグして見ると、ビヒーモスの影はもう格納庫Bを踏破しようとしていた。

 ……このペースで歩き続ければ、外に出られそうな気がする。

 今から二匹目の準備をするのは、間違いではないだろう。


「あいつらは無能な獣じゃねぇ、攻めて来る度に知恵を身に付けてやがる。こっちも知恵を振り絞らないと、次回があるかどうか分からねぇ」


 次回。こんな状況になっても、もう次回のことを考えている。

 勇者グルツは、不屈の精神の持ち主だった。

 本当にそういう人種があるのなら、聖人という人種だ。


 立てこもり勇者達に協力したのも、他の弱い勇者達の不遇を改善しようとしたからであって、こいつだけは決して自分の為ではなかった。

 勇者クレゾールに裏切られた事を、こいつはどう考えているのだろうか。


「勇者グルツ……言いそびれていた事がある」


「なんだ?」


「勇者クレゾールは、《評議会》の手先なんかじゃなかったよ」


「そうだったのか」


 勇者グルツは、肯いた。

 肯定も否定も、根拠の追求もしない。

 俺の事を何者だと思っているのだろう。


「……あいつ、今どうしている」


 代わりに、そういう事を聞いてきた。

 俺は、地表の雪原で今も眠りについている勇者クレゾールを思い返した。


「死んだよ」


「いい奴だったな」


 勇者グルツは、肩をふるわせた。

 良い奴。今生の別れみたいな言い方だった。

 そうだ、俺はもうあいつには、決して会えないのだ。


「これでも前の世界じゃ、何でも出来てきたつもりだったんだがな……。鬼族と人族のケンカを仲裁したり、弱い者は見つけ次第助けてきた。グルツ大明神って呼ばれてんだぜ。けれど、この世界は本当に、何をやっても報われねぇ」


 勇者グルツは目頭を手で覆った。


 どんなに優れた勇者であっても、この世界ではありふれた一勇者でしかない。

 前の世界の最強であっても、この世界では山になるかどうかも分からない、塵の一粒にしかなれないのだ。


 強い勇者も、弱い勇者も。

 この世界に対しては、等しく無力だ。

 そこには本当に僅かな差しかない。

 その僅かな差が無視できないぐらい、乗り越える事さえ出来ない重要な壁として、立ち向かわざるを得ないぐらい、俺たちはちっぽけな存在なのだ。


「勇者マキヒロ、俺はもう正式な勇者じゃない」


 勇者グルツは言った。

 さしあたり、彼の目の前にある壁は、彼には越えられないくらいに高かった。


「後はお前に任せた。お前にはまだ未来があるんだからな」


 俺は肯いた。


「未来なんて、なにやっても絶望しかないけどな」


「ああ、確かに希望なんてみんな嘘っぱちだけどな」


 けれど、それでも俺は、とにかく前に進むしかない。

 絶望も、希望も、全てを飲み込みながら。


「おい……見ろよ」


 不意に、勇者達の慌てる声が聞こえてきた。


 気がつくと、格納庫Cの至る所に、円形の魔法陣が生まれていた。

 そこに蘇生勇者達が集まって、短い手を伸ばし、蘇生魔法をかけている。


 ぼんやりとした竜の輪郭が生まれ、一匹ずつだがドラゴンが蘇生していく。 

 ビヒーモスの襲来に備えて、あるいは、逃げてゆくビヒーモスへの抵抗勢力として。

 全てを元通りにしてゆくのだ。


 そのドラゴンたちが、俺の方を見ていた。

 希望に満ちた眼差しを一身に集めて、俺は苦笑いを浮かべるしかない。


「勇者マキヒロ、みんなお前の方を見てるぞ……」


「ああ、分かってる」


 いやな汗が噴き出てくる手を拭った。

 このまま前に進んでもいいのか、ちょっと不安になってくるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ