第二章 34 『第三十一位では足りない』
サルディオン・メルクレイドは、戦場へ残した全ての行動経路をもう一度確認した。
前へ出るなら近距離用の配列、後方へ距離を取るなら遠距離攻撃への迎撃、斜め左へ抜けるなら戦場外縁と星桜の位置を利用した封鎖がある。
右側は炎と花弁が重なって移動価値そのものが落ちており、先ほどまで無数に見えていたリゼルヴェートの選択肢は、今や数えられるところまで絞れていた。
上空から攻める場合にも対策は置いてある。《星桜天嵐》の落下角、途中分岐、時間差については覚醒後の攻防ですでに観測しており、十二枚の金属板の一部を上方迎撃へ割り当てている。
その場で防御へ回るなら、こちらから距離を詰めて次の行動を限定するだけでよかった。
ここまで絞れば、リゼルヴェートが何を選ぶかを先読みする必要さえない。残された全ての選択へあらかじめ別々の答えを置き、実際に選ばれた条件だけを起動すればいい。
少なくとも、これまで積み上げてきた記録と《戦律配列》の理論に従う限り、それで対応は成立するはずだった。
その中央で、リゼルヴェートが前へ出た。距離を取るでも左右へ抜けるでもなく、サルディオンへ向かって真正面から近づく経路であり、残していた選択肢の一つに完全に一致している。
サルディオンは迷わず近距離用の配列を起動し、本人への対応と周囲の星桜への迎撃を同時に準備した。
「来ましたね」
リゼルヴェートが近距離を選んだ以上、広い包囲を作る余白は通常より減る。覚醒後の現象数を考慮して配列を増やしてはいるが、近づくという行動自体は観測済みであり、対応条件もすでに組んである。
ここまでの流れに、サルディオン自身が認識できる読み違いはなかった。
最初に動いたのは、リゼルヴェートの前方へ展開されていた星桜だった。サルディオンは密度が最大になるより前に左側の薄い部分へ身体をずらし、真正面から受ける経路を捨てる。
そこから近距離へ入るなら、次に来る可能性が高いのは本人周囲の防御と、上空からの時間差攻撃だった。
予測通り、リゼルヴェートの周囲で白い光が厚くなり、接近するサルディオンの進路を塞いだ。
同時に上空へ残されていた星光も動き出し、防御光を避けた先へ遅れて落下してくる。二つともすでに観測した使い方であり、対処の方法も決まっていた。
防御光へ触れずに外側を通り、上からの星光が着弾点を固定するより前に斜め前へ抜ける。
サルディオンは組んでいた手順どおりに二つを処理し、リゼルヴェートとの距離を保ったまま次の位置へ入った。ここまでなら、戦場を収束させた意味は十分に機能している。
しかし、リゼルヴェートはその二つだけで一つの選択を終わらせなかった。防御として残っていた白い光の内側で花弁が軌道を変え、上空から落ちる星光へ絡むように旋回しながら、その一部へ炎を重ねる。
それまで別々に扱っていた攻撃、防御、時間差が、一つの前進という行動の中で同時に接続され始めた。
「変更しましたか」
サルディオンは右側へ退路を切り替えた。そちらにも炎と花弁への対応配列は残してあり、右へ動くこと自体はまだ想定内だった。
問題は、リゼルヴェートが《右へ逃げた相手へ一つの追撃を加える》という程度では終わらなかったことにある。
正面の星桜が二群へ分かれ、上空の光は時間差を残したままさらに三方向へ分岐した。炎を帯びた花弁は右側へ広がるだけでなく背後まで回り込み、その間もリゼルヴェート本人は防御光を維持しながら前進を止めていない。
一つの進路を選んだだけなのに、その進路の内部で複数の現象が別々の役割を持って増えていた。
行動経路そのものは読めている。リゼルヴェートが前へ出ることも、その途中で近距離攻撃を重ねることも、サルディオンが位置を変えれば追撃が来ることも、すべて大枠では予測の範囲だった。
それでも、その一つの経路から同時に発生する問題数だけが、配列を組んだ時点の想定を越えている。
正面群には空隙を作り、上空の光は着弾前に位置を外し、背後の炎は熱域が完成する前に抜ければいい。
左側へ遅れて回ってくる花弁群にも最短の脱出経路があり、リゼルヴェート本人の接近には近距離用の配列を当てられる。それぞれを単独で見る限り、どの対応にも間違いはなかった。
だが、今必要なのはそれら全てを同時に成立させることだった。サルディオンは十二枚の金属板を正面、上方、左右、背後へ割り振り、自分自身も中央から斜め後方へ移動する。
事前記録と、この試合中に蓄積した情報を最大限まで重ね、可能な限り多くの現象へ同時に正解を置いた。
最初の星桜を外し、上空の光が落ちる位置からも抜け、炎が広がる前に熱域の外へ身体を滑らせる。左側の遅延群が閉じるより先に進路も修正し、リゼルヴェート本人との距離についても近距離配列で維持した。
ここまでの処理は間に合っており、サルディオンの判断自体が崩れたわけではない。
その直後、リゼルヴェートの防御光が役割を変えた。身体の周囲を守るために留まっていた白い光が前方へ細く伸び、壁ではなく次の星桜を動かすための起点へ変わる。
防御として観測していた現象が、同じ配置を保ったまま攻撃経路へ転用された。
サルディオンは変化そのものを見落とさなかったが、認識できることと即座に新しい配列を割り当てられることは同じではない。
すでに正面、上方、背後、左側、本人接近へ処理を振っており、新しい条件を追加するにはどこかの優先度を下げなければならない。
そこで上方への配列を一段減らし、落下位置がほぼ固定された星光を自分の移動だけで避ける判断へ切り替えた。
その分を正面へ回した判断も、その時点では正しかった。ところが前方へ伸びた白い光を通った星桜は一方向へ進まず、途中で二つの軌道へ分かれた。
一つがサルディオン本人へ向かい、もう一つが上空の光を避けるために残していた安全域へ先回りした。
「そこまで使いますか」
予定していた退避地点が消えた以上、別の位置へ移るしかない。そちらには左側から遅れていた花弁群が近づいており、突破するには正面へ割いていた配列の一部を回して空隙を作る必要があった。
サルディオンは即座に配列を変更し、花弁の間へ一人分の抜け道を作った。
その空隙へ身体を入れた瞬間、リゼルヴェートがさらに軌道を変えた。今度は炎が混ざり、通れるはずだった場所の外縁から熱が広がっていく。
何が起きているかは見えており、その意味も理解できているのに、答えを割り当てなければならない場所だけが次々に増えていった。
サルディオンは《戦律配列》を圧縮し、複数の現象を一つの進路でまとめて外す方法へ切り替えた。星桜と光を同時に避けられる位置を選び、炎だけは金属板で進路をずらし、防御光から派生する追撃には本人の移動で対応する。
個別の現象すべてへ別々の配列を置くより、処理数そのものを減らすための判断だった。
それでもリゼルヴェートは、一つの《前進》という選択を単独の行動として使わなかった。本人が前へ進む間に、攻撃、防御、誘導、時間差、軌道変更を並列で成立させ、同じ経路の内部をさらに複数の戦場へ分けている。
サルディオンが数え切ったはずの一つの選択肢が、その内側だけで新しい問題を生み続けていた。
そこでようやく、サルディオンの中で一つの前提が崩れた。読みが外れたわけではなく、用意した対策が間違っていたわけでもなく、単純な情報不足だけで説明できる状態でもない。
リゼルヴェートがどこへ動くかについては、実際にかなり正確なところまで限定できていた。
それでも止められないのなら、問題は《どの行動を選ぶか》ではない。一つの行動を選んだ後、その中へどれだけ多くの異なる現象を同時に成立させられるかという能力そのものが、サルディオンの想定を上回っている。
選択肢を三つへ絞っても、その一つから六つの現象が生まれるなら、必要な回答数は三つにはならなかった。
サルディオンは攻撃を避けながら、戦う前に作った評価資料を思い出した。
リゼルヴェートは第三十一位で、自分は第二十七位という現在順位を一つの基準にし、その差を前提として戦歴を調べ、既知技へ対策を作り、未知へ対応する余白まで準備した。
その準備は実戦でも機能し、通常状態では主導権を取り戻し、覚醒後ですら一度は全選択肢を数えられるところまで戦場を収束させている。
それでも、足りていない。自分の準備だけが不足していたと考えるには、正しく機能した部分が多すぎる。
ならば疑うべきなのは、《第三十一位の相手へここまで用意すれば届く》と置いていた前提そのものだった。
至冠序列が絶対的な戦闘力表ではないことくらい、サルディオンも知っている。それでも、至冠者同士が相手を測る際の一つの指標ではあり、自分もそこから準備の規模を決めていた。
目の前のリゼルヴェートは、その指標から想定した範囲より明らかに広い能力を現在進行形で見せている。
サルディオンは右側へ置いていた配列を一つ切り、決着へ直結する正面防御へ回した。残された最後の安全域へ星桜が入り込み始めている以上、ここからは全体を整えるより、致命的な攻撃だけを止める方が優先される。
十二枚の金属板も中央へ寄せ、決着を防ぐための最終配列へ組み替えた。
リゼルヴェートがさらに前へ出る。本人の進路、正面の星桜、上空から落ちる光、側面の炎、防御光から派生した追加軌道まで、全てサルディオンの視界へ入っている。
見えない攻撃に崩されているのではなく、見えているものへ割り当てる処理が足りなくなっていた。
優先順位は即座に決めた。決着へ直結する正面を最優先し、上空は本人の回避で処理し、側面の炎は熱域完成前に離れ、背後の遅延群は最後に配列を回す。
どれを先に処理するべきかについても、サルディオンの判断に迷いはなかった。
ところが、リゼルヴェートは正面へ置いた星桜を最後まで正面攻撃として使わなかった。最終防御へ触れる直前、その群れを左右へ分けて中央を空け、自分自身がそこへ踏み込む。
同時に左右へ割れた星桜が金属板の位置を外へ押し、上空からの光が配列同士を繋いでいた接続点へ落ちてきた。
正面攻撃を防ぐために作った配列へ、正面からより強い力をぶつけたわけではない。星桜で配置をずらし、本人の接近で中心条件を外し、上空の光で接続を断つことで、《防御が成立するために必要だった複数条件》を同時に崩している。
一つの進路へ一つの対策を置いたサルディオンに対し、リゼルヴェートはその一つの進路の内部へ複数の現象を重ねて突破口を作った。
前へ来るという読みは正しかった。正面から攻撃するという予測も外れておらず、その行動へ用意した防御自体も理屈の上では機能している。
それでも、《前へ来て正面から攻撃する》という一つの選択肢の中へ、左右分岐、本人接近、上空攻撃、配列接続の切断まで同時に入れられれば、必要な対応数は一つでは済まなかった。
サルディオンはそこで、苦笑に近い息を吐いた。準備してきたものが無意味だったからではなく、むしろ正しく機能した上で、それでもなお届かないところまで相手が変化を積み上げてきたからこそ、評価を変えるしかない。
少なくとも自分が想定していた《第三十一位》という枠の中へ、目の前の少女を置き続けることはできなかった。
「第三十一位に、あなたがいることがおかしい」
それは至冠序列という制度への断定でも、世界から与えられた公式評価でもなかった。第二十七位として実際に戦い、調べられるものを調べ、準備した対策を最後まで機能させたサルディオン個人が、目の前の実力へ下した評価にすぎない。
それでも今の彼にとっては、他の説明よりずっと納得できる結論だった。
次の瞬間、左右へ割れた星桜が十二枚の金属板をさらに外へ押し広げ、上空から落ちた光が配列同士の接続を断った。
正面へ残していた迎撃条件も、リゼルヴェート本人の踏み込みによって成立位置から外され、複数の条件で支えられていた最終防御が連鎖的に崩れていく。
決着を防ぐために最後まで残していた壁は、対策そのものを無視されたのではなく、その成立条件を一つずつ同時に外されることで戦場から消えていった。




