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110 白ビヒーモス

「まて飛竜、この勢いで飛んだら門にぶつかる!」


「吾輩がこの世界で何年やっていると思っている? 開門のパスコードくらい把握しておるわ! 休憩申請は解除するな、軍に指示されると厄介だ!」


 さすが飛竜、この世界の裏ワザを知り尽くした感がある。

 ビヒーモスが大地に空けた巨大な穴へ、俺と飛竜は突入していった。

 まっさかさまに急降下していく俺の目の前で、奥にあった門扉がゆっくりと開いてゆく。


 翼の後ろから追いかけてきた吹雪から、眼下で油断していた門番勇者たちを慌てふためかせていた。

 飛竜は長い尾をうねらせ、身をねじ込むようにして、入り組んだ洞窟の奥へと突入する。


 暗がりの中を右に左に旋回していく飛竜は、思い出したように魔法を使った。


「おおっと、明かりがいるなこれは」


 飛竜の頭上近くに、蛍光灯ぐらいの光の玉が浮かびあがり、うねうねとアリの巣のように入り組んだ洞窟の数メートル先を照らしだした。


 壁に肩がぶつからないのがふしぎだった。

 俺はなるべく低く身構え、強烈な遠心力に胃袋が揺さぶられるのに耐える。


 やがて左右に続いていた壁を見失い、真っ暗な空間に出た。

 格納庫Aだ。

 ビヒーモスが侵入してきた経路を通って、ビヒーモスの視点から見渡すと、なかなか感慨深い物があった。

 床がぐずぐずになって、ドラゴンたちを拘束していた床上の魔法陣は、すでに見えなかった。


「勇者マキヒロ、ビヒーモスの居場所をマップで確認しておけ!」


 俺は風圧にあらがいながら、なんとか指を伸ばし、視界の隅のマップを移動させた。

 そして、巨大な赤い点を見つけた場所に、俺は違和感を覚えた。


「あれ、これって……」


 マップ上では、異様に縦に長い地形が描かれている。

 そこは、なぜか二つ目の格納庫。

 格納庫Bだった。


 特殊勇者たちが、戦闘用データを集めている場所。


 俺は、視界隅にあるビヒーモスのデータを見やった。


 総プレイ時間47時間01分22秒

 丸2日かかって、ようやくビヒーモスのライフゲージは、最後の3本目が、残り6割になろうとしていた。


「……引き返している……?」


 飛竜はうなり声をあげた。


「どうやら新戦術が効き過ぎたみたいだな……HPの減りが思ったより早い。ビヒーモスが危機感を覚えて、逃げはじめているらしい」


 特殊勇者がデータ集めを開始してから3時間。

 もう実際に攻撃をしてみる段階に移っていたのだろうか。

 いや、1600人程度が攻撃できるようになったところで、そこまで大勢に影響はないはずだ。


 おおかた、データを集めている特殊勇者達の行動を見ていた他の強い勇者達が、彼らの行動からヒントを得て、ドバル戦術もどきを思いついて実際に使い始めていたのだろう。

 もし、彼らがデータ集めなんて特殊クエストを受けていなかったら……いまごろは特殊勇者達がその膨大なダメージを稼げていたはずだろう。

 弱い勇者と強い勇者達との格差は、もう笑えないくらいに広がっている。

 ……まあ、『絶望』成分は大体そんなところだな。


 俺は飛竜のツメを振って、体を起こした。


「ここまできて、引き返されるのはちょっとしんどいな……せっかくあと5匹だったのに」


「ああ、1匹目が出てくると、すぐに新しいのが交代で飛び込んでくる。2匹目突入だ」


 な……に……。

 2匹目……突入……だと……。


 やはり、この世界の『絶望』は、俺の想像を越えていた。

 俺の付け焼き刃の『勇気』に揺らぎをかけるぐらい、軽くやってくれる。


 いや……倒せなければの話だ。今はとにかく、倒す事に集中するしかない。


 飛竜は高度を低くして、格納庫AとBを繋ぐ通路へと身をくぐらせていった。


 その間、俺はマクロを組み立て、先ほど貰った『エア機能』を使い、【エア】と念じるだけで、機能切り替えができるようにした。


【エア】


 飛竜のツメを中心にして、薄い清浄な空気の膜が広がっていく。

 これで準備は万端だ。


「いつでも行けるぜ」


「やはり、勇者はそうでなくてはな」


 やがて俺たちは通路を通過し終え、再び壁と天井が高くなった。

 格納庫Bの、かすんでぼやけるぐらい遠くの壁際に、鱗がすっかり剥がれおち、白っぽくなった全身から、紫電のようなものを発しているビヒーモスの姿がみえた。

 白い。

 白いビヒーモスは、鎧がない分、スマートな体つきをして見える。

 白くてスマートで嬉しいのはスク水ぐらいだ。


「……勇者アリスか?」


「いや、あれはそうでもないな」


 勇者アリスが、もうドバル戦術を習得して鱗を剥ぎまくったのか……と考えていたのだが、どうやらそうでもないみたいだった。

 よく見ると、周囲に勇者の姿は見えない。全身隙だらけの白ビヒーモスを前にして、みんなどこに行ってしまったのか。


 誰かが攻撃して剥いだのではなく、鱗の方が自然と剥がれているのだ。

 一歩歩くごとに、振動で鱗の鎧がぐらぐら揺れて、凄まじい地響きを起こしながら、足元に剥がれ落ちていた。


「安心しろ、あれは自分で鱗を剥いでいるだけだ……いよいよ《最終形態》が来るぞ」


「ああ……なら安心」


 ……出来る訳ねぇだろ。

 なんだ、その聞くからに怪しげな状態は。


 その時、幼女軍師から連絡が入った。

 紫色の髪だったので、たぶん幼女軍師だったと思う。

 視界に映る映像にノイズが走りまくって、髪の色ぐらいしか分からなかった。


『…………まき…………そちらか…………じょ………………!』


 この世界で通信障害が起こっているのなんて、はじめて見た。


 いったい、何が起ころうとしているんです……!?


 すっかり真っ白になってしまったビヒーモスは、こちらに顔を向け。

 ごう゛ぁあ、と口からあかね色に光る息を吐いた。

 なんだこいつ、息が光ってやがる……。


 最後の鱗が剥がれおちた時。

 白ビヒーモスは、目も開けていられないほどの強烈な光を放った。

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