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第二章 35 『第二十七位』





 サルディオン・メルクレイドを守っていた最後の配列が崩れた瞬間、リゼルヴェートはその変化を見逃さなかった。


 左右へ割れた星桜によって十二枚の金属板の位置が崩れ、上空から落とした光が配列同士の接続を断ち、正面へ残されていた迎撃条件まで成立位置を外れている。


 ほんの少し前まで幾重にも重なっていた防御の向こうに、初めてサルディオン本人へ直接届く道が開いていた。


 ここまで何度も攻撃を止められ、そのたびに別の方法へ変えてきたからこそ、その一瞬がどれほど大きいかは分かる。


 サルディオンなら、時間を与えればまた配列を組み直し、新しい条件へ対応してくるだろう。ならば、今は考え直す時間を渡さず、そのまま決着まで進めるべきだった。


 リゼルヴェートは《天花照臨》を維持したまま前へ踏み込んだ。周囲を満たしていた星桜のうち、外側へ広がっていた群れを止め、必要なものだけを正面へ集めていく。


 戦場全体を覆うための攻撃ではなく、一人を確実に止めるための形へ組み替えた。


 サルディオンも、崩れた配列を見て立ち止まりはしなかった。外へ押し出された金属板を戻し、残っている数枚だけでも正面へ迎撃条件を作ろうとする。


 完全な形には戻っていなくても、最後までこちらの攻撃へ答えを出そうとしているのが、リゼルヴェートにもはっきり分かった。


「まだ、終わっていません」


「うん。だから、ここで終わらせるね」


 リゼルヴェートは正面へ集めた星桜を一気に射出した。ただし狙うのは首でも胸でもなく、身体の中心を外しながら、回避と迎撃に必要な足場と姿勢を同時に崩せる軌道だった。


 殺すための一撃ではなく、これ以上戦い続けられない状態を確実に作るための攻撃へ威力と角度を調整している。


 サルディオンは右足を引き、最初の一群を避けるために身体を捻った。残った金属板が二枚だけ前へ入り、星桜の一部を外側へ逸らす。


 そこまではまだ間に合っていたが、その回避先へ向けて二群目がすでに別角度から動いていた。


 サルディオンが二群目を見て、さらに後ろへ下がろうとする。リゼルヴェートはその動きを確認してから、上空に残していた光の軌道だけを少しずらした。


 退けば光が落ち、横へ出れば星桜が重なり、前へ来れば自分自身が距離を詰められる形へしてある。


 それでもサルディオンは、もっとも被害を抑えられる道を選んだ。背後へ下がりながら身体を左へずらし、星桜と落下光が完全に重なる前に、その境目へ入ろうとする。


 ここまで追い込まれても、最後まで一番合理的な位置を探していることに、リゼルヴェートは少しだけ笑いそうになった。


「本当に、最後まで上手いね」


「褒めるのは、終わってからにしてください」


「じゃあ、終わらせる」


 リゼルヴェートは残していた星桜の一群を、サルディオンが選んだ境目へ回した。


 正面から押し潰すのではなく、避けられる余白だけを閉じ、最後に残った進路を一つへ固定する。その先へ、自分の右手を向けた。


「——『星華断刃(アストラ・セクティア)』」


 光刃が一直線に走るのではなく、サルディオンが最後に取った回避姿勢へ合わせて低く抜けた。狙ったのは致命部位ではなく、下半身の支持と体幹を崩し、戦闘続行を不可能にする位置だった。


 サルディオンは金属板を割り込ませようとしたが、直前まで星桜への対応へ回していたため、完全な迎撃線を作るには僅かに遅い。


 光が金属板の一枚を弾き、そのままサルディオンの身体を横から捉えた。衝撃で足が浮き、姿勢を戻す前に背中から地面へ落ちる。


 さらに追撃できる星桜は残っていたが、リゼルヴェートはその瞬間に全ての軌道を止めた。


 サルディオンは倒れたまま、すぐには起き上がらなかった。右腕を地面へついて身体を起こそうとしたものの、途中で力が抜け、もう一度肩が沈む。


 意識はあるが、戦闘を続けるだけの姿勢を作れないことは、離れた位置からでも分かった。


 リゼルヴェートはそれ以上近づかず、攻撃用に展開していた星桜を順番に消していった。覚醒状態で満たされていた源素も急激に断つのではなく、戦場へ余計な衝撃を残さないよう少しずつ戻していく。


 勝負が終わったなら、もうサルディオンへ攻撃を向ける理由はなかった。


 立会側が戦場へ入るまでの短い間、誰も追加の攻撃を行わなかった。


 サルディオンは呼吸を整えながら倒れたまま動かず、リゼルヴェートもその状態を見て待つ。やがて立会人が両者の間へ入り、サルディオンが自力で戦闘姿勢へ戻れないことを確認した。


「サルディオン・メルクレイド、戦闘続行不能を確認」


 その宣言が戦場へ響いた。


「本至冠戦、勝者――リゼルヴェート・アルシェノア」


 そこでようやく、リゼルヴェートは肩の力を抜いた。ずっと張り詰めていたわけではないが、最後までサルディオンが何をしてくるか分からなかったため、正式な決着が出るまでは完全には気を抜けなかった。


 勝ったと分かった途端、さっきまで戦場を埋めていた星桜の光が急に静かになったように感じられた。


「終わったぁ……」


 戦場の外から、ルシェルトの声が聞こえた。


「お前が戦ってたみたいな声出すなよ」


「見てる側も疲れるんだよ。途中から何が何個動いてるのか分かんなかったぞ」


「それは俺も全部を追えてたわけじゃない」


 ゼルディヴァンの返事が聞こえ、リゼルヴェートはそちらへ顔を向けた。イェルシェリナもすでに戦場へ入れる位置まで来ており、まずリゼルヴェートの状態を確認しているようだった。


 三人の姿を見たことで、試合が本当に終わったという実感が少しずつ戻ってくる。


「リゼルヴェート、怪我は?」


「大丈夫。ちょっと疲れたけど、それくらい」


「無理して隠してない?」


「してないよ」


 イェルシェリナはすぐには安心した顔をせず、リゼルヴェートの腕や足の動きを一通り見てからようやく息を吐いた。戦闘中に大きな直撃を受けていないことは外から見ていたはずだが、本人の確認が取れるまでは別らしい。


 リゼルヴェートはその様子を見ながら、やっぱりイェルシェリナらしいと思った。


 少し離れた場所では、立会側と治療担当がサルディオンの状態を確認していた。命に関わる攻撃は避けたつもりだが、それでも戦闘不能へするだけの衝撃は与えている。


 リゼルヴェートは結果を待ちながら、必要ならすぐ近づけるようその場に残った。


 サルディオンは治療担当の補助を受けながら、ゆっくり上体を起こした。立ち上がろうとはせず、そのまま地面へ座った姿勢でこちらを見る。顔には痛みが残っているものの、意識は明瞭そうだった。


「負けましたね」


「うん」


「最後まで、ほとんど読めてはいたのですが」


「私も、かなり読まれてたよ」


「それでも足りませんでした」


 サルディオンは悔しさを隠そうとはしなかった。だからといって負けを認めない様子もなく、何が起きたかをもう頭の中で整理し始めているように見える。


 リゼルヴェートには、その姿勢も戦っている最中と変わっていないように思えた。


「また戦ったら、もっと対策されそう」


「当然です。次に戦うなら、今日の記録も全て使います」


「やっぱり」


「その時は、今日と同じあなたが相手ではないのでしょうけれど」


 リゼルヴェートは少し考えてから頷いた。次に戦う頃、自分がどんな戦い方をしているのかは自分にも分からない。


 だからこそ、その時にサルディオンがどんな対策を作ってくるのかを考えると、少し楽しみでもあった。


 正式決着の確認が終わると、戦場の空気がもう一度変わった。戦闘結果が至冠戦として登録され、順位とポイントの更新手続きへ移ったらしい。


 立会人の一人が確認用の記録板を開き、現在の両者の情報を読み上げる。


「決着方式、戦闘不能。勝者リゼルヴェート・アルシェノア。敗者サルディオン・メルクレイド」


 戦闘不能勝利なら、加算されるポイントは三。


 その制度自体はもう知っていたが、自分が実際にその形で勝つのは今回が初めてだった。ユルディオ戦は降参による一ポイントで、レグシェリア戦でも得ていた一ポイントを合わせ、ここまでの累計は二だった。


「勝者へ三ポイントを加算。累計五ポイントへ更新します」


「五……」


 リゼルヴェートは思わず小さく呟いた。数字だけなら二から五へ増えただけだが、五ポイントは最初の特権が解放される境目でもある。ゼルディヴァンと一緒に調べた資料にあった《戦歴照会権》が、これで使えるようになる。


「これで最初の特権ね」


 イェルシェリナが隣まで来て言った。


「戦歴照会権だな」


 ゼルディヴァンも続ける。


「ちゃんと本当に開くんだ」


「制度なんだから開くだろ」


「そうなんだけど、実際になるとちょっと不思議」


 リゼルヴェートがそう返すと、ルシェルトが笑った。戦っている最中にはポイントのことまで考えていなかっただけに、勝負が終わってから急に制度上の結果が付いてきたような感覚がある。


 それでも、戦闘不能という決着を選んだことで三ポイントが加算されたことは、はっきり記録として残った。


 サルディオンの八十四ポイントには変化がない。負けたから減る制度ではなく、彼がこれまで積み重ねてきた決着の記録はそのまま残る。


 順位が交換されてもポイントまで交換されるわけではないことが、今回の結果でも改めて分かった。


 そして、もう一つの更新が残っていた。


 至冠序列。


 今回の至冠戦は、第三十一位のリゼルヴェートが第二十七位のサルディオンへ勝った。正式決着が成立した以上、二人の順位は交換される。


 少し前までただの数字だったその結果が、実際に自分の名前へ反映されるのだと思うと、リゼルヴェートは自然と序冠碑の方へ視線を向けた。


 会場に設けられた確認用の序冠碑へ、淡い光が走った。並んでいた名前と順位が一度だけ揺らぎ、第三十一位にあった《リゼルヴェート・アルシェノア》の文字が消える。


 同時に、第二十七位にあった《サルディオン・メルクレイド》の名前も位置を変え始めた。


 光が収まった時、表示は新しい順序へ更新されていた。


 第二十七位。


 《リゼルヴェート・アルシェノア》


 第三十一位。


 《サルディオン・メルクレイド》


「上がった」


 自分でも分かっていたはずなのに、実際に名前が移ったところを見ると、その言葉がそのまま口から出た。第五十一位として至冠者になり、レグシェリアとの戦いで第三十一位まで上がり、今度はそこからさらに第二十七位へ進んだ。


 順位だけを目的に戦っているわけではないが、自分が戦った結果が世界共通の記録へ残っていくことには、まだ少し不思議な感覚があった。


「四つ上がったな」


 ゼルディヴァンが言う。


「うん。第三十位とか二十九位を一個ずつ通るわけじゃないんだね」


「相手と交換なんだから当然だろ」


「分かってるけど、見ると変な感じする」


「その感想の方が変だと思うぞ」


 ルシェルトが呆れたように言い、リゼルヴェートは笑った。少し離れた場所では、サルディオンも更新された序冠碑を見ていた。


 自分の名前が第三十一位へ下がったことをどう感じているのかは分からないが、少なくとも目を逸らしてはいなかった。


 イェルシェリナは順位より先に、ポイント更新の確認書へ目を通していた。リゼルヴェートが五ポイントへ到達し、《戦歴照会権》が有効化されたことまで正式記録へ反映されている。


 順位変更だけで終わらず、次に使える権利まで確認するあたりも、いつも通りだった。


「これで、戦歴照会権は使用可能。使う時は私たちも一緒に確認しましょう」


「うん。誰のを見る?」


「そこから相談ね。取れる情報の範囲も実際に使って確かめた方がいいわ」


「俺は上位から見たいけどな」


「俺もそれは気になるけど、まずリゼルヴェートが見たい相手でいいんじゃないか?」


 ルシェルトの言葉に、リゼルヴェートは少し考えた。上位の至冠者について知りたい気持ちは確かにある。セラフィネアとはもう会っているが、第一位や第二位がどんな戦いを積み重ねてきたのかは、今までほとんど知らなかった。


 ただし、それを確認するのは今すぐでなくてもいい。試合は終わったばかりで、サルディオンの治療もまだ続いている。自分も大きな怪我はなくても、覚醒を使って長く戦った分だけ身体に疲れは残っていた。


「あとで、みんなで見よう」


「ええ。それでいいわ」


 リゼルヴェートはもう一度、更新された序冠碑を見上げた。第三十一位にあった自分の名前は、第二十八、第二十九、第三十を一つずつ通ったわけではなく、至冠戦の結果によって一度に四つ上へ移っている。


 第二十七位《リゼルヴェート・アルシェノア》という新しい表示と、その横に記録された累計五ポイントが、今回の勝利を正式な結果として残していた。


 戦闘は終わり、攻撃もすでに消えている。それでも、戦う前とまったく同じ場所へ戻ったわけではなく、順位も、ポイントも、使える権利も変わった。


 リゼルヴェートは新しく置かれた自分の名前を見上げながら、その変化が次にどんな相手と繋がるのかを、少しだけ楽しみにしていた。





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